広域系統整備の費用便益評価 アデカシー面を中心に 第4回 広域連系系統のマスタープラン検討委員会 | EnergyShift

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広域系統整備の費用便益評価 アデカシー面を中心に 第4回 広域連系系統のマスタープラン検討委員会

広域系統整備の費用便益評価 アデカシー面を中心に 第4回 広域連系系統のマスタープラン検討委員会

2020年12月09日

審議会ウィークリートピック

現在、電力広域的運営推進機関では、送配電線の将来像やそこに向けた整備計画を含めた、「マスタープラン検討委員会」が開催されている。このマスタープランとは、一体どのようなものなのか。これまで行われてきた議論をもとに、解説する。

マスタープランとは何か

電力広域的運営推進機関(以下、広域機関)に「広域連系系統のマスタープラン及び系統利用ルールの在り方等に関する検討委員会」(以下、マスタープラン検討委員会)が設置されたのが2020年の8月である。11月19日にはすでに第4回の会合が開催された。

当審議会ウィークリートピックでは幅広い審議会情報をお届けしているが、このマスタープラン検討委員会についてご紹介するのは今回が初めてである。多少、他の審議会と重複する部分もあるかもしれないが、最新の第4回委員会の報告を中心に、過去4回開催分の情報をまとめてお届けしたい。

図1は、マスタープラン検討委員会の検討スコープや関連する制度・計画等の全体的な見取り図である。図1の中央にあるように、マスタープランは「広域系統長期方針」と「広域系統整備計画」から構成されている。

図1.マスタープラン検討委員会の検討スコープ等

出所:マスタープラン検討委員会

今後日本では、地域間連系線や各エリア内の基幹系統の整備や増強は、再エネ電源や需要の将来のポテンシャルを踏まえて判断するプッシュ型の仕組みに移行することが決まっている。このため、再エネ主力電源化とエネルギー供給強靱化に対応した電力系統のグランドデザインが不可欠であり、20~30年先を見据えた長期展望を策定していくこととなるが、これが「広域系統長期方針」となる。
これに対して「広域系統整備計画」は、個々の具体的な流通設備の増強規模や工期、実施主体、費用負担割合などを決定するものであり、従来からの検討の仕組みの中で現在、地域間連系線の増強に関して、新々北本連系線など3つの整備計画が実施または検討されている。今後マスタープランでは、これを地内基幹系統にも適用して新たな計画策定に進むべき系統を明確化する予定である。

費用便益評価に基づく設備形成

そのマスタープランを構成する「広域系統長期方針」および「広域系統整備計画」のいずれの策定にあたっても、費用便益評価が重要なポジションを占めている。
マスタープランの検討対象はあくまで送電系統であるため、系統増強によってもたらされる社会的便益を評価することとなる。
例えば、系統混雑が発生すると燃料コストの低い電源(再エネ等)を広域的に有効に活用できなくなることから、送電側エリアの電源の稼働率低下や、受電側エリアの需要家の価格が高くなるといったデメリットが発生する。
この系統混雑を系統増強で緩和することができれば、上記の直接金銭的なデメリットが解消されるほか、再エネ電源の稼働率が向上すれば、CO2削減といった環境面での便益も得られる。

便益の対象項目については海外事例も参考にすることとしており、広域機関では欧州のENTSO-E(電力系統運用者ネットワーク)の費用便益分析ガイドライン(CBA2.0)と米国のPJM(米国北東部の地域送電機関)の評価手法を参照している。それら便益の対象項目を非常に簡易的にまとめたのが表1である。

表1.便益の対象項目の簡易的比較

便益項目ENTSO-E
(欧州)
PJM
(米国)
広域機関
燃料コスト
CO2対策コスト
アデカシー面
系統の柔軟性
(調整力)
--
送電ロス-
系統の安定性
(信頼度基準を充足したうえでの評価)
-
その他--

【凡例】 「〇」:貨幣価値指標、「◆」:非貨幣価値指標、「-」:指標なし、△:検討中

出所:マスタープラン検討委員会

ENTSO-EやPJMで貨幣価値換算された便益項目のうち、現時点で広域機関において算定可能なものは燃料コストCO2対策コストであるため、当面はこれら2つを主要な便益として金銭評価することとしている。

一定の期間に発生することが見込まれる「便益(Benefit)」と「費用(Cost)」を算定し、B/Cが1以上となるもの、その数値が大きいものほど費用便益が良い案件と評価される。
将来の燃料コストなどは不確実であるため、一定の感度分析もおこなわれる。

ただし図2のように、長期展望においてB/Cが1以上となった案件が、足元の評価では1未満となることも想定される。図2の例では8年後の評価時点で具体的な整備計画が策定されることとなる。

なお、整備計画が策定されない/実際に送電設備が建設されないからといって、新規電源の接続が出来ないわけではない。2021年から全国的に展開されるノンファーム接続により、速やかな系統接続自体は可能である。

図2.系統評価の費用便益評価B/C

出所:マスタープラン検討委員会

現在のノンファーム接続電源は現行の地内系統混雑管理ルール「先着優先」に従う必要があるため、燃料費の掛からない再エネ電源であっても後着者であれば抑制されてしまう。系統増強すれば、この再エネ電源抑制が回避できる(=火力発電燃料費が節約できる)ため、系統増強の便益が得られやすいと言える。

ところが今後、地内系統混雑管理方式を先着優先からメリットオーダーに変更する方向性は決定している。この場合、燃料費の掛からない再エネ電源であれば、系統増強前であっても優先的に稼働するため、系統増強そのものによる火力発電燃料コスト削減効果・CO2削減効果のいずれも減少することとなり、B/Cは小さくなることが想定される。

アデカシー面での便益評価

アデカシーとは、電力システムにおける供給信頼度を評価する指標の1つであり、需要に対する適切な供給力(十分な電源予備力)および送電容量(送電余力)が確保されること、と定義され、その電力系統ごとに求められる一定の基準を満たす必要がある。

もう一つの供給信頼度を評価する指標が「セキュリティ」であり、これは落雷など突発的な障害が発生しても周波数、電圧、同期安定性等が適切に維持されること、と定義される。

アデカシーが適切に維持されない場合、「高需要日に、電源の計画外停止や再エネの出力低下が重なり、供給力が不足」したため大規模停電が発生する、ということが懸念される。

日本では供給信頼度の指標として、EUE(Expected Unserved Energy:年間供給力不足量の期待値)を基準としており、現在の供給信頼度基準は需要1kWあたり0.048(kWh/kW・年)である。

(過去記事『確率的手法で、再エネの供給力評価がどう変わる? 2020年度夏季の電力需給検証報告書について』https://energy-shift.com/news/b98686b9-431f-4b2b-972f-bfe9d3ee87bfを参照)

電源等のアデカシーを確保する手法の一つが「容量市場」である。
他方、系統面でのアデカシーを確保するとは、系統増強による連系効果(エリア間融通)拡大を通じて、他エリアに存在する電源等の供給力を活用することである、と言える。
図3でエリアA-B間に系統制約がある場合、この系統を増強することにより、エリアBではエリアAの供給力を活用できるようになり、エリアBのアデカシーは改善したと言える。

図3.供給力不足に対するエリア間融通

出所:マスタープラン検討委員会

アデカシー面での便益推定手法の方向性

表1で示したとおり、ENTSO-EやPJMではアデカシー面での便益を金銭評価しており、マスタープラン検討委員会ではこれらを参考に検討を進めている。ENTSO-EやPJMでは、以下3つのような評価手法が導入されている(①と②がENTSO-E、③がPJM)。

表2.海外のアデカシー費用便益推定手法

残念ながらPJM等と日本では前提となる諸条件が異なるため、これらを直接的に日本に導入することは出来ない。よって、これら手法の考え方を参考としながらアレンジを加えることで便益推定手法を作成していくこととした。
「②電源調達コストベース」の、ごく簡易的イメージは図4のとおりである。系統増強により他エリアに存在する電源等の供給力に期待することが可能となるため、一定のEUEを維持したまま自エリア内の供給力(およびA+Bの供給力)を削減できると考えられる。

図4.②電源調達コストベースの簡易的イメージ

出所:マスタープラン検討委員会資料をもとに筆者作成

なお、①から③のアデカシー費用便益推定手法による評価は一見それぞれ異なるものであるように見えるが、実は同じものを異なる面から捉えているにすぎず、理論的には三者はすべて同じ結果となるはずである(限界的な停電コスト=限界的な電源調達コスト=容量市場の需要曲線の傾き)。

逆に、もしこれら三者間で評価結果に大きな違いが生じる場合には、何か制度的な歪みが生じている、もしくは現実の把握に問題がある、と捉えるべきであろう。

図1で示したとおり、マスタープランは国のエネルギー基本計画やエネルギーミックスとも関連する重要なプランである。同時にスピードも求められており、策定のスケジュールは非常にタイトである。マスタープラン正式版の完成は2022年春頃を目標としながらも、マスタープラン「一次案」を今年度末までに作成することが求められている。

よって計算ツール類も極力、既存のものを活用しながら急ぎ作成する必要があることから、アデカシー面での便益推定手法についても、まずは②電源調達コストベースを基本としつつ、①停電コストベースの試算も参考値として検討を進めることとされた。

広域機関でも、費用便益評価は決してこれが完成形ではなく、順次改善していく予定としていることから、短期長期両面からの評価手法の改善を期待したい。

梅田あおば
梅田あおば

ライター、ジャーナリスト。専門は、電力・ガス、エネルギー・環境政策、制度など。 https://twitter.com/Aoba_Umeda

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