脱炭素実現に向けて消費者がエネルギーミックスの数字を決める 東京大学 松村敏弘教授 インタビュー(前編) | EnergyShift

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脱炭素実現に向けて消費者がエネルギーミックスの数字を決める 東京大学 松村敏弘教授 インタビュー(前編)

脱炭素実現に向けて消費者がエネルギーミックスの数字を決める 東京大学 松村敏弘教授 インタビュー(前編)

2021年05月17日

欧米と同様に日本も2050年カーボンニュートラルを目指す。この新たな目標を受けて、2021年に見直される第6次エネルギー基本計画は、大きく変わらざるを得ないだろう。新たな基本計画の方向性はどのようなものであるべきか、経済産業省の総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会の委員である、東京大学社会科学研究所の松村敏弘教授におうかがいした。(全3回)

シリーズ:エネルギー基本計画を考える

2050年ネットゼロ宣言を高く評価

― 最初に、2020年10月の菅首相による、2050年カーボンニュートラル宣言への評価についておうかがいします。

松村敏弘氏とても高く評価されるべき、重要なコミットメントです。これまでも、大幅なCO2削減は言われてきましたが、2050年ネットゼロを明確に宣言したことは高く評価できます。

タイミングとしては、もっと早くても良かったのではないか、という意見もありますが、新首相としてはもっとも早いタイミングだったと思います。

― ネットゼロ宣言をしたのは、EUや米国からの外圧であるということはないのでしょうか。

松村氏:むしろ日本は、変な内圧でブレーキがかかっているのではないでしょうか。外圧でブレーキをかけにくくなったと考えるべきです。外圧がなくても、やるべきことはやればいいのです。その意味では、圧力団体からの間違った圧力に対し、外圧によってある種の影響はあったとはいえます。


東京大学社会科学研究所 松村敏弘 教授(撮影は2020年4月)

2030年ではなく2050年を見越した合理的な政策を

― 2050年ネットゼロが目標となった中で、第6次エネルギー基本計画の見直しが進められています。その中でも、もっとも関心が高いのがエネルギーミックスです。特に2030年のあるべき数値目標とはどのようなものでしょうか。

松村氏:質問の趣旨から外れるのですが、そもそも2030年のエネルギーミックスを議論するのがエネルギー基本計画の議論として正しいのかどうか、疑問に思います。震災前の第3次エネルギー基本計画で、すでに2030年目標が設定されていました。そのときと同じ目標年でいいのでしょうか。

また、エネルギーの世界でいえば、今から10年先というのはあまりにも短すぎます。再エネを大量導入するとしても、今から送電線の増強を計画し、とりわけ東北・北海道から関東への大動脈の整備に着手したとして、2030年に間に合うのでしょうか。むしろ2050年を見越して合理的な設備をつくることを考える必要があると思います。

環境アセスメントにかかる時間を考えると、これから計画するものは、風力発電の建設ですら大半は2030年に間に合わないと思いますが、最初から2050年を目指せば、風力発電の導入目標を高くしていくこともできます。また、持続可能であることを明確にした上でのバイオマス利用も時間がかかるでしょう。そのように考えると、2030年のエネルギーミックスを議論する重要性、優先性がどれだけ高いのか、疑問に思います。

もちろん、ミックスに関心が高いことはわかります。しかし、どの電源がどのくらいの割合になるのかは、消費者の選択で決まればいいことです。また、どの電源をサポートすればいいのかは、選挙で支持された政党が政策として判断すればいい。したがって、最初から各電源を何%にするとか、そういった数値目標を設定することには、あまり意味はないと考えています。

数値目標を設定しなくても、市場で勝ち残った電源が高い割合を占めることになると思いますし、消費者の選択によって最適な電源構成になると思います。

炭素税の導入でCO2を出さない電源を優位に

― しかしそれでは、CO2に関係なしに、安価な電源に偏らないですか。

松村氏:その点については、CO2を排出する電源に対してコストがかかる制度にすれば解決します。すなわち、CO2のコストを正しく認識できる炭素税を導入すればいいはずです。炭素税を導入した上で、どの電源がいいのか選択してもらえれば、消費者の支持が得られる望ましいエネルギーミックスが自然にできるということです。エネルギーミックスの数値を細かく決める必要はありません。

― では質問を変えます。再エネを含め、望ましい電源だとしても電源種別でコストに差があります。今は高くても将来性のある電源もあります。こうした点も踏まえ、あらためてどのような電源を支援していくことが必要だとお考えでしょうか。

松村氏:大事なことは、低炭素だから支援するということではなく、CO2以外にもいろいろな角度から検討することです。今は高くても将来の導入コストが下がるのであれば、将来の事業者や消費者に利益があります。これはCO2排出量には還元できない外部性です。このことはCO2と異なり、個別にどのくらいの将来性があるのか、どのくらいコストを下げることができるのか、そのことを明確にし、どの電源を支援するのが正しいのか、考えるべきです。

とはいえ、どのような性質を持つ電源を支援すべきかということは、政策として立案され、後から検証できるものでなくてはなりません。振り返ってみたときに、ゆがんだ情報によって政策を立案していたのでは、政府の信用がなくなります。この電源は重要だから支援する、ということだけでは、検証はできないということです。

それぞれの電源に、どういった性質、どのような社会的価値があるのか、そうした点を明らかにした上で支援すべきです。

―そのように考えると、太陽光発電と洋上風力発電では支援の在り方が変わってきますね。

松村氏:例えば、夜でも発電する電源を支援するのは、そうしないと夜間の電気が不足するからと考えるのは誤りです。太陽光ばかりになって常に夜の電気が足りなくなれば、夜間の市場価格が自然に上がって調整されます。つまり夜も発電する電気を意図的に支援しなくても、正しく制度を設計すれば市場メカニズムで自然にそうなります

洋上風力発電はまだコストが高いが、設置が進み、建設、運用に慣れてくることを通じて将来のコスト低下につながり、将来の大量導入が可能になる、という外部性がまだ大きいから、洋上風力を、立ち上がりの時期に積極的に支援するとの考えは合理的です。しかし、大量に導入されてもコストが下がらないという事態になったとすれば、そもそも虚偽の情報、誤った見通しによって、誤った支援をしたことになる。実現しようとする社会的価値を明らかにし、それが本当に実現できたかを常に検証することが重要です。

更に、洋上風力発電を個別の事業者だけで開発するとコストが高いままかもしれませんが、複数の事業者の案件を同時に進めると、アセスメントや漁業権の調査なども共通で実施することで費用が下がることも考えられます。こうした調整を推進することも、CO2排出削減には還元されない外部性に対する支援になります。

洋上風力発電はポテンシャルが大きいから高い買取価格で支援する、というのではなく、将来の主力電源にふさわしい費用まで下がって自律的に拡大していくので、その過程でそれにふさわしい支援をしていくという発想をすべきです。単に低炭素と言うだけなら、炭素税によって競争性が増す効果で勝負すべきです。

(明日5月18日公開の中編へ続く)

(Interview &Text:本橋恵一、小森岳史、Photo:岩田勇介)

松村 敏弘
松村 敏弘

東京大学社会科学研究所教授。博士(経済学、東京大学)。大阪大学助手、東京工業大学助教授を経て現職。専門は産業組織、公共経済学。1998年より電力改革の仕事に携わり、現在は経済産業省の調達価格等算定委員会、基本政策分科会、制度設計専門会合等の多数の委員会の委員を務める。

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