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ホライズン計画中断後も英国原発は進むのか?

ホライズン計画中断後も英国原発は進むのか?

2019年11月06日

今年(2019年)1月、日立製作所は子会社のホライズン・ニュークリア・パワーを通じて英中西部アングルシー島ウィルファ・ネーウィズ で進めていた原子力発電プロジェクト「ホライズンプロジェクト 」の中断を発表した。

プロジェクトの総コストが3兆円にも上る大規模プロジェクトだが、「採算性が確保出来ない」ことで、中断を余儀なくされた。しかしその後も英国では原発推進に向けて、準備は進めているが、実現のハードルは高い。

中断の決め手はCfD価格

日立製作所が中断を決める前、ホライズンプロジェクトを進めるため、英国政府はプロジェクトの権益の3分の1を保有することを提示。さらに原子力発電プラントの完成までに必要な資金の全額を英国側で融資する用意があるとしていた。この破格の待遇を提示されてなお、日立製作所は同計画を中断せざるを得なかった。その最大の理由は電力買い取り価格で折り合いがつかなかったことだ。

Horizon Nuclear Powerの解説ビデオより

同プロジェクトでは、電力価格は差額決済方式(Contract for Difference:CfD)で買い取りされることになっていた。これは、固定価格買取制度(FIT)の形態の一つ。あらかじめストライク価格と呼ばれる電力価格を決めておき、市場の電力価格がこのストライク価格を上回った場合は、その差額を事業者が政府に支払う。その代わりに、市場電力価格がストライク価格を下回った場合には、その差額を政府が事業者に支払うという契約形態である。電力市場が自由化され、日々電力価格が変動する英国市場において、事業収入を長期間にわたり担保することで、発電プラントの建設を促すための手法である。

日立製作所では、そのストライク価格を1MWhあたり90ポンド以上の価格とすることを求めていた。しかしそれに対して英国政府は、1MWhあたり75ポンド以下の価格を提示。この価格差が、事業性を分ける決定的なポイントとなった。

ホライズンプロジェクトに先だって進められている、フランスのEDF(フランス電力 Électricité de France)などによるヒンクリーポイントC原子力発電所計画(英サマセット州)のストライク価格は同92.5ポンドである。日立製作所は当然、この水準での価格設定でコスト計算をしていた筈だ。だが英国ではこの優遇措置に「電力価格が高騰するのではないか」と大きな批判が寄せられた。

また、同国での再生可能エネルギーのコストが低下していると言う事実もある。特に英国では着床式洋上風力発電が普及している。2018年末に行われたスコットランドでの風力発電プロジェクトでは、落札した業者は1MWhあたり57. 5ポンドの価格を提示している。いくら原子力発電の導入を推進している英国としても、これ以上の価格は提示できないと判断したものである。後に「90ポンドなら採算が取れるのに」と日立関係者がぼやいたという。

さらに日立製作所は、プロジェクトの実現に必要な他の出資者を確保することができなかった。同社は原発を作ることはできても、その運転や保守に関するノウハウがない。したがって、プラントが完成した後に、持ち株を放出し、マイナー出資となる予定であった。しかしその引き受け手は最後まで確保できなかった。これもホライズンプロジェクトの中断を決めた理由の一つとなっている。

CfDでは原発計画が成立しない

現在、英国で唯一建設が進められている前出のヒンクリーポイントC原発でも問題は発生している。このプロジェクトは仏アレバ社製の欧州加圧水型炉(EPR)2基、合計出力163万kWで計画されており、その総建設費は、当初(2017年7月)予想の196億ポンド(約2兆6,000億円)だった。しかし最近の見積もりでは、最大で225億ポンド(約3兆円)に増加するという。完成予定も、当初の2025年から、15カ月程度遅れるとしている。

EDFエナジーのリリース資料より

EPRは現在、英国の他にもフランスとフィンランド、および中国で建設されている。しかしフランスのフラマンビル原発で2012年運転開始予定だったものが、2021年にずれ込む見込み。またフィンランドのオルキルオト原子力発電所3号機(OL3)では、2009年運転開始予定が2020年6月に大きくずれ込んでおり、大幅なコストアップとなっている。最も後から着工した中国の台山原子力発電所のみ、1号機がすでに運転を開始しており、来年2月には2号機が運転開始する予定だ。

ヒンクリーポイントC原発では、この遅れとコスト増加によって、利益率も当初予想の9%から、7.6~7.8%に低下するという。92.5ポンドの契約でも、採算性が低下することとなってしまった。ホライズンプロジェクトにおけるCfD価格では、遅延やコストアップのリスクを取れる水準では無いことが、ヒンクリーポイントC計画の事例からも明らかになったといえる。

そして、もうひとつ明らかになったことは、「もはや英国でCfD方式によって経済性のある原子力発電プロジェクトは実現できない」ということ。結局、英国政府が20年ぶりに建設を開始した、ヒンクリーポイントC原発だけが、CfD方式による原発プロジェクトという事になってしまった。

RAB方式導入で原発推進へ

それでも、英国政府は原発推進を諦めてはいない。どうするつもりなのか。

実は英国政府は、原子力発電プロジェクトの新たな契約形態として、RAB(規制資産ベース:Regulated Asset Base)と言う方式を打ち出してきた。このRABでは、政府の規制機関が規制収入に基づいて企業の資産価値から安定収益率を算定。規制担当者は当該インフラのユーザーから規定料金を徴収する許可を建設事業者に授与する。これにより、原子力発電所の建設段階、つまり原発の運転開始前から、出資者が一定のリターンを受け取れる事が可能となる。

つまり返済開始時期を従来モデルよりも前倒しできるため、民間金融機関からのファイナンスの際にリスクを最小化する。結果的に資金調達のコストを抑制でき、電気料金への影響もより少ない、と英国政府は説明している。

英国の水道や鉄道などの独占的なインフラ分野の公共事業で取り入れられている事業方式であり、すでに20~30年の事例がある契約方式だ。今後、原子力新設計画は基本的にRABで実施する方針で、英ビジネス・エネルギー・産業戦略省(BEIS)が今年(2019年)1月からRAB方式の実現可能性評価を行っていた。7月にはその結果、実現可能性があると結論しパブコメにかけている。またRABのメリットを最大化するため、特定の大きなリスク事象に対し、政府の支援パッケージを通じて投資家と消費者を防護する必要がある、と政府に提言した。さらに、新設プロジェクトでは建設から運転段階を通じて資金調達するルートを確保することが必要としている。

こうしてみると、RABモデルの具体化については、今後も検討事項が必要であり、具体化までにはまだ時間が掛かりそうだ。このモデルが具体的に適用される案件としては、仏EDFと中国広核集団(CGN)が計画している、サイズウェルC原子力発電所(英サフォーク州)がある。

2021年の建設開始を目指しているサイズウェルC原発は、ヒンクリーポイントC原発と同じEPRを採用した、165万kW×2基の計画。ヒンクリーポイントC原発が遅れているため、サイズウェルC原発も遅れる可能性はある。加えて,RAB方式採用に必要な措置の手当がどうなるか、予断は許さない。

復活を目論む日立製作所

一方、「日立製作所はホライズンプロジェクトを諦めていない」と、日本の資源エネルギー庁の高官が話した。確かに、日立製作所は「中断」したのであって断念したとは言っていない。英国政府と引き続き交渉を行うことも明言していた。

最近、日立製作所と東芝、東京電力ホールディングス、中部電力の4社が沸騰水型軽水炉(BWR)事業の共同事業化に向けた検討を開始することで合意した。この協業が実現すれば、ホライズンプロジェクトのネックであった「オペレータ企業がいない」という状況が一掃される可能性がある。

東京電力ホールディングス リリース資料より

また日本政府の支援も、事業者が一本化されることでやりやすくなる。無論、ホライズンプロジェクトを狙った動きという訳ではないが、そのためには共同事業化は大きなポイントとなるだろう。

RABが具体化すれば、日立製作所はホライズンプロジェクトの再開に向けて動き出すだろう。ただ、日立製作所の中西宏明会長(経団連会長)は、「再開には原発の国有化が条件」とまで述べている。RABでの採算性確保には疑問を持っている可能性もある。事実、RABでは最初に規制当局が算出した施設価値に対して、コストが増加した場合はどうするのか、制度上の手当てができてないように見える。

その一方、英国では現在野党となっている労働党が「新規原子力発電の国有化」も検討しているという。労働党へ政権が代わることが、日立製作所にとってホライズン原発復活の最大の条件となるかもしれない。

それでも、英国での原子力事業のハードルは高い。近年、原子力発電新設計画でもっとも大きなリスクとなっているのは、建設工事における熟練労働者不足である。これは英国のプラント市場においても同様だ。

例えば、ドイツのある廃棄物発電プラントメーカーは、ドイツ国内では建設工事まで担当するが、英国では建設までは担当しないという。建設労働者の権利保護のため、外国企業が直接に建設工事を担当することが難しいと言われている。それに加えて現在、英国国内で建設労働者を充分に確保することが難しいため、欧州大陸から労働者を入れている。ところが、英国はブレグジットを進めており、もしも合意なしでブレグジットが実行されることになれば、労働者の受入れにどういう影響がでるのか、今のところ見通しが立たない。

これらのハードルがクリアされていけば、もしかしたらホライズン原発の復活の可能性もある。しかし再生可能エネルギーのコストが下がっており、既に化石燃料よりもシェアが高まっている状況のなかで、本当に原子力発電が英国で経済性を確保し、なおかつ英国国民に広く受け入れられる計画となるかどうかは疑問が残るところだ。

宗敦司
宗敦司

1961年生まれ東京都東村山市出身。 1983年 和光大学人間関係学科卒業。 1990年 ㈱エンジニアリング・ジャーナル社入社。 2001年 エンジニアリングビジネス(EnB)編集長

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