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ドイツの「コロナ出口戦略」の背景・コロナ対策の責任は地方自治体に

ドイツの「コロナ出口戦略」の背景・コロナ対策の責任は地方自治体に

2020/05/15

激動する欧州エネルギー市場・最前線からの報告 第23回

ドイツのコロナ危機との戦いは、一段と難しい局面に入ってきた。その理由は、感染拡大速度の鈍化とともに、企業や市民の間でロックダウン緩和を求める声が強まっているからだ。世論の圧力の前に、メルケル政権も出口戦略を提示せざるを得なくなった。ドイツ在住のジャーナリスト、熊谷徹氏からの緊急寄稿をお届けする。

ドイツの死亡者比率は4.4%

これまでドイツは、欧州の中で新型コロナウイルス対策の「模範国」と言われてきた。その理由は、死亡者の数が他の欧州諸国に比べて大幅に低いからだ。ジョンズホプキンス大学の統計によると、2020年5月12日時点でドイツでの死亡者は7,661人。感染者に対する死亡者の比率(感染者死亡率)は4.4%で、英国やフランス、イタリアなどの半分に満たない。
ドイツの人口10万人あたりの死者も9.24人で、スペインの約6分の1、英国の約5分の1だ。

資料=ジョンズホプキンス大学 2020年5月11日更新データ

今年春以降ドイツでは、感染者の増加速度が遅くなり始めた。ロベルト・コッホ研究所(RKI)によると、ドイツでは、1人の感染者が何人に感染させるかを示す実効再生産数(R)が、3月12日には3を超えていた。これは、1人の感染者が3人以上の人にウイルスに感染させることを意味する。しかし5月6日にはRが0.65まで下がった。

RKIは、ドイツ政府が3月23日に施行した外出・接触制限令によって市民の移動が減ったことや、気温の上昇によってウイルスの活動が鈍くなったことが、Rの減少につながったと見ている

ドイツ経済の「病状」は日に日に深刻化

だがロックダウンはドイツ経済に深刻な影響を与えている。4月1日には、大手デパート・チェーン「ガレリア・カールシュタット・カウフホーフ」が債権者からの保護手続きを申請した。ドイツ小売業協会(HDE)によると、食料品を除くと、営業禁止措置のために小売店業界が1日ごとに失う売上高は、11億5,000万ユーロ(1,380億円・1ユーロ=120円換算)に達していた。

ドイツ商工会議所(DIHK)が4月3日に発表したアンケート結果によると、ドイツの企業・事業所の43%で業務が完全に停止していた。飲食店の91%、旅行関連企業の82%が全く営業していなかった。

ホテル・飲食業連合会(Dehoga)は「4月末までに、100億ユーロ(1兆2,000億円)の売上額が失われる。このままでは、会員企業の3分の1に相当する約7万の企業や飲食店が倒産するだろう」と警告していた。

経済活動の停止は、地方自治体の財政にも大きな影を落とした。5月5日にドイツ地方自治体会議は、「営業税収入が200億ユーロ(2兆4,000億円)減る」という厳しい見通しを明らかにしていた。

ルフトハンザ航空は、ドイツ政府の資本参加を認める代わりに90億ユーロ(1兆800億円)の資金援助を受けるべく、交渉している。同社の今年第2四半期の発着便数は、前年同期に比べて95%減少。正常化には数年かかると予想されている。

またフォルクスワーゲン、アウディ、BMW、ダイムラーなどは3月17日頃から約1ヶ月にわたり欧州工場での生産を停止した。

ドイツ連邦労働庁によると、ドイツの失業者数はロックダウンの影響で、今年3月から4月にかけて、約30万人も増えた。これ以外に、ドイツ企業約75万社で、約1,000万人の就業者がコロナ不況によって自宅待機を強いられ、給料の減額分の80%(子どもがいる家庭では87%)を政府によって支払われている。この制度は短時間労働(クルツアルバイト)と呼ばれ、失業者の急増を防ぐのに一役買っているが、制度の適用者の数は、2009年の金融危機(リーマンショック)の時の3倍に達する。

ペーター・アルトマイヤー経済エネルギー大臣は4月29日に「ドイツの今年の国内総生産は6.3%減少し、第二次世界大戦後最悪の景気後退になる」という予測を発表している。私もあちこちで、「一体いつになったら仕事を再開できるのか」とか「これからどうなるのか」という自営業者らの声を耳にする。人々の間で不満は沸々と高まっている。

このため4月後半から、経済界と16の州政府の首相たちは、メルケル政権に対して一刻も早くロックダウンを緩和するよう強く要求した。一部の州首相たちは、アンゲラ・メルケル首相との協議を待たずに、外出・接触制限令の緩和や飲食店の営業再開などの方針を五月雨式に打ち出した。州首相たちの間で、「ロックダウン緩和競争」が始まってしまったのだ。

メルケル首相は5月6日に大幅な緩和策を公表

このためメルケル首相は5月6日、ロックダウンの大幅な緩和策を打ち出した。先進主要国の中で本格的な緩和策を打ち出したのは、ドイツが初めてである。

ドイツの緩和を発表するメルケル首相 5月6日 出典:ドイツ連邦メディアライブラリ

3月中旬以来、収入減に苦しんできた小売店の店主たちは、安堵のため息をついている。それまでは面積が800㎡以下の店と自動車・自転車・書籍販売店だけが営業を許されているが、客や店員のマスク着用義務や最低1.5mの距離を保つという条件の下で、全ての商店の営業が許された。

5月9日には、北東部のメクレンブルク・フォアポンメルン州で、レストランや喫茶店の営業が再開された。ニーダーザクセン州やバイエルン州など他の3つの州でも、今月末までにレストランやホテルの営業が再開される。ただしマスク着用や最低限の距離に関する義務の順守が条件だ。万一レストランに感染者がいたことが後日わかった場合、レストランは他の客に連絡しなくてはならない。このため、客は電話番号などの連絡先をレストラン側に伝えることを求められる。

筆者が住むバイエルン州では、商店や公共交通機関の中でマスクを着用しないと、150ユーロ(1万8,000円)の罰金を科される。(写真は筆者撮影)

一部の州が他州よりも早くロックダウンを緩和できる理由は、ドイツが連邦制を取っているからだ。連邦政府は国全体の防疫政策の方向性を決めるが、感染症防止法の執行権限は州政府の首相が握っている。彼らの権限は、日本の県知事よりもはるかに大きい。

3月23日以来続いている接触・外出制限令は6月5日まで継続されるが、内容は大幅に緩和される。これまでは家族を除き3人以上が集ったり一緒に外出したりすることは禁じられていた。だが今後は、2世帯の市民が一緒に食事をしたり出かけたりすることが許される。つまり2組の夫婦が一緒に散歩することが、7週間ぶりに可能になった。

現在ドイツでは全ての学校や託児所が閉鎖されているが、夏休みまでに子どもたちが少なくとも一度は学校などに戻れるようにする。さらに高齢者介護施設に住んでいる親類を訪問することも、許される。博物館、動物園、理髪店、教会のミサなどは首相の発表に先立つ5月4日から再開された。

私が住んでいる住宅街では、砂場やシーソーのある児童公園の周りに、赤と白のテープが貼られて長い間立ち入り禁止となっていたが、5月4日にはこのテープが取り払われ、子どもたちの声が聞こえるようになった。

参加者が身体を接触させないスポーツも許される他、プロ・サッカー(ブンデスリーガ)も5月後半から観客なしで試合を再開できる。

全体として見ると、わずか1ヶ月前には考えられなかったほど、踏み込んだ緩和策である。

自動車メーカーも4月の下旬から、ドイツの工場で部分的に生産活動を再開させた。だが各国の間の国境の封鎖措置はまだ続いているので、部品の調達はスムーズに行われておらず、生産活動が去年末ごろの状態に戻るまでにはまだかなりの時間がかかりそうだ。

緩和を押し切られた慎重派・メルケル首相

ちなみにメルケル首相自身は、急激にロックダウンを緩和すると、再びウイルスの感染速度が高まるという懸念を持っており、以前から拙速を戒めていた。元物理学者であるメルケル首相は、ロベルト・コッホ研究所などのウイルス学者たちの意見を尊重することで知られている。

このためメルケル政権は、州政府の要請を受け入れてロックダウンの大幅緩和を認める条件として「非常ブレーキ」を設けた。1つの郡で1週間の感染者増加数が、人口10万人あたり50人を超えた場合には、直ちに外出制限や商店の営業禁止令などが施行される。つまり州政府が、感染者が急増している地域を見つけた場合には、その地域では商店や学校の閉鎖などの措置が再び導入される。

現在ドイツには、1週間の感染者増加数が、人口10万人あたり50人を超えている郡が3ヶ所あり、これらの地域ではロックダウンが継続されている。つまり今後ドイツでは、コロナ対策の責任の主体が、州政府と地方自治体に移譲されることになる。

実効再生産数Rが再び上昇した

今後ドイツ各地でレストランやホテルが再開されるにつれて、感染者数が再び増える可能性が強い。実際、実効再生産数Rは5月6日には0.65という低い水準にあったが、5月10日には1.13に増加してしまった。実効再生産数が増え続けると、重症者の数が人工呼吸器付きの集中治療室(ICU)のベッド数を上回ってしまう可能性もある。ドイツが最も恐れている、「医療崩壊」の不安が首をもたげる。彼らはイタリアやスペイン、フランスで起きたような事態を絶対に避けたいと考えている。

(編集部注:5月12日のドイツの実効再生産数Rは0.94と、再び1を下回った ロベルト・コッホ研究所(RKI)のウェブサイトを参照)

ドイツのウイルス学者たちの間では、今年秋以降に第二波がやってくるという意見が有力だ。1918年に世界を襲ったスペイン風邪でも、第2波が起きて最初の流行を上回る人命を奪った。感染者数と死者数が増大した場合には、再びドイツ全土でロックダウンが施行される可能性もある。

これに対し、ドイツでは5月に入ってからロックダウンに反対する市民の抗議集会やデモが頻発している。5月9日・10日の週末には、ミュンヘンやベルリン、シュトゥットガルトなどで数千人の市民が、「コロナ対策を理由にした政府の様々な規制」に反対する集会を開いた。多くの市民はマスクを着けず、1.5mの最低距離も取っていなかった
あえて規則を守らないのは、メルケル政権に挑戦する態度を示すためである。中には「コロナ危機は、市民の権利を奪うために政府が人為的に起こしたものだ」というデマをインターネット上で流す者もいる。メルケル政権は、「右派ポピュリスト政党が、コロナ規制反対勢力に属する市民を、支持者として取り込もうとするかもしれない」という危機感を強めている。

日本の新聞やテレビのニュースだけを見ると、あたかもドイツで経済活動が復活したかのような印象を持つが、実態はそれほど単純な物ではない。新型コロナウイルスに対して有効なワクチンが開発され、投与が始まらない限り、生命と経済の間のジレンマは解決されない。

メルケル政権と州政府は今後も、感染者数の増加を抑えながら、不況の深刻化をも防ぐという極めて難しい作業を続けることになる。

熊谷徹
熊谷徹

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。1990年からはフリージャーナリストとし てドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「イスラエルがすごい」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」(新潮社)、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「偽りの帝国・VW排ガス不正事件の闇」(文藝春秋)、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」(洋泉社)「脱原発を決めたドイツの挑戦」(角川SSC新書)「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」(SB新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリ ズム奨励賞受賞。 ホームページ: http://www.tkumagai.de メールアドレス:Box_2@tkumagai.de Twitter:https://twitter.com/ToruKumagai
 Facebook:https://www.facebook.com/toru.kumagai.92/ ミクシーでも実名で記事を公開中。

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