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ドイツ選挙で当選したショルツ氏の気候・エネルギー計画とは?

ドイツ選挙で当選したショルツ氏の気候・エネルギー計画とは?

2021年10月29日

ドイツでは2021年9月26日に総選挙が行われた。結果は、与党の1つである保守的なCDU/CSUが大きく議席を減らす一方、同じ与党でもリベラルなSPDが議席数を伸ばした。この結果を受けて、同じく議席を伸ばした緑の党、産業界寄りのFDPとの3党で連立を組む可能性が高い。その中心がSPDの首相候補、ショルツ氏だ。連立政権の気候変動政策はどうなるのか、ドイツのエネルギー専門メディアのClean Energy Wireの記事を、環境エネルギー政策研究所(ISEP)研究員の古屋将太氏の翻訳でお届けする。


総選挙で勝利したオラフ・ショルツ氏は、「気候変動の首相」になりたいと語る。(写真:CMYK/SPD)

オラフ・ショルツ氏は、ドイツの社会民主党(SPD)を率いて、2021年の総選挙(連邦議会議員選挙)で予想外の勝利を収めた。メルケル政権の財務大臣であったショルツ氏は、メルケル政権時代からの継続を基本としながらも、社会的公正の強化と再生可能エネルギーの拡大を他のすべての脱炭素化計画の前提条件として、ドイツを再活性化することを選挙戦で訴えた。

しかしショルツ氏は、ドイツが気候変動対策として必要な条件を満たすことと、SPDの支持者に対する市民の気候変動対策費用負担を抑えるという公約との間で、難しい舵取りを迫られるだろう。緑の党や親ビジネス派の自由民主党(FDP)を含む連立政権の次期首相となる可能性のあるショルツ氏は、前任のメルケル首相のような「気候変動の首相(climate chancellor)」になりたいと語っているが、これまで主張してきた政策を見る限り、その野心を実現するには課題がありそうだ。

有権者の多くにとって予想外ではあったが、SPDが、2021年のドイツの総選挙で最多議席を獲得した政党となった。ショルツ氏は選挙結果を受けて、緑の党やFDPと連立政権を組むつもりであることを明らかにしている。しかし、連立政権の成立にあたって、ドイツの将来に向けた気候・エネルギー政策に関する共通認識を得ることが決定的な役割を果たすだろう。というのも、SPDは選挙公約で、地球温暖化防止を「世紀の課題」として強調していたものの、上位の候補者が、エネルギー・気候政策に対して、まだ態度を明確にしていないからだ。

ドイツ最古の政党であるSPDは投票日のわずか数週間前に、数年間続いていた世論調査における支持率の低下に終止符を打ち、26%対24%でアーミン・ラシェット氏が率いる保守派のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)を破り、僅差で勝利を収めた。CDU/CSUも、緑の党やFDPとの連立を視野に入れている。しかし、ショルツ氏の連立による首相就任は、政治的にも有権者の間でも支持されている。

ただし、その要因の1つは、保守的なアンゲラ・メルケル政権下で財務大臣および副首相を務めたショルツ氏が、メルケル首相が現在も広く支持されている合議制の政治スタイルを踏襲すると同時に、(気候変動政策ではなく)社会正義や労働者の権利の問題をより重視するという若干の変化を約束することで、選挙戦を成功させたことだ。

SPDは過去20年間、ドイツのエネルギー政策全体を大きく形成してきた。1998年以降の6つの政権のうち5つの政権で連立政権に参加し、政権の気候・エネルギー関連法案のほとんどを推進、少なくとも支持してきた。この中には、ドイツの気候行動法、石炭の段階的廃止、あるいは再生可能エネルギー法(EEG)の改革などが含まれる。

さらにSPDとショルツ氏は、メルケル首相が所属するCDU/CSUがしばしばより野心的な政策を阻止していたことを繰り返し強調し、新政権が成立した直後に、2045年のカーボンニュートラルに向けた道筋をつけるための迅速な改革をおこなうことを明言している。

その一方で、2045年までに温室効果ガスの排出量をゼロにするためには、さまざまな施策を迅速に実施する必要があるが、これらの施策の多くは、有権者の支持や社会的結束の面で厳しい課題となることが、研究者や専門家の間で指摘されている。SPDが緑の党やFDPと協力して政権をとれば、エネルギー転換による損失を恐れる化石燃料や自動車産業の労働者、何十万人もの気候変動反対派の人々、急速な脱炭素化がもたらす短期的なビジネスコストを心配する中小企業まで、さまざまな利害関係者と渡り合わなければならない。

有権者を気候変動コストから守るというSPDの公約はCO2価格にブレーキをかける可能性がある

2007年から2009年まで、メルケル首相の下で労働大臣を務めたショルツ氏は、低賃金労働者や借家人の利益を重視した選挙戦を展開し、市民の経済的・社会的闘争に対する「敬意」を示したが、その中で気候政策は社会正義と同列に語られることが多くあった。

ショルツ氏は「気候変動問題の首相」になりたいと述べているが、これではSPDが排出量削減のために有権者に経済的な負担を要請することにも限界があるだろう。このことは、党内左派のノルベルト・ウォルター・ボルヤンス氏とサスキア・エスケン氏が、2019年のSPD党首選でショルツ氏を破って党首となったことからもうかがえる。

ショルツ氏自身は中道寄りのプラグマティストと考えられており、労働者や大手金融機関にも耳を傾けるが、エネルギー転換における裕福でない人々の苦境を無視しているという印象を与えないように気を配っている。2021年7月、ショルツ氏は気候変動対策のために「大きな犠牲を払う必要はない」と述べ、排出量削減のためにより大きな負担は高所得者が背負うことを示唆した。

SPDのエネルギー政策担当者であるヨハン・ザートホフ氏は、クリーンエナジーワイヤーとのインタビューで、気候変動コストの上昇に対する党の慎重なアプローチを支持し、2021年に導入される交通機関や暖房におけるカーボンプライシングの影響をすでに感じている人々には、適応するためのサポートが必要であると述べた。

また、ショルツ氏は、産業界の排出物に対する既存のEU排出権取引制度(ETS)と同様に、ドイツの運輸と暖房における国内炭素価格を欧州全体に拡大することには賛成しているが、そもそも国内炭素価格の導入には消極的で、炭素価格が導入された後のドラスティックな値上げにも懐疑的だ。ショルツ氏は2021年6月、緑の党による燃料価格の引き上げ提案を批判し、「燃料価格のねじを回し続ける人たちは、市民の苦難に関心がないことを示している」と述べている。

ショルツ氏が再生可能エネルギーの拡大を加速させるためには、ドイツの行政を近代化する必要がある — エネルギー弁護士

ショルツ氏は、自分が新政権のリーダーになった場合、短期的には再生可能エネルギーの拡大を加速させることを気候変動政策の重要な野心としている。彼の主要なメッセージは、「再生可能エネルギーの拡大に注力してください。そうしないと、e-モビリティから暖房、グリーン水素の製造、インフラの近代化まで、他のすべての脱炭素化計画に必要なクリーンな電力が不足してしまいます」というもの。

ショルツ氏は、選挙期間中「次の連邦議会がはじまる時点で、新政府にとってもっとも重要な課題は、再生可能エネルギーの目標値を引き上げ、より迅速な承認と送電網の拡張を可能にすることである」と述べた。SPDは選挙公約で、2040年までに再生可能エネルギーを100%にすること、すべての屋根、すべてのスーパーマーケット、すべての市役所、すべての学校に太陽光発電設備を設置すること、州や地方自治体に拘束力のある再生可能エネルギー目標を与える「未来のための協定(pact for the future)」の要求などを公約している。

ショルツ氏は、これらの計画を確実に実現するために、今後数十年の間に脱炭素社会を実現するのに十分な再生可能エネルギーを産業界に保証するための新法を約束した。ショルツ氏は今年はじめ、保守派主導のエネルギー省が、ドイツが将来的に従来の計画よりもはるかに多くの電力を必要としているにもかかわらず、それに応じて再生可能エネルギーの導入目標の調整が必要であることを認めていないと揶揄した。

その上でショルツ氏は、気候・エネルギー政策の「即時的な再出発」を約束、「首相として、最初の年にスピードを上げることを約束する」と述べ、風力発電やその他の投資の承認手続きを加速させる計画であると付け加えた。

その一例として、現在、陸上風力発電の拡大が遅れており、再生可能エネルギーの普及を加速させるための最大の障害となっていることへの対応がある。陸上風力発電は、すでにドイツの年間電力消費量の約4分の1をカバーしており、将来の電源構成においても最大の柱となるはずだ。しかし、風力発電の拡大は、ドイツのエネルギー転換の難点のひとつともなっている。

風力発電所に対する地元の反対運動や、風車の建設場所に関する多くの州の制限的な規則、長引く計画的な手続きなどにより、2017年以降、風力発電の新規導入はほぼ停止している。ショルツ氏は、「(風力発電設備の)承認と参加の手続きをスピードアップしなければならない」と述べている。また、風力発電機の承認は「6年かかるべきではなく、6ヶ月で終了させなければならない」と選挙戦中に語っていた。

しかし、計画の手続きを単純に合理化し、市民参加を削減するというショルツ氏の考え方は実現が困難な可能性があると、エネルギー関連の弁護士であるミリアム・フォルマー氏がクリーンエナジーワイヤーに語っている。現行法ではすでに、承認手続きを7ヶ月以内に収めるための期限が設けられている。しかし、生物種の保護や騒音の問題で困難が生じるケースでは、裁判所が建設の中止を命じるため、より時間がかかる。

「ステークホルダーの参加や環境団体の法的措置の権利については、ドイツではEU法で義務付けられており、連邦議会が廃止することはできません」とフォルマー氏は説明する。その上で、計画手続きを本当に迅速化するには、行政や裁判所のスタッフや装備を充実させることだとし、「デジタル化に真剣に取り組んでいるFDPと、行政関係者に強く支持されているSPDなので、SPD、緑の党、FDPの連立政権には行政を近代化する現実的なチャンスがあるはずです」と付け加えた。

早期の石炭撤退? ショルツ氏は「実現させたい」と考えている

選挙で大きな話題となった気候変動対策のテーマである石炭廃止に関して、ショルツ氏は、最終的な廃止時期を現在の目標である2038年から前倒しするかどうかについて、複雑なメッセージを発している。ショルツ氏は、8月に行われた選挙イベントで、東部の鉱山地帯ルサティアの石炭労働者を前にして、ドイツは脱石炭のスケジュールを守るべきだと述べた。

しかし、「私たちは、企業にとっても、労働者にとっても、そして地域にとっても重要で明確な協定を結んだ。そして、これらの協定は適用され、尊重されるべきです」と述べた数日後、他の首相候補との討論ではこの約束を修正した。それでも彼は「私たちは、より早い段階での廃止を可能にする定期的な評価をおこなっており、2038年が期限の年です」と主張し、石炭火力発電の早期廃止を「実現したい」と述べた。

彼にとって石炭の廃止は、ドイツ国内だけでなく世界各地で再生可能エネルギーの導入を促進し、代替手段を確立するという課題と密接に結びついている。「世界各地で何百もの石炭火力発電所の新設が計画されていますが、より良い代替手段がある場合に限り、これらの発電所は稼働しません」と彼は主張する。


2021年ドイツ連邦選挙の最終結果速報(出典:連邦選挙管理委員会 2021年9月27日)

ショルツ氏は自動車メーカーが自力で化石燃料車に賭けるのを止めることができると確信している

喫緊の課題でありながら大きな議論を呼んでいる運輸部門の排出量削減について、ショルツ氏は、ドイツでは新車の乗用車に内燃機関を搭載することを禁止する必要はないと主張。同時に、電気自動車への移行を実現するために、自動車メーカーが政府から多額の支援を受ける必要はないとも述べている。

「自動車会社は自分たちで何百億ドルもの投資をすることができるし、実際にそうしている」としつつ、むしろ小規模なサプライヤー企業が電気自動車への移行を乗り切るためには、国の投資が必要になるかもしれないという。彼はまた、緑の党が提案した、道路インフラをこれ以上拡大すべきではないという考えに反対し、新しい電気自動車には「良い道路が必要」だと主張した。

ショルツ氏は、旅客や貨物の交通量を道路から鉄道に移行させるという「長期的な」目標は、一部の人々が期待しているよりもはるかに長い時間がかかるだろうとし、だからこそドイツには道路インフラをおろそかにする余裕はないと主張した。

持続可能な金融と国際的な「気候クラブ」の設立

ドイツの気候政策に関連する他の分野では、ショルツ氏は2018年から財務大臣としての立場を利用して、金融セクターを排出削減目標に合わせてよりよく調整し、気候に悪影響を与える活動の資金を枯渇させることを目的としたサスティナブルファイナンス戦略の作成を担当した。この戦略は、まだEU全体の持続可能な金融のタクソノミーの最終決定にかかっており、批判的な人たちには一部の面で不満が残っているが、遅きに失したものの、気候政策のギャップを埋めるものとして広く歓迎された。

ショルツ氏は、気候変動対策における国際協力を視野に入れ、排出量削減にもっとも意欲的な国を集めた「気候クラブ」を提案し、進めてきた。ショルツ氏の提案は、これらの国の企業に温暖化防止のための義務を課すと同時に、国際競争による不利益から国民経済を守ることも目的としている。ショルツ氏が打ち出した経済協力案は、これからの厳しい時代にドイツがどのように気候変動対策に取り組むべきかについての彼の一般的な考えを示している。「SPDにとって、気候変動対策は産業プロジェクトであり、再教育コースではありません」とショルツ氏は語る。

記事:ケアスティン・アップン(Kerstine Appunn)、ベンジャミン・ヴェアマン(Benjamin Wehrmann)Clean Energy Wire記者

元記事:Clean Energy Wire “What are the climate and energy plans of German election winner Scholz?” by Kerstine Appunn and Benjamin Wehrmann, 29 September 2021. ライセンス:“Creative Commons Attribution 4.0 International Licence (CC BY 4.0)” ISEPによる翻訳

古屋将太
古屋将太

認定NPO法人環境エネルギー政策研究所(ISEP)研究員。デンマーク・オールボー大学大学院博士課程開発・計画プログラム修了、PhD(Community Energy Planning)。地域参加型自然エネルギーにおける政策形成・事業開発・合意形成支援に取り組む。著書に『コミュニティ発電所』(ポプラ新書)。共著に『コミュニティパワー エネルギーで地域を豊かにする』(学芸出版社)。

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