「電動車シフト」の新潮流 “マイルドHV”が再エネ普及を阻む | EnergyShift

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「電動車シフト」の新潮流 “マイルドHV”が再エネ普及を阻む

「電動車シフト」の新潮流 “マイルドHV”が再エネ普及を阻む

2020年04月03日

化石燃料でしか走れない“ガソリン車”から、再生可能エネルギーも利用可能な“電気自動車(EV)”へのシフトは、時代の流れのように言われている。しかし、現実にはEVの普及への道のりはまだ遠い。電気自動車EV、プラグインハイブリッドPHV、ハイブリッドHVの中では、競争力ある価格水準もあって、ハイブリッド車HVは既に普及している状態にある。では、こうしたHVの普及は、EVのこれからにどのような影響を与えるのか。日本サスティナブル・エナジー株式会社の大野嘉久氏が解説する。

すでに日本国内の販売台数の4割はHV

1リットル、重さわずか750gのガソリンがあれば、巨大な鉄の塊である自動車に人やモノをたくさん乗せて二十数kmも走らせることができる。石油はとてつもないエネルギーを持つ資源であり「ガソリン+車」は史上、稀に見るコストパフォーマンスを持つ技術として20世紀の世界を隅々まで変えていった。

しかし現代の車はそうした“ストロング”に加えて“スマート”な使い方も求められている。減速時のエネルギーを車載電池に貯めておいて、発進や加速の際にアシストするハイブリッド車(HV)は今や非常にポピュラーな存在となった。

2019年上期(1~6月)には日本国内で売れた自動車販売数のおよそ4割をHVが占めており、その代名詞ともいえるトヨタ・プリウスは世界全体の累計販売台数が2017年に1,100万台を突破した。

*プラグインハイブリッド車を含む(単位:1,000台、出典:トヨタ自動車)

ところがトヨタのハイブリッド・システムは、渋滞や信号、そして坂道が多く、発進と停止(ストップ・アンド・ゴー)を頻繁に繰り返す日本では広く受け入れられたものの、渋滞が少なくスピードが速い欧州ではあまり真価を発揮できていなかった(つまりハイブリッド機構を搭載した価格上昇分に見合う燃料費の節約が困難だった)のが実情である。そのため日本ほど販売台数は伸びなかった。またEU市場向けのオーリス・ハイブリッドには欧州寄りのスペックを盛り込んだものの、プリウス系の機構を採用していた模様である。

現行の4代目プリウス(2015年~) 提供:トヨタ自動車

ヨーロッパ市場に適したHVの開発が進む

一方、欧州では独VW(フォルクスワーゲン)による排ガス不正事件や環境規制(CAFE規制)の強化を背景に “欧州型”ハイブリッドを開発する動きが強まった。
2011年6月に開催された第15回Automobil-Elektronik Kongressにおいてドイツの自動車産業主要5社(フォルクスワーゲン、アウディ、ポルシェ、BMW、ダイムラー)が48V車載電源システムを共同開発することで合意。2年後の2013年に車載用48V電源規格「LV148」が策定され、独ボッシュや同コンチネンタル、仏ヴァレオなど電装品メーカー各社が2016年ごろから様々な48Vハイブリッド向けの製品を発表した。

それまで12Vだった駆動システムを48Vに昇圧したことで電流を下げて損失を減らしたほか、エアコンプレッサーやパワーステアリングなどの電動化にも対応しているが、その特性はプリウスで使われているトヨタ・ハイブリッド・システム(THS)と根本的に異なっている。
加えて60Vを超えると感電防止などの安全対策が厳しくなるが、それを下回る水準に抑えることで調達部品群もリーズナブルな範囲に収まり、コスト削減につなげている。また、従来どおり12Vのまま残している機器もある。

トヨタのHV車では、高い省エネルギー効果を得るために大掛かりなシステムが必要となり、さらに電池だけの走行(EV走行)も可能。それほどの高品質なシステムを低コストで提供できる価格競争力こそがトヨタHV車の強みであり、他社の追随を許さなかった。

それに対して欧州のハイブリッドはエンジンを停止してEV走行することはできず、CO2削減(=燃料費節約)効果も少ないが、その代わり機器に多くの変更を加えることなく搭載でき、利用するハードルが低い。このためトヨタ型は「フルハイブリッド」あるいは「ストロングハイブリッド」、そして欧州型は「48Vマイルドハイブリッド」とも呼ばれており、システム搭載コストを低く抑えつつ燃焼効率の良い高回転領域での燃費改善が期待できるとされる。

マイルドHVの普及が電力系統内のEV電池容量を想定より下げてしまう

仏ヴァレオは「マイルドHV世界市場が2022年に500万台にまで拡大し、その後EVやPHEV(プラグインハイブリッド車)が普及するまでの過渡期(10~15年間)におけるソリューションになる」と予測している。
ここで困るのはEV車載電池を再生可能エネルギーのバッファーとして使う「V2G(Vehicle to Grid)」事業である。なぜならV2Gでは変動の激しい自然エネルギーを一時的に貯めておいて安定した電力として利用したり、市場価格の変化に合わせて最善のタイミングで電気を売買する機能としてEV車載電池を利用するが、マイルドHVが増えてしまうと電力系統における電池容量が以前の想定より足りなくなってくるからだ。

例えばEVであれば、米テスラ・モデル3の電池容量はロングレンジで75kWh、スタンダードレンジでは50kWh。日産リーフは40kWh、リーフe+は62kWhもある。そのため、リーフe+なら一般家庭4日分の電気が貯められる。
ところがHVになると電池容量は大幅に下がってフルHVのプリウスは1.3kWh(4代目)、48VマイルドHVではメルセデス・ベンツS450が1kWh、アウディS4アバント改良新型は0.5kWh。

つまりテスラ・モデル3ロングレンジ1台分の電池容量をマイルドHVで確保しようとしたらメルセデス・ベンツS450を75台、アウディS4なら150台が必要になる。加えて0.5kWhほどの小容量なら車のオーナー側にVPPへ参加するメリットはないので、「150台分」を集めることさえ実際には無理であろう。

仏ヴァレオの予測どおり「マイルドHVの普及台数が15年後に500万台」になると仮定すると、かつてマイルドHVが登場する前に予測されていたEVの電池容量500万台が、100分の1ぐらいにまで落ち込んでしまうことになる。
もちろん500万人のすべてが「EVをやめてマイルドHVに代える」とは限らないが、EVとマイルドHVの購買層は重複する場合も少なくないと考えられるため、一定程度の客は48VマイルドHVへとスイッチングするであろう。

“マイルドHV”はハイブリッド第三世代

世界初のハイブリッド車を作ったのは、独ポルシェの創業者フェルディナント・ポルシェ博士であった。それを含めると日本のプリウスが第二世代、そして再びドイツで生まれた48VマイルドHVは第三世代と言える(最初のマイルドハイブリッドは2001年に発売された11代目トヨタ クラウンに搭載されたシステムだが、プリウスの圧倒的な普及の陰にあって大きな発展は遂げなかったものと思われる)。

再生可能エネルギーそしてハイブリッド車はどちらも「環境に優しい製品」を目指してそれぞれ発展してきた技術であるが、EVが短期的に安くなる見通しがつかない現状では、48VマイルドHVが世界各地で普及するとグリッド側で新たに電源を探さなければならない状況になるであろう。

大野嘉久
大野嘉久

経済産業省、NEDO、総合電機メーカー、石油化学品メーカーなどを経て国連・世界銀行のエネルギー組織GVEPの日本代表となったのち、日本サスティナブル・エナジー株式会社 代表取締役、認定NPO法人 ファーストアクセス( http://www.hydro-net.org/ )理事長、一般財団法人 日本エネルギー経済研究所元客員研究員。東大院卒。

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