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裁判所が温暖化対策の加速を指示 シェルまさかの敗訴

裁判所が温暖化対策の加速を指示 シェルまさかの敗訴

2021年05月28日

衝撃的なニュースが欧州から飛び込んできた。オイルメジャーのロイヤル・ダッチ・シェルが、気候変動対策が不足しているとして、裁判所から改善を求める判決を下されるという、前例のない判決が出たのだ。
思わず、二度見したこのニュース。「気候変動対策が足りないから、裁判に負けた」という。ここまでの事態は、正直、想定をしていなかった。ゆーだいこと前田雄大が解説する。

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シェルに対してオランダの裁判所はどのような判決を下したのか

ロイヤル・ダッチ・シェルとは、原油利権を世界中で持っているオイルメジャーと言われる存在の一つ。ヨーロッパ最大のエネルギーグループだ。本社はオランダのハーグ。グループ企業は145ヶ国、世界中に47以上の製油所と、4万店舗以上のガソリンスタンドをグローバルに展開している。

この本社がオランダのハーグ、というのがポイントで、そのためオランダの裁判で今回の裁判は開かれた。

原告は、Friends of the earth(FoE)オランダ支部などの環境保護団体7団体と、17,000人ものオランダ市民。シェルが化石燃料の大量生産を続けていることを問題視し、2019年に提訴しており、今回、その判決が出たということだ。


判決に喜ぶFoEオランダ支部のメンバー FoEウェブサイトより

原告が問題としたのはパリ協定

提訴した原告が依拠したもの、それはパリ協定だ。ご存知の通りパリ協定では、産業革命以後の平均気温の上昇幅を2℃以下、加えて「1.5℃未満」に抑えるよう求めており、この協定には世界中のほとんどの国が参加している。今年になってアメリカが復帰したことも記憶に新しい。気温上昇を2℃以下に抑えるためには、いまの各国の取組みでは到底足りず、国だけでなく企業レベルでもしっかり取り組む必要がある。それが現在の世界での温室効果ガス排出削減、脱炭素の動きにつながっている。

世界で脱炭素化が進んでいるのは、ESG投資などの経済的誘因はもちろん大きい。他方で、こうした責務を企業として果たす必要がある、ということもまた、パリ協定の精神だ。

実は、いま世界中で多くの環境保護団体等が、「国や企業がパリ協定の目標に対する取組みを十分に行っていない」として、訴訟を起こしている。今回は、そのうちの一つについて結論が出たということだ。

判決のポイント

オランダの裁判所がシェルの敗訴を決めたポイントはふたつ。一つはもちろん、「気候変動についての取組み不足」。そして、もう一つが「人権の不尊重」だ。

その理由の一つ目、「気候変動に関するシェルの取組みが不足している」と判断した判断材料は何か。不足というからには、基準が必要になってくるが、この「基準」が、パリ協定だ。今回の裁判の争点は、シェルの取組みがパリ協定に整合的なものなのかどうなのか、乖離がどのくらいあるのか、ここにあったと欧米のメディアは報じている。

結果として、裁判所はシェルの取組みは不十分過ぎると判断。シェルに対して2019年比で2030年までに45%温室効果ガス排出削減をするよう命じる形となった。

今回の判決は歴史的なものであると欧米メディアは報じている。というのも、初めてパリ協定の目標に沿うよう「司法が企業の活動に対して命令した」ものであるからだ。

ふたつ目のポイント、国際人権規約とは

そして2つ目のポイントが、国際人権規約。この論点について、日本ではなじみが少ないかと思い、少々詳しく紹介する。

ロイヤル・ダッチ・シェルはオイルメジャーのため、当然ながら事業ポートフォリオは化石燃料生産が中心になる。そのため、事業体的には必ず温室効果ガスが紐づいてくる。量的にみると(売った製品が使用時に出すCO2も含めると)、他の企業と比較して排出量は多い。この「シェルの事業を通じて出されたCO2が気候変動を起こす原因になっている」、という箇所は先ほどのパリ協定のところとロジックは一緒なのだが、ここからが人権パート。

まず、「シェルが引き起こしているCO2排出が、結果としてオランダ住民の生活に深刻な脅威を与えている」と裁判所は指摘。そのうえで、これは「そもそも人が固有で持っている人権を侵害している」とし、裁判所は「企業は人権を尊重しなければならない」とした。

さらに、企業のもつ責任と自由についても言及があった。まず企業責任に関しては、企業は排出削減をする「個別の責務」があると裁判所は整理。その上で、「企業の自由」に関しては「企業はこの判決にしたがって行動をし、企業ポリシーを再形成する『完全な自由』がある」、とした。

つまり、「企業は、社会に対して、排出削減をする責任があり、排出削減努力をする自由を与えられている。その責務と自由において行動をしない」といけないとしたわけだ。

当然、シェルは事業体が化石燃料メインのため、会社の経営基盤の弱体化につながる。今回の判決の何がすごいか。当然、シェルが今後、戦略の見直しや成長の抑制を迫られる可能性もあると認めた上で、「排出量削減による利益は、シェルの商業的利益を上回る。だから、排出量を減らしなさい」と言ったことにある。

判決のポイントをまとめ

この判決のポイントを再度整理すると、4つの論点になる。

  1. 個別の企業の活動にパリ協定の目標貢献が紐づけられたこと
  2. 企業活動の気候変動への寄与が、人権侵害に繋がると認めたこと
  3. 排出削減が、企業が個別に有する責務と自由の中で、しかるべく実施されるべき、と整理されたこと
  4. 排出削減の利益は、排出削減によって棄損される商業的利益よりも上回るとしたこと

司法は前例主義が基本だ。もちろん、シェルは控訴する構えでいるので最後の判決までは不透明だが、従来はこうした判決がなかったことも確かであり、このような判断が下されたということ自体が歴史的だ。

それゆえに、この判決が今後、非常に大きな影響を及ぼすことになるという法律の専門家の意見も欧米のメディアでは報道されている。原告側は同様の訴訟を、他国でも起こしており、欧州を中心にこうした判決が続く可能性がある、ということも示唆されている。

シェルは努力が足りなかったのか

では、シェルは努力をしていなかったのか。「そんなことはない」というのがシェルの言い分だ。脱炭素が世界で本気で進んでいるというのは、炭素ど真ん中の企業=オイル関連企業が一番肌身で感じ、危機感を覚えていることでもある。

それゆえに、しっかり転換を計ろうとしているとも言える。米オイルメジャーのエクソンモービルも再エネに多額のお金を投資している。シェルは業界では財務面での優位性で知られていたが、その財務基盤が強固だったからか、脱炭素への転換は出遅れていることがしばしば指摘されていた。しかし、もはや転換しないとあとがないということで、シェルは削減目標を順次発表してきていたのだ。

2020年4月に2050年までに石油・ガス生産から排出されるCO2を完全にオフセットする目標を発表している。ただ、このときは自身が販売する「製品からの排出」についてはコントロールの範囲外としていた。


シェルの充電ステーション シェルウェブサイトより

今年2月に、新たに温室効果ガス排出量を2050年までに実質ゼロとする中長期戦略を発表。この中長期戦略では、自分たちの事業からの排出だけではなく、販売する製品の消費で生じる分も含めた、サプライチェーン全体でのカーボンニュートラルを行っていくという方針を初めて盛り込んだ。これは相当踏み込んだ内容で、業界の中でも、一段と進んだ内容であると評価を受けていたのだ。

段階的なロードマップも設定。排出削減については、2016年比で、2023年に6~8%、2030年に20%、2035年に45%それぞれ減らす。そして、2050年までに100%減とするとした。

当然、事業として再エネにも進出している。2030年までに最大5,000万世帯分に相当する再エネ供給を目標に掲げた他、EV充電に関しても世界全体で2025年までに50万基の充電設備を設置することも目標に掲げるなど、かなり頑張って転換を計ろうとしていたのだ。

だが、今回の判決では、それをもってしても「足りない」とするものになったわけだ。

今回の判決では2030年までに2019年比で45%温室効果ガス排出を削減するよう改善しろ、というもの。シェルが2月に発表したプランでは2030年に2016年比で20%削減だったので、それを倍増以上して取り組め、と裁判所は言っていることになる。

これはシェル、つぶれてしまうんじゃないか・・と筆者は第一報を聞いたときに、まず思った。株価も心配したのだが、判決を受けても今のところ影響はないようだ。すでに市場は脱炭素リスクを織り込んでいるという見方もある。10年で見ると、すでに以前の安定水準から下落しているのが分かる。脱炭素転換できなければ、化石燃料セクターは儲けがなくなるのはIEAの最新の報告書でも示された通り。長期では下落傾向ということなのかもしれない。

財務面での有意性も、この脱炭素のあおりを受けて、すでに崩れてきたともいわれている。その象徴がリストラだ。シェルは2020年9月、2022年末までに全従業員の10%以上に当たる7,000~9,000人を削減する方針を発表。2020年に自主的に退職を申し出た1,500人も含まれるが、10%に当たる人員がリストラされることになる。かつ、脱炭素転換を計りながら、2022年までに最大25億ドル(約2,640億円)のコスト削減を目指す改革をいま実行している最中だ。

やはり、脱炭素時代が到来すると、炭素ど真ん中の会社はきつい、というのが浮き彫りになる。オイルメジャーですら、これだけきつい、ということだ。

日本への波及はあるのか

気になるのが、日本への影響だ。今回の判決は、欧米で、これが判例となりどんどん波及する可能性が指摘されている。だが、日本でこのような判決が出るのはまだまだ先のことだろう。ただ、いまはグローバル経済の時代だ。一番危険だと筆者が思うのが、グローバルに事業を展開しており、炭素に手を出している会社。こういう会社は、海外での裁判で負ける可能性が今後出てくる。

例えば、海外で石炭火力に手を出している商社系だ。三菱商事が海外投資家から撤退要求の書簡を受け取ったというニュースもあった。住友商事も環境団体からやり玉に挙げられている。海外の裁判で提訴され、今回の判例をもとに判決が下った場合、日本企業であっても、事業の足場を海外にしている場合は拘束力が出る。つまり、損害賠償等を払わないといけないことになる。

これまではESG文脈で、投融資が引き揚げになるリスク、資産が焦げ付いて減損処理をしなくてはならなくなるリスクがあると、このサイトでも紹介してきた。だが今や、それに加えて損害賠償や気候変動への取組みの加速命令などを海外の司法から言われるリスクが、ここにきて一気に高まったということを、今回の判決は示唆している。

おそらくこのニュースを受け、驚きながら、急ぎ対応を検討し始めたであろうグローバル企業が多いのではないか。そうした会社が脱炭素に舵を切ると同時に、当然、投資回収できずに撤退になると減損処理も出てくる。こうしたことを合わせて考えると、「脱炭素は一抜けが鍵」だ。

投資先として考えるときも、炭素関連のポートフォリオ、特に海外での事業展開のところは本当に気を付けて見た方がいい。石炭火力の文脈で政府あげて守ってきた企業たちは結構危ないのではないか。プラス、エネオスを始めとした日本の石油企業たちや、それ以外にもプラント会社などで炭素比率がポートフォリオで高いところは、要注意だ。

今日はこの一言でまとめよう。

『シェル判決が脱炭素の加速の扉をまた開けた』

前田雄大
前田雄大

YouTubeチャンネルはこちら→ https://www.youtube.com/channel/UCpRy1jSzRpfPuW3-50SxQIg 講演・出演依頼はこちら→ https://energy-shift.com/contact 2007年外務省入省。入省後、開発協力、原子力、官房業務等を経験した後、2017年から2019年までの間に気候変動を担当し、G20大阪サミットにおける気候変動部分の首脳宣言の起草、各国調整を担い、宣言の採択に大きく貢献。また、パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略をはじめとする各種国家戦略の調整も担当。 こうした外交の現場を通じ、国際的な気候変動・エネルギーに関するダイナミズムを実感するとともに、日本がその潮流に置いていかれるのではないかとの危機感から、自らの手で日本のエネルギーシフトを実現すべく、afterFIT社へ入社。また、日本経済研究センターと日本経済新聞社が共同で立ち上げた中堅・若手世代による政策提言機関である富士山会合ヤング・フォーラムのフェローとしても現在活動中。 プライベートでは、アメリカ留学時代にはアメリカを深く知るべく米国50州すべてを踏破する行動派。座右の銘は「おもしろくこともなき世をおもしろく」。週末は群馬県の自宅(ルーフトップはもちろん太陽光)で有機栽培に勤しんでいる自然派でもある。学生時代は東京大学warriorsのディフェンスラインマンとして甲子園ボウル出場を目指して日々邁進。その時は夢叶わずも、いまは、afterFITから日本社会を下支えるべく邁進し、今度こそ渾身のタッチダウンを決めると意気込んでいる。

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