ガス火力発電所から水素への燃料転換へ先手 新体制となった三菱重工のガスタービンは水素転用へ | EnergyShift

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ガス火力発電所から水素への燃料転換へ先手 新体制となった三菱重工のガスタービンは水素転用へ

ガス火力発電所から水素への燃料転換へ先手 新体制となった三菱重工のガスタービンは水素転用へ

2021年10月18日

世界トップシェアの三菱パワーのガスタービン技術。10月1日の事業統合により、三菱重工の「エナジートランジション&パワー事業本部」となった。今回の事業統合には、三菱パワーの推進してきた火力発電システムの脱炭素化と、従来の三菱重工の水素エコシステムの実現、CO2エコシステムの構築を効率的、かつ強力に推進する狙いがある。

火力発電システムの脱炭素化として三菱パワーが推進してきたのが、水素タービンだ。火力発電のガスタービンから水素タービンへの転換はどのように成し遂げられるのか。

世界1,500の発電施設に使われている三菱重工のガスタービン

世界トップシェア、さらに世界最大・最高率を誇る三菱重工(旧三菱パワー)のガスタービンは、アジア、南北アメリカをはじめ1,500を超える発電設備に使われている。

独自の低NOx(窒素酸化物)技術も持ち、各国の環境規制にも対応しているとともに、コンバインドサイクル発電*でより高効率な発電プラントを展開している。

さらなるエネルギー転換の狙いは、水素だ。温室効果ガスの排出ゼロである水素による発電に、ガスタービン技術の転換が実現可能だという。

ガスから水素へのタービン転用はどこまで進んでいるのだろうか。

*ガスタービンと蒸気タービンを組み合わせた二重の発電方式で、より効率良く発電をおこなう方式

2030年までに商用水素発電をどう実現するか

最新のガスタービン・コンバインドサイクル発電によるCO2排出量は、従来の石炭火力発電の半分以下になる。しかし、それでもCO2フリーではない。

これからの脱炭素社会を考えるとCO2フリーの発電技術が求められることは間違いない。従来のタービン技術を活かしてCO2フリーにするための燃料として、水素を選ぶことは自然な流れだったといえる。

国の水素基本戦略では2030年に水素発電の商用化が謳われている。10年未満で今までのガス火力発電から水素発電への全面的なリプレースは技術的にはともかく、予算的にも困難なことは容易に想像できる。

そこで同社は、従来のガスタービン技術を活かして発電燃料をガスから水素に転換できないかを考えた。

燃えすぎる水素の特性

同社の進めるカーボンニュートラル社会実現に向けた基本的な考え方は「既存インフラの脱炭素化」「水素エコシステムの実現」「CO2エコシステムの実現」の3つ。このうち、この水素タービンでは既存インフラの脱炭素化と、水素エコシステムの実現、この二つを一挙に推し進めることが可能になる。

そのためにはまず水素の燃料特性を熟知する必要があった。水素はガスよりも燃えすぎる。また、取扱の際には極低温での扱いも必要だ。

現在の高効率ガスタービンの燃焼温度は1,650℃級。燃焼温度が高いほど発電効率を高めることができる。

水素を高温で燃焼させると上記の特性のために「燃えすぎ」てしまい、燃焼炎が機械の内部に入り込む「逆火現象」や、非常に激しい振動が起きる「燃焼振動」が発生する。また、高温ではNOx排出が増加してしまう。これらの問題の解決が必要だった。

すでに三菱パワーでは水素の20%混焼ガスタービンは開発済み。これを30%にすることが目標となったが、壁は高い。


出典:三菱重工

燃焼器の振動を制御する

ガスタービンの構造として、まず燃焼に必要な空気を圧縮する「圧縮機」があり、その圧縮空気と燃料を燃焼させる「燃焼器」がある。この燃焼器で燃やされ、高温高圧となった気体がタービンを回すことになる。

この燃焼器の部分が非常に重要で、燃焼時の逆火が起きるのも、また、燃焼時の燃焼振動が起きるのもこの部分になる。同社はこの燃焼器を改良してタービンを水素燃料に対応できないか研究を続けた。

まず、水素燃焼時の振動が問題になった。

もともと燃焼振動はどの燃料でも起こることだ。高温の熱負荷がかかると、燃焼器は筒状のため、細かく振動して音を発する。その音が高温になるほど大きくなり、振動も大きくなる。音の振動と燃焼が生じる炎の振動とが一致するとさらに増幅する。水素では短い区間で燃焼するため(燃えやすいため)ガスよりも炎の振動と一致が起きやすい。一度燃焼振動が起きると燃焼器自体が破壊されるほどの振動だという。

この問題は振動モデルを用いた大規模解析を用いて研究を重ね、音響ダンパという部材を改良して用いることで解決した。音響ダンパは実はロケット用エンジンのメインエンジンにも使われている。液化水素を燃料に用いるロケット用エンジン開発での知見がある三菱重工ならではの開発といえる。

逆火現象を抑えるノズルを開発

逆火現象も厄介な問題だった。実は三菱パワー時代に、すでに水素100%の実績があった。これは燃料と空気を別々に燃焼器に送り込む方式だが、これはNOxの値が高くなるという問題があった。一方、圧縮空気と燃料を混合させて燃焼器に送り込む方式ではNOxは低くなるが逆火現象が起きやすい。

ここでも水素の燃えやすさが問題になる。同社では水素燃料専用の燃焼器のノズル部分を開発。従来のノズルではノズルの中心部分の燃料と空気の流れがどうしても遅くなり、そこから逆火が起きることから、ノズルの先を細くすることで逆火耐性を向上させた。しかも、低NOxも実現できた。

従来のガスタービンが、低コスト、低工数で水素タービンに生まれ変わる

何より画期的なことは、従来のガスタービンの「燃焼器」部分を、上記の水素対応の燃焼器に取り換えることで発電タービンを水素燃料に対応できることだ。

もともとこの燃焼器は一定期間で取り換えることを前提とした部品であり、交換は通常のメンテナンスの範囲でおこなえる。水素燃料のタンクなどの必要はあれど、ガスタービンを安価に、すぐに水素タービンにすることが可能になったのだ。

三菱重工エナジートランジション&パワー事業本部によると、すでに水素タービンへの転換を前提としたタービンのやりとりもはじまっているという。もちろん、従来の古い900℃から最新鋭の1,650℃級までのいずれのプラントでも水素タービンへの転換は可能だ。

30%混焼から100%水素燃料へ

今回開発された水素対応の燃焼器は、水素混焼が30%になる。もちろん、狙いは水素100%だ。ロードマップでは水素混焼30%が2025年に商用運転開始。とともに、水素100%の燃焼も2025年までに技術を確立し、2030年には商用運転開始を目指すとしている。

実際の商用運転までには、モデルによる解析、ラボでの試験、スケールを小さくした試験設備でのテスト、それから実スケールでのテストを経なければならない。このスケールを小さくした試験設備のテストだけでも、費やされる水素の量は大量に必要になる。

三菱重工エナジートランジション&パワー事業本部では、開発から設計、実証までを一気通貫にできる兵庫県高砂工場で水素ガスタービンを開発している。この開発から実証、製造までを一拠点でできることが信頼性とスピード感ある開発のために重要だという。


出典:三菱重工

世界市場では水素対応がもうはじまっている

三菱重工では水素エコシステムにも力を入れており、グリーン水素の製造・供給にも着手している。オーストラリアで現地企業のグリーン水素製造の実証実験を始めている。また、米ユタ州では再エネ電力からグリーン水素を造り、地下に貯蔵して水素ガスタービンで発電、ユタ州へ供給する事業にも関わる。

さらにオランダのガスタービン発電所を水素燃料に転換するプロジェクトにも参画。発電3系統のうち1系統を水素100%にする計画だ。

三菱パワーでは、欧米にガスタービンを多く納入している。その欧米では脱炭素、水素への切替えは日本以上に動きが速いという。

日本ではまだ実証実験や検討段階だが、それでは欧米の動きにとてもついていけない。製造・供給から貯蔵、燃料としての使用に至るまで、いち早く水素燃料への対応が急務だ。

三菱パワーの統合により緊密な連係をおこなえるか

10月1日、三菱重工は三菱パワーとの統合を果たし、2030年度までの売上高1兆円規模の新事業創出を目指している。そのうち3,000億円は脱炭素関連事業になる。

三菱重工は、三菱パワーの火力発電システムに関する設計、製造、販売、エンジニアリングなどの事業を「エナジートランジション&パワー事業本部」に移管。ガスタービン・コンバインドサイクルも事業となった。

また、三菱重工で行われていた水素・アンモニア事業、CCUS事業、分散電源プラットフォーム事業、発電事業は「エナジートランジション総括部」となり、緊密な連携をおこなう。

新体制となった三菱重工の目指す「総合エナジーカンパニー」として、水素社会への波に乗れるか。この10年が重要になってくるだろう。

小森岳史
小森岳史

EnergyShift編集部 気候変動、環境活動、サステナビリティ、科学技術等を担当。

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