トランプ政権、日立「ホライズン」の中国CGNによる買収計画に警告。しかし実は“黙認”の可能性も | EnergyShift

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トランプ政権、日立「ホライズン」の中国CGNによる買収計画に警告。しかし実は“黙認”の可能性も

トランプ政権、日立「ホライズン」の中国CGNによる買収計画に警告。しかし実は“黙認”の可能性も

2020年07月16日

先進国ではほぼ唯一、原発の建設を進めている英国だが、実際には各案件とも採算が厳しい。そうした案件を担う会社の1つが、日立製作所の子会社「ホライズン」である。このホライズンに対し、中国企業が買収の提案をしているという。コロナ危機の影響で、大幅な損失を計上している日立製作所にとってはありがたい話だが、米トランプ政権は待ったをかけている。それぞれ、どのような思惑があるのか、日本サスティナブル・エナジー株式会社 大野嘉久氏が解説する。

合法的に世界の電力インフラ買収を続ける中国という存在

英サンデー・タイムズ紙が報じたところによると、米トランプ政権は日立製作所が英国で原子力発電所の建設および発電事業を行う子会社「ホライズン・ニュークリア・パワー・リミテッド」を中国に売却しないよう警告した。これに対し日立は6月28日、「同事業を中国に売却する計画はない」との声明を(日曜にもかかわらず)発表して明確に否定したとされるが、これはトランプ大統領の放言なのだろうか。

中国はこれまで、資金的に苦しんでいる各地域の電力プロジェクトに対して魅力的なファイナンスを提示しながら接近し、合法的に、且つ相手に喜ばれる形で数多くの資産を入手してきた。

今回のホライズンも建設の長期化や安全対策費用の高騰、そして電力買い取り価格の引き下げに伴う採算の悪化などを受けて2019年1月17日に日立が事業の凍結を発表しており、その際には2019年3月期連結決算において3,000億円の減損損失を計上する事も合わせて公表していた。
加えて日立は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響等から売上高が前年度比で1兆円も減少しており、凍結した巨額の不採算事業を中国が買い取ってくれるならば、経営の観点からすると有難く喜ばしい話であろう。

中国資本は非常に賢く戦略的に、このようなストーリーを組み立てる。世界中の国々で多くの電力インフラが“相手に歓迎されながら”次々と中国資本に代わってきた。武力も暴力も使わず(カネは使うかもしれないが)、静かに行動してターゲットはいつしか身動きが取れなくなっていることに気づく。だから日立のホライズン事業を買い取ることを中国が意図することがあったとしてもごく当たり前の話であるが、そもそもホライズンには以前から触手を伸ばしていたのである。

トランプ大統領が「売るな」と名指しした中国企業は、日立がホライズンを買い取る際にも買収の意向を見せていた

このホライズンという日立の子会社はもともと英国での電力販売を目的として独電力会社RWEとE.ONが出資比率50%ずつで2008年に設立した事業であり、英国アングルシー島ウィルファおよびサウスグロスタシャー州オールドベリーに総出力6,600MWの原子力設備を建設する計画だった。そして当初計画での原子炉は東芝傘下米ウェスチングハウス(WH)製AP-1000あるいは仏アレバ製EPR(欧州加圧水型炉)のいずれかとされていた。

ところが2011年3月11日の東京電力福島第一原発事故を受けて同年5月30日に独メルケル政権が2022年までに国内全17原発を閉鎖することを発表し、続いて独重電大手シーメンスも同年9月に原子力事業からの撤退を表明。こうした情勢の変化からRWEとE.ONも英国の原子力事業を続けられなくなって2012年にホライズンの売却を発表し、それに東芝と日立、仏アレバ、そしてこのたびトランプ大統領が「売却するな」と名指しした中国国有原子力企業「中国広核グループ(CGN)」らが応札の動きを見せていた。このうちアレバとCGNは途中で撤退し、最終的には日立が2012年11月に買収を完了させた(取得価額は888億8,600万円)。

つまりトランプ大統領が日立に売却のストップをかけた相手はいきなり登場したわけではなく、日立がホライズンを買い取った際の競合相手であった。ここから(打診があったかどうかは別として)、トランプ大統領は決して思いつきで発言しているわけではなく、むしろ事情を理解した上で敢えて雑に見せていると考えられる。

Horizon Nuclear Powerの解説ビデオより

日立がホライズンを買収したのは「原発を建設する場所を確保するため」

なぜ日立は英国の原子力事業を買収したのか? その理由を羽生正治常務(当時)は記者会見にて「発電所を建設する場が欲しかった」と説明している。2012年といえば日立が製造するBWR(沸騰水型原子炉)と同型を採用している福島第一原発で起こった事故の発生直後であり、日本国内では新規原発の建設や既存原発の再稼働など見通せない時期であった。

事故後およそ10年が経過してもBWRがいまだ一基も日本国内では再稼働を果たしていないことを考えるとホライズンの買収については日立に先見の明があったと言えるが、これまた福島第一原発事故の影響で原発安全対策費用が著しく高騰し、さらに英国でホライズンの電力買い取り価格が大幅に下落してしまったため採算が大幅に悪化、先述のとおり2019年に日立は同事業の“凍結”を発表することとなった。

ホライズンの買収で中国が英国の原子力産業にコミットする姿勢がいっそう明確に

こうした経緯を考えると、仮に水面下で中国CGNが日立にホライズンの売却を持ちかけ、そして日立が真剣に検討していたとしてもごく自然なことだが(邪推すると2019年の“凍結”という表現に中国CGNの影を織り込んでいるかもしれない)、ここが英国であることを踏まえると別のシナリオも浮かび上がる。

なぜなら中国CGNは英国において仏電力公社(EDF)が建設を進めていたヒンクリーポイントC原発にも33.5%出資しているが、同プラントはホライズンと同様に採算が当初計画から非常に悪化した案件であり、英国のキャメロン首相が中国の習近平国家主席に財政支援を願い出て2015年に出資が決まった、いわくつきの原子力事業であるからだ。そして中国はヒンクリーポイントCを支援する条件として、まだ完成事例のない開発段階の中国製第三世代炉“HPR1000”を英国内に建設させる事を了承させ、ブラッドウェル原発においてその建設が進められている。

EDFエナジーのリリース資料より
画像はhttps://energy-shift.com/news/dc035936-8cb3-45a9-aadf-71a961aee864より

よってヒンクリーポイントCは「赤字を覚悟の上で中国が英国を助けてあげる」という政治性の強い案件となっているが、事業性が悪い点についてはホライズンも同様である。したがって、もし本当にトランプ政権が警告したように中国がホライズンの買い取りを狙っているとしたら、それは事業採算が目当てではなく、あくまでも「英国の原子力産業に中国がコミットする」「手切れ金を払ってやるから日本は英国から出ていけ」というメッセージを世界に伝えることが第一目的ではなかろうか。

中国CGNも当然ながら、中国という国家が背後にいるから採算が悪くても買収できるのであり、逆に言うと中国CGN以外にホライズンを買い取ってくれる会社は見つからない。 再び邪推すると、コロナによって日立の経営が悪化している今を狙って中国CGNがより有利な条件での買い取りを画策している可能性もある。

あの警告はもしかしたら「(中国の狙いは)承知しているぞ」というトランプ流の手荒な意思表明なのかもしれない。

大野嘉久
大野嘉久

経済産業省、NEDO、総合電機メーカー、石油化学品メーカーなどを経て国連・世界銀行のエネルギー組織GVEPの日本代表となったのち、日本サスティナブル・エナジー株式会社 代表取締役、認定NPO法人 ファーストアクセス( http://www.hydro-net.org/ )理事長、一般財団法人 日本エネルギー経済研究所元客員研究員。東大院卒。

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