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「壊れた」電力市場 市場高騰が続く時は、小売電気事業者の負担を抑制する仕組みが必要

「壊れた」電力市場 市場高騰が続く時は、小売電気事業者の負担を抑制する仕組みが必要

2021年03月05日

2020年12月から2021年1月まで続いたJEPXの高騰は、電力業界に大きな影響を与えた。この高騰の背景には、電力システムの構造的欠陥があるのではないか。そのように指摘するのが、エネルギージャーナリストの木舟辰平氏だ。欠陥とはどのようなことだったのだろうか。

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「壊れた」電力市場

日本卸電力取引所(JEPX)前日スポット市場で、海外にも例がなかった継続的な高値約定が発生したことは、電力業界を揺るがしている。市場依存度が高いとは言えない新電力の経営にも大きな影響が出ており、電力自由化の帰趨すら左右しかねない状況だ。

今回のように市場が「壊れた」時には、供給力確保義務を課された小売事業者の負担が緊急避難的に抑制される仕組みが必要ではないか。

市場高騰の事実関係については多くの報道がすでになされているので詳しくは書かないが、スポット市場は昨年(2020年)末から1ヶ月弱、異常な高値が続いた。特に1月11日から15日にかけては5日連続で24時間平均の全国価格が100円/kWhを超え、15日には251円/kWhという史上最高値を記録した。

関連記事:シリーズ 2021年電力ひっ迫

異常な高値約定の原因は新電力のパニックか?

こうした事態を招いた大元の原因は、電力需給が全国的に逼迫したことだ。そして、需給逼迫の最大の要因として、LNGなど燃料在庫の減少により多くの火力発電所の設備利用率が低下したことが挙げられる。

発電能力(kW価値)としては存在するが、発電電力量(kWh価値)の面で制約がかかるという想定外の事態が発生した。

これにより大手電力など発電市場における支配的事業者のスポット市場への売り入札量が大きく減少した。その結果、全ての売り札が約定するという「玉切れ」の状態が続いた。

ただ、ここで注意する必要があるのは、需給逼迫は価格高騰の「必要条件」ではあったが「十分条件」とは言えないことだ。

需給逼迫の結果、平時であれば売れ残る発電コストの高い電源も約定したが、とはいえ売りに出された電気の99%は15円/kWh未満の値づけだった。つまり、供給力不足という要因だけでは、100円/kWhを超える水準まで約定価格が高騰したことは説明できない。

では、異常な高値約定はなぜ起こったのか。一言で言えば、買い手である新電力の多くが、パニックを起こしたからだ。

新電力がスポット市場で必要な量の電気を調達できなかった場合、それはほぼ、不足インバランス*の発生に直結する(今回のような状況では、時間前市場が機能しないことも明らか)。

そして、市場全体で需給バランスが不足方向に偏っている時は現在の仕組みでは、インバランス単価は基本的にスポット価格より高くなる

そのため、いくら高値でもインバランス料金よりはマシだと考えた新電力がスポット市場の買い入札価格を競い合うように引き上げた。JEPXは1月22日から最高価格をつけたコマの需給曲線を毎日公表するようになったが、それまでは取引の実態が見えず、多くの新電力が疑心暗鬼になった。

その結果、多くの新電力が事業撤退に追い込まれるレベルの大きな打撃を受けてしまったわけだ。

リスク分散対策をしていた新電力にも深刻なダメージ

市場である以上、価格が時折高騰することは当然だとして、新電力の自己責任論を唱える声もあるが、問題は価格高騰が1ヶ月近くの長期に及んだことだ。そのため、リスク分散の対策を講じていた新電力も深刻なダメージを負っている。

例えば、SBパワーの中野明彦社長は電力・ガス取引監視等委員会の制度設計専門会合で「当社は相対取引やベースロード市場の活用により需要の大半を確保しており、スポット市場からの調達はピーク時など一部の時間帯に限られる。それでも今回の高騰で影響が出ている」と説明している。

中野社長は「電力市場そのものの健全性に疑義が生じた。自由化の危機だ」として、電力政策の再構築を求めている。具体的には「(今回のような非常時には)小売事業者は同時同量維持の義務をどこまで負い続けるべきなのか」と問題提起している。

新電力に不利なインバランス料金は需給緩和につながらない

同時同量維持の義務とは裏返せば、不足インバランスを負担する義務のことだ。こうした指摘を受け、2022年度から導入される新たなインバランス料金制度があらためて注目されている。

関連記事:新インバランス料金制度、2020年度から災害時には前倒しで適用されることに

同制度については本連載の第2回で取り上げたので詳細はそちらを読んでいただきたいが、料金単価算出の参照先が今年4月に創設される需給調整市場に変わるとともに、需給逼迫が起きた際には料金単価を政策的に引き上げる。

なお、1月17日からインバランス単価の上限が200円/kWhに設定されたが、それは別に超法規的措置でなく、この需給逼迫時の料金体系を先行適用しただけだった。

インバランス価格を政策的に引き上げる狙いは、それにより価格シグナルを発することで自家発電やデマンドレスポンス(DR)などの「埋没電源」を掘り起こし、市場原理により需給緩和につなげるというものだ。

だが、今回の価格高騰の状況で「埋没電源」は期待したようには市場に出てこなかった。自家発電の余力分は、一般送配電事業者が相対契約で確保したケースも多かった。

供給力確保義務を負う小売事業者と、需給バランス維持のための調整力が必要な一般送配電事業者が「埋没電源」を奪い合うという構図は、最終的な安定供給維持の観点から意味がないし、不毛だ。

小売事業者にとっては勝ち目のない戦いだったが、その敗れた結果が超高額のインバランス負担というのは、あまりに理不尽だと言える。今回の事態は、供給安定性と効率性の両方の面から現在の電力システムが抱える構造的欠陥を炙り出している。

*インバランス:電力会社が計画と実績の同時同量を達成できずに供給する電力の過不足が発生した場合、その調整のための対価として支払わなければならない料金のこと

木舟辰平
木舟辰平

エネルギージャーナリスト。1976年生、東京都八王子市出身。一橋大学社会学部卒 著書:図解入門ビジネス 最新電力システムの基本と仕組みがよ~くわかる本

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