『人新世の「資本論」』が投げ掛けるものとコロナ後のコモンズ 書評:『人新世の「資本論」』斎藤幸平著 | EnergyShift

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『人新世の「資本論」』が投げ掛けるものとコロナ後のコモンズ 書評:『人新世の「資本論」』斎藤幸平著

『人新世の「資本論」』が投げ掛けるものとコロナ後のコモンズ 書評:『人新世の「資本論」』斎藤幸平著

2021年01月06日

人新世(ひとしんせい)というのは、新たな地質時代の名称である。人類の活動によって、地球環境が大きく変化している。もし1億年後に地層を調べたら、人類が活動していた時代がそこに刻まれているはずだ。人類によって環境危機が起きている時代における「資本論」を読み直したのが本書。千葉商科大学名誉教授の鮎川ゆりか氏による書評をお届けする

地球が直面する危機回避には根本的な変化が必要

人類が地球1.7個分の自然再生力を使っている(グローバル・フットプリント・ネットワーク, 2018年)中で迎えた2020年は、地球が極限に直面していることを実感せざるを得ない年であった。それは気候危機であり、生物多様性の喪失であり、前代未聞の全世界の経済活動を止めた「コロナ禍」である。

本書、「人新世の『資本論』」は世界が取り組んでいる気候危機防止活動や格差是正の運動を、「SDGsは『大衆のアヘン』である」と始め、「温暖化対策として、レジ袋削減、エコバッグ買った、ペットボトル入り飲料を買わないようにマイボトルを持ち歩いている、車をハイブリッドカーにした?」と続き、それでは不十分と批判する。


「人新世の『資本論』」 斎藤幸平著 集英社新書 2020年

「政府や企業がSDGsの行動指針をいくつかなぞったところで、気候変動は止められない」だけでなく、「SDGsはアリバイ作りのようなものであり」「有害でさえ」ある。多少の温暖化対策をしていることで自己満足に陥り、「真に必要とされているもっと大胆なアクションを起こさなくなってしまうから」である。

確かに地球が直面している危機を免れるには、もっと根本的な変革が必要だ。

この「根本的な変化」とは何か。斎藤氏は、気候変動や新型コロナウイルスなど地球規模の問題は、現在の経済成長が大前提となっている「資本主義」によって引き起こされた問題で、この「資本主義」を根本的に覆さないと問題解決はできない、と言っている。

『沈黙の春』(レイチェル・カーソン, 1962年)、『成長の限界』(メドウズほか, 1972年)など、1970年代前後、経済成長が自然破壊を引き起こしているとする警告がたくさん出され、実際に激甚公害が各地で起きていた。1972年の国連人間環境会議を契機に、人間や環境のためにも、経済成長よりも、自然保護を優先するべきという方向性が出された。

この方向性を修正した『我ら共有の未来』(ブルントラント委員会, 1987年)では、「持続可能な開発(Sustainable Development=SD)」の概念が謳われた。これはまだ貧しい途上国の人々を救うにはすべての国が「後世代のための環境保全をしながら」経済成長する必要があり、技術開発や社会の組織化により環境を保全しながら経済成長は可能で、そのようにして、南北の格差を埋めるというものだ。

1992年にリオデジャネイロで開かれたいわゆる「地球サミット」での主要テーマは「持続可能な開発」であり、この言葉は定着し、SDGsとして現在展開されている。

筆者(鮎川)は1997年から2009年まで毎年の国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)へ行き、先進国と途上国の主張の隔たりを目の当たりにしてきた。途上国は常に「持続可能な開発」を求め、そのために先進国の資金的・技術的支援が必要と執拗に主張する。一方で先進国は「持続可能な開発」のためと言いつつ、実際には途上国の要求を退け、自分たちが経済成長できるよう都合の良い制度設計を目指した。先進国は「持続可能な開発」のモデルとなるような経済発展はしておらず、途上国も先進国のような「豊かさ」を求め、同じような発展の道を求める。それが気候変動をさらに加速させていることには、両者とも目をそむけている。

しかし、どんなに経済成長しても、南北の格差は埋められていないし、格差はこれを主導してきた先進国にも広がり、世界全体として豊かさを感じられない分断の社会になりつつある。気候変動も止められていない。

「地球をコモンとして管理する」、「脱成長コミュニズム」

「脱成長」を唱え始めた経済学者はかなり前から世界にも日本にも数多くいる。しかし斎藤氏は、「脱成長」を主張する初期の経済学者たちを「脱成長派の第一世代」と呼び、「古い脱成長論」と切り捨てる。彼らの「脱成長論」は単に「リベラル左派の立て直しを目指す試みだったといえる」と手厳しく、さらに古い脱成長派は「資本主義の超克を目指してはいない」と断じている。

資本主義体制である限り、どんな形をとっても経済成長は欠かせない要素である。斎藤氏はマルクスが遺し、刊行されていない『資本論』の後半部分のために用意された、あらゆる研究ノート、手紙、新聞記事、メモ、などを調べることにより、マルクスの目指した真のコミュニズムは「コモン」ではないかと推察している(斎藤幸平、『大洪水の前に』、2019年、堀之内出版)。


「大洪水の前に:マルクスと惑星の物質代謝 」 斎藤幸平著 堀之内出版 2019年

「コモン」とは「社会的に人々に共有され、管理されるべき富のこと」であり、これはアメリカ型新自由主義ではなく、ソ連型国有化でもない、第三の道である。「水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財として、自分たちで民主主義的に管理することを目指す」。「貨幣や私有財産を増やすことを目指す個人主義的な生産」から、「『協同的富』を共同で管理する生産に代わる」ことを目指す。

「地球をコモンとして管理する」のが、マルクスが書ききれなかったコミュニズムの神髄ではないか。このコモンこそが、「脱成長コミュニズム」を実現する道であり、マルクスの到達点である。またこれこそが、コロナ禍や気候変動を含む現在の地球規模の危機を解決しうる道で、その具体的な形とは労働者が生産および生産手段を資本から奪い取る『協同組合的な生産』である。

これは一種の「階級闘争」である。ここにマルクスは光を見出した。労働生産は経済成長のためではなく、人々の基本的ニーズを満たすためであり、生産計画は人々によってつくられる。生産の過程を民主化することで、労働者が生産における意思決定権を持つ。

斎藤氏はこの事例として、企業や国家を恐れない「フィアレス・シティ(恐れぬ自治体)」として水の権利を「コモン」として奪い返したスペインのバルセロナ市を紹介している。一旦民営化された水道事業を「再公営化」し、市民の社会的権利を実現させる運動を起こした。その結果「バルセロナ・イン・コモン」という地域政党を生んだ。

この政党は2020年1月に「気候非常事態宣言」を行い、2050年までに脱炭素化(カーボンゼロ)を目指している。その行動計画には「都市公共空間の緑化、電力や食の地産地消、公共交通機関の拡充、自動車や飛行機・船舶の制限、エネルギー貧困の解消、ゴミの削減・リサイクル」などが含まれる。

さらにバルセロナには生活協同組合、共済組合、有機農産物消費グループなど「社会連帯経済」が実現している。また製造業、農業、教育、清掃、住宅などの分野でも活動が成され、地域住民主導の街づくりへの模索が始まっている。

日本でも1970年代に、生活クラブ、生活協同組合コープ、大地を守る会などにより、有機野菜や無添加食品を生産者と契約して、これを求める消費者に直接届ける仕組みが作られた。生産の場を消費者と直接結びつけることで、生産力と消費力を自分たちに取り戻す、という流通革命が起こった。

しかし、私たちはこれをこのままで終わりにしてしまった。共同購入(共同配送)から「個宅配送」という便利で楽な制度、つまり「資本」に流通の権利を渡し、「より良い生活」を目指すものにしてしまったのだ。

「生活そのものを変え、その中に新しい潤沢さを」

私たち先進国が過ごしてきたコロナ前の生活は「帝国的生活様式」と斎藤氏は定義している。それは大量生産・大量消費・大量廃棄が基盤となっており、グローバル市場で弱いところから自然の恵みや資源、安い労働を収奪し、さらには私たちの豊かな生活の代償(ゴミ、生産手段、それによる人権迫害、公害)をそれらの国々に押し付ける構造のことだ。

コロナ禍でこの大量生産・大量消費・大量廃棄ができなくなり、世界のGDPだけでなく、CO2排出量も大幅に減った。ポスト・コロナの時代は「今まで通りの生活」ではない。「生活そのものを変え、その中に新しい潤沢さを見出すべき」なのである。

「新しい潤沢さ」とは企業の成長のために夜遅くまで働くことで得られる「豊かさ」ではなく、「現物給付の領域が増え、貨幣に依存しない領域が拡大する」ことで、生活に余裕ができ、地域での相互扶助の活動、スポーツ、自然とのふれあい、家族との時間などが増え、GDPでは測れない、GDPに表れない「豊かさ」をもたらす。これは「低成長」であり、「脱成長」社会であり、地球を危機に陥れない「地球1個分の生活」である。

ポスト・コロナの経済は、「地球1個分の自然資源」を使う範囲での「豊かさ」を求める。これは、スウェーデンの若きグレタ・トゥーンベリ氏が国連気候変動枠組み条約締約国会議で、「よくも私たちの夢と未来を奪ってくれたわね」という演説で語られ、求められた「システム・チェンジ」に違いない。

鮎川ゆりか
鮎川ゆりか

千葉商科大学名誉教授 CUCエネルギー株式会社 取締役 1971年上智大学外国語学部英語学科卒。1996年ハーバード大学院環境公共政策学修士修了。原子力資料情報室の国際担当(1988~1995年)。WWF(世界自然保護基金) 気候変動担当/特別顧問(1997~2008年)。国連気候変動枠組み条約国際交渉、国内政策、自然エネルギーの導入施策活動を展開。2008年G8サミットNGOフォーラム副代表。衆参両議院の環境委員会等で参考人意見陳述。環境省の中央環境審議会「施策総合企画小委員会」等委員、「グリーン電力認証機構」委員、千葉県市川市環境審議会会長を歴任。2010年4月~2018年3月まで千葉商科大学、政策情報学部教授。同大学にて2017年4月より学長プロジェクト「環境・エネルギー」リーダーとして「自然エネルギー100%大学」を推進し、電気の100%自然エネルギーは達成。2019年9月より原村の有志による「自立する美しい村研究会」代表。 『e-コンパクトシティが地球を救う』(日本評論社2012年)、『これからの環境エネルギー 未来は地域で完結する小規模分散型社会』(三和書籍 2015年)など著書多数。

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