2030年46%削減を実現するための政策とは カーボンプライシングについて考える 02 | EnergyShift

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2030年46%削減を実現するための政策とは カーボンプライシングについて考える 02

2030年46%削減を実現するための政策とは カーボンプライシングについて考える 02

2021年05月27日

2021年4月22日、米国主催の気候変動サミットにおいて、菅首相は2030年の温室効果ガス削減目標を、これまでの2013年比26%削減から、46%削減へと大きく上方修正した。そこで問われるのは、この排出削減を現実のものとしていくためには、どのような政策を考える必要があるのか、ということだ。京都大学大学院経済学研究科教授の諸富徹氏が、どのような政策をとるべきか、経済的な影響も含めて考察する。

カーボンプライシングについて考える(2)

新しい「46%削減」目標の衝撃

2021年4月22日に菅首相は、2030年に2013年比46%の温室効果ガス排出削減を実現すると表明した。

1年前ならば想定できなかった数値であり、産業界を中心に大きなインパクトをもたらした。実際、この新目標は2013年度比26%削減という従来目標からの大幅な引き上げであり、現行の温暖化対策の抜本的な強化なしには実現しえない。

本連載の前回予告では「今回は環境税を取り扱う」としていたが、こうした事態の進展を受けて予定を変更し、今回は46%削減をどうやって実現するのか、それは経済にどのような影響をもたらすのかを論じる点、ご容赦頂きたい。

新目標は、日本のカーボンプライシングのあり方にも大きく影響するからだ。

包括的な排出削減実行計画が必要

日本政府がまずやるべきことは、すべての経済セクター(エネルギー転換、産業、運輸、業務、家庭の各部門)をカバーする包括的な排出削減実行計画を策定することである。

2030年までの10年弱の時間を無駄にしないためにも、各経済セクターでどれだけ削減すべきか、誰がどのような役割を果たすのか、政策手段は何か、財源はどのように手当てをすべきかを今年中に決定し、年が明ければ各主体が一斉に走り出すぐらいでなければ間に合わない

現行の2013年比26%削減目標の問題点は、包括的な排出削減実行計画の裏付けがない点にある。各省庁がそれぞれ所掌する温暖化対策を総計すると、日本全体で26%削減が本当に実現するのか、その量的な担保がない。

また、経済の各部門への排出削減努力の配分が、日本経済にもっともダメージが小さい方法でなされているか(「最小費用で実現できるか」)、についても検討がなされた形跡はない。さらに進捗状況を管理し、目標と現実の乖離を埋めるべく適時に計画を見直し、必要ならば追加政策を打つ司令塔が存在しない。

産業政策としての気候変動政策

重要なのは、これが気候変動政策であると同時に、産業政策でもあるという点だ。むしろ両者は表裏一体といってよい。

経済産業省がこの点で「グリーン成長戦略」を発表したのは時宜にかなっている*1。だが筆者が別の機会に指摘したように「戦略」は日本の排出削減計画と結びついておらず、技術のウィッシュリストに過ぎない*2

厳しい目標に基づく排出削減を実行していくことこそが、脱炭素技術/産業に対するニーズを生み出し、その市場化を促すことにつながる。

もちろん排出削減にはコストが伴うが、誰かが対策費用を支払うということは、他方で脱炭素に対応する製品・サービスを提供できる企業に収益が生まれていることを見逃してはならない。資金が左のポケットから右のポケットに移るだけであって、一国全体としての富の量は変化しないのだ(それどころか、後述のように成長を促す可能性すらある)。

温暖化対策のコストだけ強調して経済への打撃だと喧伝するのはミスリーディングであって、それが収益機会をもたらし、新たな企業・産業の興隆につながることを見落としている。

もちろん、脱炭素過程が進行するにつれて企業や産業の新陳代謝が生じるので、2050年の日本の産業構造は今と大きく異なっているはずである。

問題は、脱炭素製品・サービスを国産化できず、日本企業や日本国民の支払ったお金が海外に流出してしまうことである。

目の前の産業を守ることに汲々として脱炭素産業の育成を怠れば、2050年の日本は脱炭素製品・サービスを大きく海外に依存することになり、我々は今よりも貧しくなっているだろう

どうやって「46%削減」を実現するのか

この問いに対する最近のもっともすぐれた研究の1つとして、自然エネルギー財団、ラッペーンランタ大学(フィンランド)、そしてアゴラ・エネルギーヴェンデ(ドイツ)による共同研究の成果を挙げることができる*3。これは、2050年にカーボンニュートラルを最小コストで実現する経路をモデル計算によって求めたものである。2030年に45%削減を実現することになっている点で、「46%削減」目標を考える参考になる。

この研究によれば削減戦略の肝となるのはエネルギー転換部門であり、必要削減量のうち最大の約50%を担うことになる*4

石炭火力発電を段階的に縮小し、2030年までに全廃、代わって再エネは少なくとも発電総量の40%に増加しなければならない。この増加を実現するために、太陽光発電の設備容量は倍増以上、風力発電の設備容量は6倍以上に達する必要がある。

太陽光発電を急速に伸ばす上でカギを握るのが「プロシューマ―」、つまり家庭、業務、産業の各部門で工場、ビル、住宅の屋根に太陽光パネルを設置し、その電力を自家消費しつつ、余剰電力は電力系統を通じて売却する企業や人々の存在である。

「46%削減」は経済に悪影響を与えないのか?

他方で、2030年までに石炭火力発電を段階的縮小・廃止(「フェーズアウト」)するのは、電力料金の上昇を引き起こし、経済に悪影響をもたらすとの懸念もあろう。

そこで京都大学大学院経済学研究科再生可能エネルギー経済学講座では、気候ネットワークの協力をえて独立研究機関であるケンブリッジ・エコノメトリクス(イギリス)と共同研究を行い、2030年/2040年までに石炭火力発電を段階的縮小・廃止することの経済影響を、エネルギーを統合したマクロ経済モデル(E3ME)を用いて推計した*5

この推計では、原発は新増設はなされず、60年運転が認められている4基を除いて稼働年数40年に達した原発から順次閉鎖されていくものと想定している。この場合、2040年までに原発は段階的に廃止となる。

図 石炭火力2030年/2040年段階的廃止の経済成長への影響

石炭火力2030年/2040年段階的廃止の経済成長への影響
[出所]李ほか(2020),p.12, 図3.単位:%、ベースラインシナリオからの乖離

推計結果を示したのが上図である。大変興味深いことに石炭火力発電の2030年廃止(2017年比52.7%のCO2排出削減)、2040年廃止(同43.2%削減)の両シナリオとも、2020-40年の期間のほとんどで段階的縮小・廃止政策が採られないベースラインシナリオ(年率2%で経済成長と想定)を上回る成長率を達成している。

これは、石炭火力を置き換えるために再エネとガス発電への投資が増大するためである。この効果が尽き、天然ガス輸入が増える2040-50年の期間は成長率がベースラインシナリオを下回るものの、全期間を通じてみれば、ベースラインを上回る成長が実現する結果となった。

しかも、我々の事前の予想と異なって、経済的な悪影響がより大きいと想定していた石炭火力2030年廃止シナリオが、2020-50年の全期間を均してみると、2040年廃止シナリオとほぼ変わらぬ経済影響を示し、経済成長に対してむしろポジティブな影響を与える結果となったのは驚きであった。

以上の結果から、2030年石炭火力全廃という、一見過激にみえるシナリオであったとしても、経済に負の影響を与えないばかりか、むしろ成長促進的な結果さえもたらしうることが分かった。

とはいえ、2030年/2040年に石炭火力を廃止しても、それだけで2050年にカーボンニュートラルが実現するわけではない。他の部門でのさらなる排出削減は不可避である。

しかも、エネルギー転換部門なら規制によってせいぜい数十の石炭火力発電所を段階的に閉鎖していけばよいが、産業部門その他は無数の排出源が存在し、規制的な手法ではコントロールできない。エネルギー転換部門以外の部門を広範にカバーしつつ排出削減を進めるには、やはりカーボンプライシングが必要である。

 

*1:経済産業省HP「資料2 2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」、および同頁の関連資料を参照(https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201225012/20201225012.html)
*2:諸富徹(2021)「『グリーン成長戦略』に何が足りないのか」京都大学大学院経済学研究科再生可能エネルギー経済学講座メルマガNo.230 (http://www.econ.kyoto-u.ac.jp/renewable_energy/stage2/contents/column0230.html).
3:Renewable Energy Institute, Agora Energiewende, LUT University (2021), “Renewable Energy Pathways to Climate-Neutral Japan: Reaching Zero Emissions by 2050 in the Japanese Energy System” (https://www.renewable-ei.org/en/activities/reports/20210309.php).
*4:2030年時点での必要削減量の約50%をエネルギー転換部門、約22%を運輸部門、約19%を業務部門、約7%を産業部門が実現する計算となっている。
*5:李秀澈・何彦旻・昔宣希・諸富徹・平田仁子・Chewpreecha, U.・Pollitt, H. (2020)「石炭火力発電と原発早期フェーズアウトの2050年までの日本経済と電源構成、そして二酸化炭素排出影響分析―E3MEマクロ計量経済モデルを用いた分析」京都大学大学院経済学研究科再生可能エネルギー経済学講座ディスカッションペーパーNo.25 (http://www.econ.kyoto-u.ac.jp/renewable_energy/stage2/contents/page0280.html).

諸富 徹
諸富 徹

京都大学大学院地球環境学堂・経済学研究科教授 1998年京都大学大学院経済学研究科博士課程修了、2010年3月より現職。2017年4月より京都大学大学院地球環境学堂教授を併任。環境経済学をベースに、カーボンプライシングや再生可能エネルギー政策、電力市場に関する研究を推進。京都大学大学院経済学研究科「再生可能エネルギー経済学講座」代表も務める。 主著に、『環境税の理論と実際』(有斐閣、2000年)、『脱炭素社会と排出量取引』(日本評論社、共編著、2007年)、『低炭素経済への道』(岩波新書、共著、2010年)、『脱炭素社会とポリシーミックス』(日本評論社、共編著、2010年)、『入門 地域付加価値創造分析』(日本評論社、編著、2019年)、『入門 再生可能エネルギーと電力システム』(日本評論社、編著、2019年)、など。環境省中央環境審議会「カーボンプライシングの活用に関する小委員会」など、国・自治体の政策形成にも多数参画。

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