カーボンニュートラルとは、産業・エネルギー構造の転換である 基本政策分科会 山内弘隆 委員(前編) | EnergyShift

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カーボンニュートラルとは、産業・エネルギー構造の転換である 基本政策分科会 山内弘隆 委員(前編)

カーボンニュートラルとは、産業・エネルギー構造の転換である 基本政策分科会 山内弘隆 委員(前編)

2021年06月09日

2021年4月22日、菅首相が2030年の温室効果ガス排出量を2013年比で46%削減するという目標を発表した。2050年カーボンニュートラル宣言に続く、大きな旗印だ。経済産業省の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会の委員で一橋大学名誉教授、運輸総合研究所所長でもある山内弘隆氏に、カーボンニュートラルを目指す日本のエネルギー政策について、幅広くお伺いした。

シリーズ:エネルギー基本計画を考える

カーボンニュートラルは経済政策

― まず、2050年カーボンニュートラル宣言の評価についてお聞かせください。

山内弘隆氏:2050年カーボンニュートラル宣言は、国際的な枠組みからみると非常にポリティカルな面を有しています。そういった面も含めて、世界的なトレンドの中で日本が果たすべき役割、あるべき姿を表明できたと思います。その意味では評価できるのではないでしょうか。

私がいろいろな場面で申し上げている通り、カーボンニュートラルは菅首相の経済政策の骨格を成すものでもあります。安倍前内閣ではアベノミクスの「三本の矢(財政・金融・民間投資)」が柱だったように、菅内閣ではカーボンニュートラルやDX(デジタルトランスフォーメーション)が経済政策の骨格となっています。

コロナ禍のための制約はありますが、安倍前内閣と比べると個別具体的な政策になっています。裏を返せば包括性がないともいえます。これについてはいろいろな意見がありますが、具体性があるため国民にとってわかりやすいという評価もあります。

カーボンニュートラルとは、環境政策であると同時に経済政策でもあります。経済政策としてのポイントは、基本政策分科会の第40回会合でも述べましたが、日本の産業構造と深くかかわる点です。

広い意味で、カーボンニュートラルは、産業構造を転換する可能性を含んでいます。この宣言によって新しい産業や事業が立ち上がると、日本の経済成長が促されるでしょう。中長期的な雇用の維持と所得の増加も期待できます。

カーボンニュートラルは技術革新がなくては立ち行かないため、新たな技術が発展したり、周辺の産業が振興したりといったこともあるでしょう。それによって日本の産業構造が変わっていくと考えています。これこそが、カーボンニュートラルの真の狙いだと理解すべきです。

そのためには、政府がエネルギーミックスの絵姿を描いたうえで道筋をつくっていくことが重要です。また、その道筋で重要なものに対して産業政策を打つ必要もあります。つまり、カーボンニュートラルとは、新しい産業構造をつくり出すために、技術革新を促し、基準を設け、産学官の融合を生み出していくものなのです。


総合資源エネルギー調査会基本政策分科会 山内弘隆委員

チャレンジングな46%削減、再エネでいかにして担保するか

― 4月の気候変動サミットで、菅首相が2030年の温室効果ガス排出量を2013年と比べて46%削減すると発表しました。

山内氏:2030年の温室効果ガス削減目標を46%とする発表は、ちょうど第41回基本政策分科会があった4月22日の夜でした。経産省の事務局も、同日からアメリカで始まる気候変動サミットの動向を踏まえるといったスタンスでした。

分科会では、2030年の使用電力量1兆kWhの約3分の1を再エネでまかなう方向性を出していました。この流れを考慮しても、かなり大胆な施策に舵を切っていかないといけないと思います。

― 現在、基本政策分科会で、第6次エネルギー基本計画の策定に向けた議論が進められています。この計画の中で、最も関心が高いと思われる2030年のエネルギーミックスにおけるあるべき数値については、どのようにお考えですか?

山内氏:エネルギーミックスを考えるには、再エネだけでなく全体の構成を綿密に計算し、組み立てを議論しなければなりません。悪くいえば、つじつまを合わせるともいえます。

前回の第5次エネルギー基本計画では再エネの主力電源化が盛り込まれました。そして、昨年のカーボンニュートラル宣言などによって、この主力化が急激に現実味を帯びてきたという様相です。これまでの議論では、コストダウンと表裏一体の国民負担、発電所の立地問題やイノベーションの創出などについて検討を重ねてきました。

この流れでいうと、2030年に46%という目標は非常にチャレンジングなものだと感じます。重要な点は、再エネによってこの目標をどうやって担保するのかということです。

一方で、2030年の電源構成からすべての火力発電をなくすことは現実的でないと私は思います。再エネをどこまで主力化するかによって、調整電源としての火力発電の割合も左右されます。また、高効率の火力発電には、現在の火力発電よりもCO2排出量が少ないというメリットもあります。さらに、温室効果ガスを出さない燃料を使った火力発電の可能性もあります。

こうしたことを考慮すると、2030年で一定程度の火力発電を確保しながら再エネを支えるというのが妥当ではないでしょうか。

原子力はまずイメージ回復を

― 原子力発電には、どのように向き合うべきでしょうか?

山内氏:温室効果ガスの46%削減という目標のためには、原子力発電をどう扱うかということも大きな課題です。原子力発電は脱炭素のキーポイントのひとつであり、再稼働を含めた扱いをどうするかは極めて重要な問題です。

しかし、現在の原子力を取り巻く問題は山積しています。廃炉も予定通りには進んでいませんし、トリチウム水の問題も政府と世論の間には認識の相違があります。そもそも核燃料サイクルが明確になっていません。そして何よりも、国民の信頼の回復に必ずしも成功しているとはいえない状況です。東京電力の不祥事も発生したことから、原発の再稼働は政府が考えるほど一筋縄ではいかないと思います。

私自身は、今の状況では原子力を積極的に支持すべきだとは考えていません。もちろん、原子力なくしては46%の達成が困難であることはよく理解しています。ただ、国民の信頼回復は非常に難しい問題です。これまでの価値観が否定されているという実情を踏まえ、それに替わるよりよい価値を世の中に伝えなければなりません。

そうでなければ、毀損してしまったイメージからは立ち直れないでしょう。このイメージ回復は、現政権や電力会社に問われている大きな課題だといえます。脱炭素社会の実現に原子力を活用するのであれば、国民に受け入れてもらうための一歩を踏み出さなければなりません。

(明日公開の後編へ続く)

(Interview:本橋恵一、Text:山下幸恵、Photo:関野竜吉)

*第6次エネルギー基本計画についての委員、国会議員へのインタビューシリーズ「シリーズ:エネルギー基本計画を考える」はこちら

山内弘隆
山内弘隆

1992年、一橋大学商学部助教授、1998年、一橋大学商学部教授、2000年、一橋大学大学院商学研究科教授。 2001年6月、米国メリーランド大学ロバート・スミス・ビジネススクール客員研究員(~2002年3月)。 2005年1月、一橋大学大学院商学研究科研究科長兼商学部長、2009年1月 一橋大学大学院商学研究科教授。 2014年6月 一般財団法人運輸総合研究所理事、2016年6月 一般財団法人運輸総合研究所所長。 2019年、一橋大学経営管理研究科 特任教授、名誉教授。 2021年、一橋大学経営管理研究科 名誉教授。

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