テキサス「エナジーオンリーマーケット」モデルをどう評価するのか | EnergyShift

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テキサス「エナジーオンリーマーケット」モデルをどう評価するのか

テキサス「エナジーオンリーマーケット」モデルをどう評価するのか

2021年04月07日

前編に引きつづき、テキサス大停電のその後の議論についてお届けする。議論の中心となっているのは2点。一つは、今回の市場価格高騰によって巨額となった取引額への対応である。そしてもう1つが市場の見直しである。どのような結論となっているのか、エネルギ-戦略研究所 取締役研究所長の山家公雄氏が解説する。

(この記事は「テキサス「エナジーオンリーマーケット」モデルは崩壊したのか」の後編です)

3. 緊迫の市場価格再設定を巡る議論、結論は「NO」

需給に応じて価格機能はモデルが想定したとおりに動き、市場参加者はそのシグナルに沿って行動し、ERCOTが提示する精算に従うことになる。

しかし、105時間上限価格に張り付いたことで取引額は数年分を記録した。卸価格連動の小売りメニューの場合、消費者は驚愕の請求書に面することになり、多くのメティアがこれを取り上げた。

ERCOT/PUC(テキサス州公益事業委員会)が設定した価格の見直しを求める動きも出たが、そうはならなかった

市場機能を重視するがゆえに、何らかの理由で需給が崩れた際の取引額は巨額に上る。しかし、価格機能を重視するが故に、市場操作でもない限り遡及的見直しはありえないのである。

3.1 IMMの見直し提言をPUCが拒否

ERCOTの独立市場監視機関(IMM:Independent Market Monitor)であるポトマック・エコノミクス社は、強制需要削減が実質終了した2月17日24時以降の32時間は、9,000ドルを継続する必要はなかったとして、その間の価格見直しをPUC(Public Utilities Commission:公共事業委員会)に対して提言した。

この間の取引額は160億ドルに上り、うち42億ドルは払い戻しすべきという指摘である。

この提言もあり、価格見直しの議論が生じた。「稼働する設備余力がないなかで、また需要の削減余地がない中での上限価格継続は意味があるのか、いたずらにコスト負担を膨らませるだけではないか」という指摘である。

これに対してPUCやERCOTは、「引き続き需給は不安定な状況であり、価格の引き下げは間違ったシグナルを送る懸念があった。調達価格が高騰している中で発電事業者に稼働を促すには販売価格を維持することが不可欠だった」等の発言を一貫して行っている。


ポトマック・エコノミクス社のERCOT モニタリングレポートページ

3.2 無数の市場参加者が価格シグナルで動く 読めない影響

また、ERCOT/PUCは「価格再設定にともなう精算やりなおしは困難である。価格シグナルで判断する多くの市場参加者は市場への信頼が揺らぐことになりうる」と主張する。

市場では誰かが利益を上げ、誰かが損失を被るが、これのリシャッフルは新たな不満を引き起こし、収拾がつかなくなる。市場から調達する小売りや需要家は重い負担となる。しかし、発電事業者が利益を上げるとは限らない。

相対取引や先渡し取引を締結している場合は、契約を遵守するためにどのような条件でも調達して引き渡す義務が生じる。販売上限価格の9,000ドル/MWhよりも高値で調達することもありうる。

上限のないガス市場価格は通常3ドル/MMBtu程度であるが、テキサス州内では200~400ドル/MMBtu、場所により1,000ドル/MMBtuを記録した。

州内民間大手電力会社には、グループで発電事業と小売り事業を手掛けているところもあるが、軒並み大幅減益あるいは赤字決算を表明している。

3.3 オースチン市は利益を得て、サンアントニオ市は経営危機

市営電力会社でも明暗が分かれる。テキサス州には全米を代表する市営電力会社がある。首都オースチン市のオースチンエナジーとサンアントニオ市のCPSエナジーだが、この2社は正反対の結果となった。

CPSエナジーは高値購入により巨額損失を被ったとしてERCOTを訴えた。

一方、オースチンエナジーは、利益が出た。ERCOTからの計画停電指令を受けて、市民への供給を削減したが、自社発電所で余剰電力が生じ、それを市場への高値で販売することができた。

この利益の取扱いについては市として決めることになる。なおCPSエナジーは14のガス会社をも訴えている。ガス価格が16,000%上昇した例もあるとしている。

2月20日のCPSエナジーのツイート 

3.4 ガス取引はさらに分り難い

ガス取引も複雑だ。最大で2分の1まで減少したテキサス州産ガスは、量は減ったが価格が100倍単位で上がったところもあり、大儲けしたと思われがちだ。しかし、やはり相対取引等で契約が決まっている場合は、契約量までの不足分を高値で調達する必要があり、巨額の損失を計上しているとの指摘がある。

一方で、ガス取引は電力取引に比べて生産者に対する規定が緩く非常時の「不可抗力条項」により供給義務が免除されるとの指摘がある(前ERCOT理事談)。その場合は発電事業者がリスクを被ることになる。

いずれにしても、逼迫時に市場に供給できたガスや電力(マーチャント取引)は巨額の利益を手にしたことになる。他州のガスはテキサスに供給することで大儲けしている可能性が高い

また、市場取引、リスク管理に長けた金融機関(いわゆるWall-Street)が巨額の利益を上げているとの報道も多い。

PUCの理事長(解任された停電時理事長の後任)は、Wall-Streetとのコンファレンスコールで「価格再設定はありえない」と語り、金融側を安心させていると(音声の紹介とともに)地元紙が報じた。仮に価格再設定が実施されるような場合は、州内の利益享受者だけでなく、それ以上に州外のガス事業者やトレーダー等が納得しないであろう。

3.5 上院の価格見直し法案を下院は否決

このように、当期の精算は複雑で、州内に留まらず、価格見直しは不可能との見方が多い。テキサス州でも上院は見直しを実施する法案を策定したが、下院はこの受入れを拒否し、アボット州知事も動かなかった。

上院は、「PUCやERCOTの市場価格設定に不備があり消費者に多大の損害が及んだ」として、IMMの提言に沿って一定時期の上限価格の見直しを求めた。下院は「価格設定の判断は間違っていない。価格再設定の強要は市場への大きな政治介入となり市場価格への信頼を揺るがすことになる」と主張した。

結局ERCOTの価格見直し期限である30日間を過ぎることとなった。

グレッグ・アボットテキサス州知事
グレッグ・アボットテキサス州知事(2016)

3.6 最終精算には時間を要する

いずれにしても、1週間で数年分の価値となった取引の精算は簡単ではない。

米国の場合、資産保全を目論んだ司法への訴えや会社更生法申請が多く生じる。ある意味こうした手続きにより、極端な勝ち負けは多少とも均されるというメカニズムが働く。

日本は、文化の違いもあろうが、司法による決着や法律による資産保全策はあまりとられない。エフパワーが会社更生法を申請したが、代表は「熟慮したうえで判断した」と語っている。

4. おわりに

今回は、エネルギ-史上に残るであろうテキサス停電について、「競争市場」の代表と見做されているERCOTモデルに焦点を当て、発生後一月半経過後の情報を踏まえて考察した。

100年来の大寒波に見舞われるなかで価格シグナルを送り続け、「需給両エンジン停止の危機」を乗り越えた。モデルの通りに動いたのである。また、価格シグナルの信頼性を守るべきという主張が優勢である。

今回の事件により、電力市場設計の良し悪しの議論は生じてはいるが、明確な結論は出ていないし、出そうにない。どのような制度であれ、どの地域でもセンチュリー単位の異常気象が生じる場合の対策は現状備わっていないのである。

連邦エネルギ-規制委員会(FERC)は、2月に異常気象が市場に及ぼす影響やそれへの対策への調査を開始すると発表した。規制か競争か、エナジーオンリーか強制的容量市場かという対立を超えた問題があるように思える。

価格シグナルを重視するシステムは、需給が崩れる場合は(滅多に発生しないが)巨額の取引額を計上する。それはやむを得ないことであり、価格機能を巡る課題解決を図っていくことに尽きる。

テキサス州では価格再設定は行われない。だからといってこの冬の「日本の市場価格高値張り付き事件」も同じ話とはならない。価格機能が働いている例とそうでない例とを同一視はできないのである。

(終わり)

前編目次

1. タイムラインで見る2021年テキサス大停電と価格シグナル
 1.1 需給格差3,500万kW 100年に一度を支えた6日間(2/14~19)
 1.2 夏季ピークを超える需要予想に走る緊張
 1.3 モデル通りに動いた市場価格
2.「テキサスの競争市場」の評価は下がったのか
 2.1 独立系統はテキサス成長の基礎
 2.2 容量市場よりは省エネ・再エネ投資(Winterization)

*EnergyShiftの「テキサス」関連記事はこちら

山家公雄
山家公雄

エネルギー戦略研究所㈱取締役研究所長、京都大学特任教授、豊田合成㈱取締役、山形県総合エネルギーアドバイザ- 1956年山形県生まれ。1980年東京大学経済学部卒業後、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。電力、物流、食品業界等の担当を経て、2004年環境・エネルギー部次長、調査部審議役等を歴任。2009年より現職。融資、調査、海外業務などの経験から、政策的、国際的およびプロジェクト的な視点から総合的に環境・エネルギー政策を注視し続けてきた。 著書は、「日本の電力ネットワーク改革」2020年、「日本の電力改革・再エネ主力化をどう実現する」2020年、「テキサスに学ぶ驚異の電力システム」2019年、「第5次エネルギー基本計画を読み解く」2018年、「アメリカの電力革命」2017年編著、「再生可能エネルギー政策の国際比較」2017年編著、「ドイツエネルギー変革の真実」2015年、「再生可能エネルギーの真実」2013年、など多数。

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