社会変革の時代、金融機関に求められる気候変動対策とは UNEP-FI(国連環境計画・金融イニシアティブ) 末吉竹二郎氏インタビュー | EnergyShift

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社会変革の時代、金融機関に求めらる気候変動対策とは CDP-Japan末吉竹二郎氏インタビュー

社会変革の時代、金融機関に求められる気候変動対策とは UNEP-FI(国連環境計画・金融イニシアティブ) 末吉竹二郎氏インタビュー

2020年10月05日

世界の気候変動対策の動きを見ると、政治の分野ではなかなか進まない一方、金融をはじめとするビジネスセクターは活発な動きを見せている。では、日本はどうなのか、どうあるべきなのか。UNEP-FI(国連環境計画・金融イニシアティブ)特別顧問で、CDP-Japanの代表、自然エネルギー財団の副理事長でもある末吉竹二郎氏に語っていただいた(全4回)。

気候危機で棄損する金融のクレジット

―近年、気候変動問題に取り組む業界として、金融業界の存在が大きなものとなっています。そこで、あらためてなぜ金融が気候変動問題に取り組むのか、その点からお願いします。

末吉竹二郎氏:元々、金融には社会の基礎インフラとして社会の問題解決に取り組む責任があり、気候危機問題に取り組むのは当然と言えば当然です。が、ここへきて金融の中核が取り組みを始めたのは、何よりも金融業界が足許に迫ってきた自然災害等の温暖化の被害から自らの身を守り始めた、ということです。

気候は最早「変動」ではなく「危機」となってしまいました。経済や産業、社会へ悪影響が広がりビジネス基盤が壊れ始めたのです。このことは金融機関にとって大事な取引先の財務状態が悪化し、やがて、自分たちが貸し出したクレジットが崩れていくことを意味します。

こうした気候危機がもたらす貸出資産の質的劣化は、金融機関にとって大きく、かつ深刻なです。それを回避し解決しなければ金融機関も共倒れです。

こうした状況の下、金融機関が率先してお金の流れを変えて、ビジネスや社会に気候危機へ取り組むよう促していくことが大事になってきたのです。

―金融機関は実際にどのような問題を抱えつつあるのでしょうか。

末吉氏:先ず、包括的な話をしましょうか。

気候危機がもたらす自然災害は、日常的な経済活動や市民生活をストップさせ、混乱を引き起こします。当然、そこに大きな損害が発生します。

経済や社会に損害が発生すれば、それらを取引相手とする金融機関にも貸し倒れなどを通じてその悪影響が及ぶことは言うまでもありません。こうしたことが重なると、安心してビジネスを遂行するための基盤自体が壊れていきます。これは由々しき問題です。

自然災害の多発と巨大化は損害保険事業を追い詰めています。元々、損保業界は、温暖化の深刻化が自然災害を多発させ、その結果、保険金支払いが増え、それは、損害保険料の引き上げにつながる。こうした悪循環が進めば損害保険の業務そのものが存続し得なくなるとして、ずいぶんと昔から、温暖化対策を早く取れと警鐘を鳴らし続けてきました。今、我々の目の前でこの警鐘の通りの事態が発生しているのです。

日本は世界でも有数の自然災害発生国になっています。今年、2020年の梅雨には全国で豪雨が降り、洪水などで家屋が崩壊し日常生活が失われ、ビジネスラインはズタズタに切り裂かれました。梅雨が明けると、今度は猛暑の連続です。これまで経験したことのない気候危機です。

連続する自然災害の発生は火災保険金の支払いを増やし続け、日本では、近年、年間の支払いは1兆円超えが続いています。こうした状況が続くとどうなるでしょうか。損保会社は巨額の支払いを補填するために火災保険料を引き上げなくてはなりません。この悪循環が続くと、間違いなく、誰も高騰する保険料を支払えなくなり、やがて保険そのものが存在しなくなります。

米国では、大型ハリケーンの被害によって中小の損保会社が倒産するということが起きています。保険は統計的に成り立つものですが、ある地域に一網打尽で被害をもたらすような災害に対しては成り立ちません。

フランスの大手保険会社アクサグループのアンリ・ドゥ・キャストル会長は、「気候変動対策が十分とられず、世界の気温上昇が産業革命以前に比べて4℃上昇に達したら、大半の資産は保険引き受けの対象外となるだろう」と述べています。
損害保険は社会に欠かせない役割を担っています。損害保険の無い世界はあり得ません。

ハリケーン・カトリーナの被害(ミシシッピ)
ハリケーン・カトリーナの被害(ミシシッピ)

―金融機関として、気候危機を促進するような相手には、お金を貸すことはできない。したがって、金融機関はどこに貸し出すのか、その選択が重要なことになってくるし、借りる側も気候危機への対応が必須になるということでしょうか。

末吉氏気候危機に対応しない、対応できない相手には投融資はできません
なぜならば、そうした事業や企業への投融資はやがて不良資産化、つまり、座礁資産化する可能性が高いからです。

その一方で、気候危機に対応するために、事業の在り方を変たり、産業構造の転換が始まっています。金融機関はこうした動きを支援することこそが金融の本来的使命であり、そうした支援こそが新たなビジネスチャンスを手に入れることを意味します。金融機関はこのことを良く認識すべきです。世界ではこの流れがあちこちで始まっています。

お金の流れで社会を良くするのが銀行(金融)の役割

―金融機関にお金を預けている人にとっても、お金は返ってこないかもしれないということでは、座礁資産は深刻な問題だと思います。

末吉氏:その通りです。金融機関が扱っているお金は、自分たちのポケットマネーではなく、外部の様々な預金者のお金です。年金基金であれば加入している多くの働く人のお金を預かっているのです。つまり、社会のお金なのです。

社会から預かったお金であれば、そのお金は社会のために使われなければなりません。つまり、社会に必要なところに貸し出し、よりよい社会にしていくというのが、金融機関のそもそもの役割なのです。

逆に言えば、社会のお金を社会が困る事業に流すことは許されません。CO2を大量に排出し、生物多様性を破壊する企業にお金を流すのは社会に対する罪作り、お金の持ち主である社会への反逆です。ちょっと考えればすぐにわかることです。

言うまでもなく、銀行がどこにお金を流すかによって、金融は社会を変えることができるのです。少なくとも、社会の変化を金融で支援することが出来ます。漸く、世界の多くの銀行がこのような社会における基本的役割を自覚し始めたと思います。

今は社会変革の時代です。こういった時代には、金融は二重の意味で重要です。

第一は、変革を拒み、社会悪をし続けるところには金融支援をストップすることです。金融が付かねば事業を止めざるを得ません。第二は、変革に取り組む事業や企業に積極的に金融支援をすることです。つまり、金融はお金の流れを変えることで社会の変革を後押しすべきなのです。

例えば、石炭を燃やしているお客様に対しては、「もうやめましょう。このままでは取引できなくなりますよ」とエネルギー転換を勧奨し、自然エネルギーの開発に取り組むお客様に対しては「がんばってください。金融でお手伝いします」と背中を押すのが、金融機関のあるべき姿ですし、世界はその方向に動き始めています。

サスティナブルファイナンスの時代

―2006年に、当時のアナン国連事務総長が提唱し、UNEP-FI(国連環境計画・金融イニシアティブ)などが策定したPRI(責任投資原則)に対し、世界各国の金融機関が署名してきました。こうした動きはさらに進んでいるのでしょうか。

末吉氏:サスティナブルファイナンスの時代が始まったと言えるでしょう。金融界が持っている責任原則はPRIだけではありません。投資という直接金融で始まったのですが、その後、保険、そして、銀行という間接金融の分野でも責任原則ができました。

2012年6月には持続可能な保険原則(PSI)、2019年9月22日には責任銀行原則(PRB)がそれぞれスタートしました。投資、保険、銀行という金融の3大分野で、サスティナビリティを大事にする原則が出揃ったのです。名実ともに、サスティナブルファイナンスの時代になりました。

―民間の金融機関に対して、各国の中央銀行はどのように対応しているのでしょうか。

末吉氏:中央銀行にも、グリーン金融を目指す動きが出てきています。例えば、2017年12月に、NGFS(Network for Greening Financial System)と呼ばれる各国の中央銀行と金融監督当局のグループが発足しています。日本からも金融庁が参加していますが、狙いは、名前が示す通り、世界の金融システムのグリーン化です。

民間金融機関やビジネスにとって、より身近な取り組みは、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)です。これは、英国の中央銀行であるイングランド銀行のマーク・カーニー総裁(当時)が、気候危機が引き起こす金融システムの混乱を回避するために、自らが座長であった中央銀行や金融当局の集まりである金融安定理事会を通じて、企業が抱える気候危機リスクを財務情報として開示して金融機関の判断に供する仕組みを生み出すために設置したものです。

日本からの委員を含め世界の専門家が数年かけて生み出した提言が提示され、世界でその導入が始まっています。

極端に言えば、これまでの金融機関は何をしようが売り上げが伸びて利益が増える企業が優良貸出先でした。つまり、気候危機の事など全く考えていなかったのです。

ところが、気候危機が深刻化するにつれ、気候危機がもたらすリスクと機会を取り入れなければ、正しい与信判断が出来なくなってきたのです。貸したお金が返ってくればそれは良い取引だという単純な金融の時代は終わったのです。TCFDが普及すればするほどに、金融機関の審査文化が大きな転換を迎えることになります。

TCFD
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(続く)

(Interview & Text:本橋恵一・山田亜紀子)

末吉竹二郎
末吉竹二郎

東京大学を卒業後、1967年に三菱銀行(現 三菱UFJ銀行)に入行。1998年まで勤務した。 日興アセットマネジメントに勤務中、UNEP金融イニシアティブの運営委員メンバーに任命された。現在、アジア太平洋地区の特別顧問としてUNEP金融イニシアティブの活動を支援する傍ら政府や地方自治体の審議会委員などを務める。 この他、セミナーや講演会、大学での授業などを通じて環境問題や社会的責任(CSR)、社会的責任投資(SRI)についての講演等を行う。 主な著書に『ビジネスに役立つ!末吉竹二郎の地球温暖化講義』(東洋経済新聞社)、『有害連鎖』(幻冬舎)、『最新CSR事情』(北星堂書店)、『グリーン経済最前線』(岩波新書、共著)がある。

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