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ドイツ政府、風力発電・太陽光発電業界の規制緩和要求を受け入れへ

ドイツ政府、風力発電・太陽光発電業界の規制緩和要求を受け入れへ

2020年06月02日
激動する欧州エネルギー市場・最前線からの報告 第24回

2020年5月18日、コロナ危機の影響で重苦しい雰囲気が漂っているドイツのエネルギー業界、特に再生可能エネルギー関連業界に活気をもたらすようなニュースが流れた。再エネ業界の要求が2つ通ったのだ。これにより、ドイツの再エネはどうなるのか、ドイツ在住のジャーナリスト、熊谷徹氏が詳しくお伝えする。

陸上風力1,000m規定の施行を州政府に一任

2020年5月18日、連邦議会の与党つまり大連立政権を構成するキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)の両会派は、陸上風力発電と太陽光発電の規制緩和について合意したことを発表した。

CDU・CSUのカルステン・リンネマン副院内総務とSPDのマティアス・ミアシュ副院内総務は、「政府が去年9月に発表した2030年気候保護パッケージには、陸上風力発電装置の住宅地からの距離を最低1,000メートル取ることを義務付けるという法律が含まれていた。今回我々は、この規定の施行については各州政府に一任し、各州が独自の決まりを導入できるようにすることで合意した」と述べた

つまり、住宅地からの距離・最低1,000メートルという規定を全国一律に適用せず、各州が地域の事情に合わせて最低距離を定められるようにする。

これは風力電力業界にとって、大きな勝利だ。同業界は1,000メートルという最低距離規定に強く反対してきたからだ。

風力発電業界は合意を歓迎

ドイツ風力エネルギー連合会(BWE)のヘルマン・アルバース会長は5月18日に「18ヶ月にわたる交渉の末、両会派が最低距離規定の例外条項の導入について合意したことは、喜ばしい。メルケル政権は一刻も早く再生可能エネルギー促進法の改正案を議会で可決させて、投資と雇用の増大への道を開くべきだ」という声明を発表した。

さらにアルバース会長は、「陸上風力発電装置の住宅地からの距離に関する規定を決める権限が、各州政府に与えられたことを歓迎する。住宅地から1,000メートルというのは、最大限の距離であり、各州政府は住宅地からの最低距離をそれよりも短く設定することを許される。この規定により、ドイツの土地の約2%が、陸上風力発電装置を建設するための用地として使える可能性が生まれた」と述べた。そして会長は、「今回の決定によって、ドイツの発電事業者は、2050年までに陸上風力発電の設備容量を現在の4倍に増やし、770TWhのクリーンな電力を生み出すことができるだろう」という観測を打ち出した。

アルバース会長は、製造業界がコロナ危機によって深刻な影響を受けていることを踏まえて、「今回の合意は政治的な膠着状態を打破し、気候保護、雇用、産業界にとって必要な措置を可能にする。我々は、コロナ危機後の景気回復へ向けて、重要な貢献を行うことができると確信している」と付け加えている

大連立政権内で意見が対立

陸上風力発電装置の最低距離規定については、中央政界、地方政界、経済を巻き込む論争が繰り広げられてきた。

2019年9月にドイツ連邦経済エネルギー省のペーター・アルトマイヤー大臣(CDU)は、「陸上風力発電への住民の理解を得るには、1,000メートルの最低距離規定の導入は不可欠だ」と主張した。また政府は、「地方自治体を風力発電装置の運営に参加させることも、市民の理解を得る上で重要だ」と指摘した。

これに対し、SPDは「この規定はエネルギー転換にブレーキをかける」と強く反対。最低1,000メートルという距離規定が全国に一律に施行された場合、風力プロペラを建てるための用地は、大幅に少なくなってしまう。ドイツ北部のシュレスヴィヒ・ホルシュタイン州やニーダーザクセン州など、風力プロペラメーカーが多い州の政府も、アルトマイヤーの決定を批判した。

BWEのアルバース会長は去年9月に「この距離規定が全国で一律に適用された場合、ドイツは、2030年の再エネ消費比率を65%に引き上げるという目標を達成できないだろう」と批判した。アルバース氏は「この規定は各地での発電装置建設の許認可プロセスを混乱させ、風力業界全体を危険にさらすだろう」と警告していた

これに加えて、ドイツでは住民や鳥獣保護団体から陸上風力発電装置の建設に反対する訴訟が約330件提起されており、建設許可申請の審査にかかる時間が以前に比べて大幅に長くなっている。この結果、2019年で新たに設置された風力発電装置の設備容量は、1,078MWに留まった。これは2017年の新規設備容量(5,334MW)の5分の1にすぎない。(BWE調べ)

資料 BWE https://www.wind-energie.de/themen/zahlen-und-fakten/deutschland/

バイエルン州の10倍規定は温存

ちなみにドイツ南部のバイエルン州には、すでに2014年から「10H規定」という規定がある。同州政府は、「バイエルン州に風力プロペラを新設する場合には、民家との間に少なくとも風力プロペラの高さの10倍の距離を取らなくてはならない」という規定を適用している

この規定のために、バイエルン州では風力発電プロペラの設置が遅れている。私が住んでいるミュンヘンでは、中心部と空港を結ぶ高速道路に沿って、風力プロペラが1基あるだけだ。バイエルン州はアルプス山脈や湖水地帯を持つ、風光明媚な観光地としても知られる。したがって住民や観光業界は、バイエルン州にドイツ北部のように多数の風力発電プロペラが林立することについて反対しているのだ。

今回のCDU・CSUとSPDの合意は、「バイエルン州は10H規定を引き続き適用することを許される」としており、BWEのアルバース会長は「陸上風力発電の拡大に支障となる」としてこの規定の撤廃を求めている。

助成金の対象となるPV累積設備容量の上限を撤廃

5月18日の両会派の合意は、再生可能エネルギー業界にとって、もう一つ大きな前進をもたらした。

現在の再生可能エネルギー促進法には「太陽光発電(PV)の累積設備容量が52GWに達した場合、それ以降に設置される発電装置については、1kWhあたりの助成額をゼロとする」という規定があるが、両会派はこの上限を撤廃することで合意した。これも、PV関連業界が去年から要求していた内容だった。

ドイツ太陽光発電連合会(BSW)のカルステン・ケルニヒ専務理事は5月18日にこの合意を歓迎する声明を発表し、「PVの累積設備容量は、今年7月には52GWの上限に達する予定だ。上限規定のために再エネ助成金がカットされた場合、PV業界の市場規模は半分に縮小すると予想されていた。今回の決定を出来るだけ早く法制化して、助成金が数ヶ月でも停止する事態を防いでほしい」と語った

また連邦環境省のスヴェニア・シュルツェ大臣は、「連立政権内での合意が得られたことで安心した。これで、陸上風力発電装置とPVの増設を本格的に始めることができる」と語った。またドイツ連邦エネルギー水道事業連合会(BDEW)のケルスティン・アンドレー専務理事も、「膠着状態が打開されたことは喜ばしい。州政府はエネルギー転換を加速するために、1,000メートル規定にとらわれず、独自の規則を適用してほしい。再エネ関連投資が増えることは、コロナ危機の打撃を受けている経済界にとっても朗報だ」という声明を発表した

今回の合意が再生可能エネルギー業界にとって朗報であることは間違いない。ただしこれによって陸上風力発電装置の新設に対する反対運動や訴訟が鎮静化するかどうかは、未知数である。

熊谷徹
熊谷徹

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。1990年からはフリージャーナリストとし てドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「イスラエルがすごい」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」(新潮社)、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「偽りの帝国・VW排ガス不正事件の闇」(文藝春秋)、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」(洋泉社)「脱原発を決めたドイツの挑戦」(角川SSC新書)「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」(SB新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリ ズム奨励賞受賞。 ホームページ: http://www.tkumagai.de メールアドレス:Box_2@tkumagai.de Twitter:https://twitter.com/ToruKumagai
 Facebook:https://www.facebook.com/toru.kumagai.92/ ミクシーでも実名で記事を公開中。

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