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気候変動問題を戦略的に考えよう(4)日本のNDC目標設定と行動計画の考え方

日本のNDC目標設定と行動計画の考え方

2020年04月22日

連載 気候変動問題を戦略的に考えよう(4)

気候変動問題の国際的枠組みであるパリ協定、その要請に基づいて、各国は今年(2020年)、GHG(温室効果ガス)の削減目標をあらためて提出することになっている。日本政府は3月30日に、最初の正式なNDC(削減目標:Nationally Determined Contribution)を発表した。これに対し、2015年に出されたINDC(約束草案)からの上積みがないことが批判の対象となっている。しかし、その批判は適切なのか、NDCの設定はどのように考えるべきなのか。松尾直樹氏(公益財団法人地球環境戦略研究機関 上席研究員/シニアフェロー)による、本質的な論考をお届けする。

日本のNDC目標の発表と批判の論点整理

今回は、パリ協定の要請に基づき3月30日に発表された日本のNDC(削減目標)を題材に、日本の気候変動緩和目標設定やその達成のための対策デザインの「特徴」を考えてみましょう。

パリ協定の下で、各国は今年中に最初のNDC(最初の正式なものなのでNDC 1と呼ぶ)を通報することが求められていました。今回の発表は、その要請に応えた文書になっています。

読んでもらうと分かりますが、その内容は、「2015年7月17日に決定されたINDC(約束草案)」を、そのままの形で草案→正式な約束にアップグレードしたものとなっています。すわなち、新しい目標設定や改定はありません。新たな部分は、INDC提出時点から現在までの進捗の概要に加え、今後どのようにすることを想定しているか、という説明が付いた前文になります。

メディア報道によりますと、これに対する国内外から批判が多いということのようです。Energy Shiftでもこの点を採り上げています。ただ、単純にこのNDCは気にくわない… と自己主張するのは勝手なのですが、感情的になる(もしくは所属する組織を代弁する)のではなく、ここで、もうすこし分析的に考えてみましょう。

批判の声は、最大のものは、「なぜ不十分なレベルの目標を発表したか?(=もっと厳しい目標を策定・提出すべき)」という点にあります。その他、他国への影響を考え、「なぜいまのような早期のタイミングで(このような新しいambitionを含まないNDCを)発表したか?」という批判もありますね。「意思決定の閉鎖性」に関する批判もありました。

発表のタイミングや意思決定の閉鎖性の点はさておき、「なぜ不十分なレベルの目標を発表したか?」という批判を考えてみましょう。これは、次の2点に分解できます。

1)なぜNDC 1という目標を改定する機会があったのに、改定を行わなかったか?
2)現行の目標水準である「2030年度に2013年度比26%削減」は緩すぎる。

こうした批判の一方で、
3)現行目標達成に向けてオントラックかオフトラックか?
という「進捗状況」の点や、
4)現在の行動計画(地球温暖化対策計画)の内容に問題はないか?
といったことに関する批判(や意見)は、わたしの知りうる限りは、ほとんど聞こえてきません(後述するように、わたしはこちらの議論の方が重要だと思っています)。

エネルギー政策との整合性

1)は、換言するなら、「地球温暖化対策計画」と表裏の関係とも言える「長期エネルギー需給見通し」が、INDC発表時のものから改定されていないということが直接の理由になります。言い換えると、「エネルギー政策と整合性のない「政治的判断のみのGHG排出削減目標」を作成すべきではない」というスタンスがベースにあります。「基盤となるエネルギーに関する数字がない段階で、GHG排出目標を作成できない」というスタンスですね。

このこと自体は、政府政策の全体的整合性をとるという点で、理解できるものです。むしろ整合性を無視することは、責任ある政府の態度とは言えないでしょうし、政策の実行性に疑義が生じるでしょう。

ただ、ここでいくつか疑問が生じます。

Q1:エネルギー政策が「先に」決まってから、それに整合性をとる形で、地球温暖化政策目標(排出削減目標)が決まるべきか?
Q2:どんなことをクライテリア(判断基準)に、排出削減目標を決めるべきか?
Q3:目標の数字のベースとなっている「長期エネルギー需給見通し」ってどのようなもの?

まずは、簡単な Q3 からみてみましょう。

いまの日本のエネルギー政策は、「エネルギー基本計画」に基づいています。「長期エネルギー需給見通し」とは、「見通し」という名前が付いていますが、「予測」ではなく、「エネルギー政策の青写真」と言うべきものです。エネルギー政策(エネルギー基本計画)を、数字で表現したものと言えるでしょう。数字は、ボトムアップ的に積み上げたもので、外生変数(GDP成長率)や結果の数字には、それなりにpolitical considerationsが反映されています。「こうなってほしい」と日本政府(経済産業省資源エネルギー庁)が考えている姿ですね。

最近では「長期エネルギー需給見通し」のことを「エネルギーミックス」という言い方をすることもあるようで(NDCの前文にもそう書いています)、これは間違いなく誤解を招く表記なので変えた方がいいものです(通常、エネルギーミックスと言えば、供給側のエネルギー源別のパーセンテージを表す用語で、将来の数字とは限りません。長期見通しは将来の数字(比率だけでなく絶対量も重要)で、省エネなど需要側も含んでいます)。

エネルギー基本計画は2003年から策定されていますが、長期エネルギー需給見通しは1967年から「エネルギー政策の青写真」として(わたしは青写真という表現が一番しっくりくると思います)、約3年間隔で改訂されてきています。余談ですが、過去の長期見通しを分析してみると、日本のエネルギー政策の考え方の変遷がよくわかります。昔作成したグラフを添付いたしましょう。

長期エネルギー需給見通しの変遷

次に、Q1 を考えてみましょう。時間的経緯から考えると、エネルギー政策が「主」で、温暖化目標が「従」なのでしょうか? 実際は、そうではないと思います。

1992年の地球サミットの頃から、日本は、GHGやCO排出削減目標を「政治的判断」で決めてきました。その背景には、現実路線を主張する産業界と、理想論やバックキャストを主張する環境派のせめぎあいが政府内外であり、最終的には政治判断で閣議決定(もしくは京都会議のように首相決定)されたものが、目標となってきたということがありました。

INDCに関しても、若干の数字の上下はあったにせよ、CO排出削減目標が(ほぼ)決定された後に、それと整合性をとる形で、エネルギー政策が策定されたという方が実態をよく反映していると思います。

日本のエネルギー政策の世界では、3E(economy, energy security, environment (CO制約))がずっと3つの柱と掲げられていました(震災以降には、S(safety)がそれに加わっていますが)。ただ、政策立案の順序、というか方法論としては、まずCO制約という束縛条件の中で、その他の2E(+S)を、どのように実現していくか? ということだったと言えるでしょう。
エネルギー政策策定側としては、CO制約を「外的」なものとは考えず、できるだけ「内部変数」として扱ってこようとした結果、よい言い方をするなら現実的な、別の見方からはambition(野心)という点でアピールしない目標が形成されてきたということでしょう。

順序から言えば、今回のNDCそのものとも言えるINDC策定のときには、2014年の第4次エネルギー基本計画を受けて、2015年に長期エネルギー需給見通しが策定されました。それをベースに、おなじくその直後に策定された日本のINDCの削減目標が設定され、そして行動計画である地球温暖化対策計画(2016年)に繋がっています。

エネルギー基本計画は、およそ3、 4年ごとに改定されることになっていますので、2018年には、第5次エネルギー基本計画が策定されました。本来、これに呼応する形で長期エネルギー需給見通しも改定されていれば、それが今回のNDCのベースになっていたはずです。

ただ、この第5次基本計画の主眼は(パリ協定側から要請された)2050年の長期戦略であり、2030年に関してはそれまでの進捗を確認するだけで、新しい見通しを策定するというプロセスには繋がりませんでした。その背景には、原子力政策の論議を煮詰める準備ができていなかった(言い方を変えればその論議を避けた)という政治的背景があります。

温暖化政策側から言えば、パリ協定の要請に基づいて2050年長期戦略の正式な議論ができ、GHG 80%削減を錦の御旗にすることができたわけですが、その一方で、2030年長期見通し策定の機会を実質一回スキップしてしまったため、今回NDC 1として古いINDCをそのまま出さざるを得なくなったということでしょうか。

逆に、NDC 1としてINDC改定の機会があることが分かっていたにも拘わらず、長期見通しの改定を避けたというところには、その「意図」があったはずですから、今回のNDCへの批判は、この点に集約されるということが言えるかもしれません。

目標設定に関する考え方

Q2 に関する点もすこし考えてみましょう。

目標水準として、
(a) 実現可能性の面で(現行政策で)現実的な数字
(b) 1.5–2℃目標に向かう数字

の幅の中で、どの程度「チャレンジ」したambitionまで組み込むか? という判断になります。

(a) はボトムアップ型で過去実績を重視した型、(b) はトップダウン型でバックキャスト型と言えるかもしれません。

たとえば、スイスは環境面で積極的なイメージが強い国です。2020年目標はマイナス20%、2030年目標はなんとマイナス50%です(1990年比)。ただ、2017年時点での実績はマイナス12%程度です。すなわち、目前の2020年目標は困難で、ましてや2030年目標はとうてい達成不可能に見えますが、それでもマイナス50%というNDC目標を掲げているわけです。

実はスイスの場合には、排出権調達が大きなバッファーとなるであろうと想定されますが、このような「(国内で)達成見込みが立っていない段階での目標設定」は、日本の政策決定風土には合わないようです。
日本は、達成のためのそれなりの見込みが立った数字にコミットするというスタンスですね。政治的喫緊性の高いイシューや、国民の強い後押しのあるテーマでしたら、トップダウン的に強い目標設定も可能なのでしょうが、すくなくとも日本では、気候変動問題はまだそのようなイシューだとは捉えられていないということでしょう。

それでいいのか? という議論はもちろんありうるわけです。強い目標がさまざまなコンフリクトやゼロサムにつながる「ように見える」点があるからこそ、より高い目標設定に慎重論が出るわけでしょう。それらの点をうまく政策誘導で取り除くことが、政府の役割であるわけですね。

政府は、実際は隠れている社会コストや長期的で社会的な便益など、民間企業では取り組みが難しい課題の解決や調整に尽力をすべきで、それが不十分であるなら、それは批判されるべきだと思われます。

また、目標の背景には、「共感できるビジョン」があることが重要です。日本の場合にはそれが何で、きちんとアピールできているか? という点ですね。

みなさんはどう考えられますか?

改定NDCにおける望ましい要素

ここで、わたし個人が日本のNDCの要素として含めた方がよい、と思っているものをご紹介しましょう。IGESによる改定提言にも含まれているもので、以下の2点です。

1.NDC目標を設定する指標として、現在の絶対削減量に加え、政策の効果を表現する指標として、「エネルギー消費原単位(TFC/GDP)向上率」および「CO排出原単位(CO/TFC)向上率」 も掲げてはどうか?

2.今、次NDC改正の提出にあたり、COP24で設定されたパリ協定ルールブックの中のNDCガイダンスに規定された必要情報をすべて盛り込んだものとすべきであろう。

2つめの点はともかく、最初の点はぜひ、次回からは検討してもらいたいものです。

IGES提言にも書いておきましたが、より詳しく説明すると、次のようになります。

外生要因を除き政策努力をより的確に反映する分かりやすい指標にも目標を設定することは、国内外に対する日本の努力の透明性を高めるだけでなく、政策の進捗評価や優先順位・政策強化の方向性を明示的にし、PDCAサイクルを回しやすくする。
上記の2種類の原単位向上率(年率)は、それぞれ「マクロ的な省エネ(需要側)」と「エネルギーの低炭素化(供給側)」の努力を反映する分かりやすい指標であり、目標の意味の明確化に適している。日本のNDCにおいても、これらの原単位の向上率は(最終的なNDCの中に記載されていないものの)目標の前提として想定されている。
日本は、従来から原単位評価の重要性を主張してきた。経団連の自主イニシアティブや省エネ法でも用いられている。対策の基幹であるエネルギーとそのCO排出に関する原単位の変化率を用いた要因分析も、茅恒等式という形でいまや世界で広く分析評価に用いられている。これにならって、NDCに、絶対排出削減目標に加え、原単位向上目標も設定することの有用性を日本から各国に呼びかけることは大きな意味があると考えられる。パリ協定では各国は自国のNDCにおいて、自由に(複数の)目標を設定することができる。言い換えると、その国の考え方やフィロソフィーを、NDCの中に込めることができる。これらの指標への目標設定は、その具現化に相当する。

いかがでしょうか? わたしは、「日本のフィロソフィー」の表現という点で、意味のあるものだと思っています。たまたま(外生的な)GDPが想定より高かったため、低かったため…という言い訳もできなくなりますしね。

日本のエネルギー基本計画(そして長期エネルギー需給見通し)も、地球温暖化対策計画も、約3年ごとに見直されることになっています。

ちなみに、次回の第6次エネルギー基本計画は2021年ですので、過去に倣うなら長期エネルギー需給見通しは2022年になります。地球温暖化対策計画とNDC改定も同年2022年でしょうか。この改定NDCが、NDC 1の改定になるのか、NDC 2になるのかははっきりしませんが、国際的なNDC策定の5年のサイクルとのシンクロは、どうするか考えておいた方がよさそうですね。

個人的には、現在進行中の新型コロナウイルス(COVID-19)からの、需要面・国民生活のあり方に関するlessons learned(教訓)を、きちんと次回のエネルギー基本計画には入れ込んでもらいたいと思っています(供給側は原子力の位置づけと、再エネ・水素エネルギー社会関係でしょうか)。

進捗と行動計画

紙面が尽きてきたので、今回は分析や議論は行いませんが、目標の議論とは別に、日本のパフォーマンスは、かなりよい改善率を続けています。原単位のグラフの方が、政策努力を表現しているわけですね。

とくに需要側の省エネルギーに関しては、ここ20年程度、リーマンショックや震災、石油価格低迷などにもかかわらず、着実に改善してきています。これだけ長い期間、改善傾向が続いたことは、石油危機以降でも初めてのことです。

日本のエネルギー起源CO排出量及びその変動要因の推移 出典:IEA (2019a)、OECD( 2019)、 IEA (2019b)、 経済産業省 (2019)、 環境省 (2019)を基に IGES 作成

わたし個人は、NDC目標自体よりも、今回の論考の冒頭でのべた3)と4)の点を重視しています。今回のNDCと同時に発表されたものとして、「2018年度における地球温暖化対策計画の進捗状況について」があります。実に425ページにおよぶ報告書で、個々の対策ごとに進捗評価がなされ、PDCAサイクル化されています。産業界の取り組みも、この一部となっています。

目標の数字は、まだ実現化したものではありません。紙の上の数字にすぎません。きちんとパフォーマンスを上げていく対策策定やそのための(地道な)努力こそ、評価と議論の対象とされるべきものではないでしょうか?

参照

松尾直樹
松尾直樹

1988年、大阪大学で理学博士取得。日本エネルギー経済研究所(IEE)、地球環境戦略研究機関(IGES)を経て、クライメート・エキスパーツとPEARカーボンオフセット・イニシアティブを設立。気候変動問題のコンサルティングと、途上国のエネルギーアクセス問題に切り込むソーラーホームシステム事業を行う。加えて、慶応大学大学院で気候変動問題関係の非常勤講師と、ふたたびIGESにおいて気候変動問題の戦略研究や政策提言にも携わり、革新的新技術を用いた途上国コールドチェーン創出ビジネスにもかかわっている。UNFCCCの政府報告書通報およびレビュープロセスにも、第1回目からレビューアーとして参加し、20年以上の経験を持つ。CDMの第一号方法論承認に成功した実績を持つ。 専門分野は気候変動とエネルギーであるが、市場面、技術面、国際制度面、政策措置面、エネルギー面、ビジネス面など、多様な側面からこの問題に取り組んでいる。

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