電力市場20兆円と石油市場20兆円で起きる大きな変革を捉え、日本のエネルギーシフトを加速させるために求められるものは何か。新たなエネルギーテックを知り、ビジネスモデルをどう構築していくべきかをともに考えるコミュニティとして、EnergyShiftは公開イベント「EnergyShift LIVE」を毎月開催している。
2019年11月29日に開催したEnergyShift LIVE♯5では、「ブロックチェーン × SDGsのインパクト」というテーマで、RAUL株式会社の江田健二氏とサステナブル・ラボ株式会社の平瀬錬司氏が登壇し、対談形式でブロックチェーンとSDGsの今、そして未来について語った。
キーワードは脱炭素化とデジタル化
江田健二氏のプレゼンテーションでは、今後のエネルギービジネスに関するキーワードとして、脱炭素化とデジタル化の2つが挙げられた。
「脱炭素化は日本のみならず、世界中で動きが活発化しています。地球温暖化に伴う気候変動への危機感から、再生可能エネルギーを中心とした社会の実現を目指しているのです。デジタル化は、すべての産業に影響を与えるもので、エネルギー業界もデジタル化の影響を避けることはできないと考えています」
「デジタル化は、エネルギー業界に対して、コンテンツ(IoT・ロボット・ドローン・AI)、ハード・ソフトウエア(電気自動車・蓄電池・分散型発電)、インフラ・ネットワーク(スマートメーター・無線(ワイヤレス)給電・ブロックチェーン)の3階層で浸透していきます。最終的には、人やモノの活動情報、つまり電力利用情報がデータベース化・オープン化され、新しいサービスが創造される世界がやってくる」
「エネルギーは従来、電力会社やガス会社などのエネルギー生産者から消費者へと一方向に供給されていたのですが、2020年以降、エネルギーの生産者であり消費者である一般家庭や事業者が急激に増えていきます。消費者は生産消費者となり、エネルギー業界の主役になる時代がやってくる」(江田氏)
大きな転換を迎えるエネルギー業界にあって、2020年以降、どのようなビジネスモデルが生まれてくるのだろうか。
「脱炭素化やデジタル化の進展によって、一般家庭や工場などの屋根に設置された太陽光発電から作られたエネルギーを、余裕のある人が不足している人と共有し合う。エネルギー会社はプラットフォーマーとして、その人たちをつないでいくビジネスを展開するようになるでしょう。その時にブロックチェーンが活用され、エネルギーのマッチングが推進されていく時代になる」と江田氏は予測している。
今求められているのは、ブロックチェーンを使った義の定量化
平瀬練司氏は、パラダイムシフトが起こるエネルギー業界の中で、SDGsやブロックチェーンはどう変化していくのかについて解説した。
平瀬氏はキーワードとして、渋沢栄一氏の教えの一つである「義利合一」と、ジョン・エルキントン氏(英・サステナビリティ社)が提唱した「トリプルボトムライン」の2つをあげた。
トリプルボトムラインとは、企業は経済利益(儲け)を出しさえすればいいわけではなく、環境利益、社会利益、経済利益の3つの合計点が重要だという考え方で、1994 年に提唱されたものである。一方、義利合一の義とは、環境や社会への貢献を意味し、利とは文字通り、利益、儲けを指す。
「われわれ日本人には直感的に利、お金儲けはいやしい、人や世の中のためになることは良いことだという、刷り込みがある」と広瀬氏はいう。義と利が合一ではなく、利よりも義が大事だと本能的に認識しているというわけだ。しかし、企業や投資家は違う。彼らにとっての正義とは利益を生み出すことである。
「こうした中で、SDGsに取り組む際にわれわれがやるべきことは、義と利のどちらなのか。日本企業の中で整合性が図られていないため、企業内で内戦が起きている」という。
それでは、どうすれば義と利の内戦を終わらすことができるのだろうか。
「義と利が相反する。どちらか一方が重要ということではなく、2つの合計点が重要です。ところが、利は決算書や有価証券報告書などによって、すべて定量化されているのに対し、義の多くは定性的で定量化されておらず、利と義を足し上げることが難しい」。
SDGsに取り組むのはいいが、効果測定をどうすればいいのか。業績や株価にどれだけ貢献するのか。しかも、ここ数年の間にSDGsやESG投資、RE100といった言葉が黒船のように日本に輸入され、「猫も杓子もSDGsという状況になり、他社比較ができない」状態である。
平瀬氏は、今まさに義の定量化が求められており、定量化するために、あらゆる角度から物差しをあて、数値化、見える化をする手段の一つがブロックチェーンだという。
「義を定量化できれば、義と利の内戦が終わり、議論のスタートラインに立つことができるだろう」と指摘した。
IR、PR、HR向上のためにSDGsを攻めに使う
2人のプレゼンテーションが終わった後、江田氏と平瀬氏によるスペシャルディスカッションが行われた。そこでの議論はSDGsの攻めの活用法から、ブロックチェーンを用いた社会課題解決、そして近未来予測までにおよんだ。
EnergyShift:日本企業は攻めではなく、守りの側面からSDGsに取り組んでいるという指摘もあります。攻めのSDGsとはどういう取り組みを指すのでしょうか。
平瀬錬司氏:SDGsを経営に実装するという表現がわかりやすいと思います。ですが、実際に経営に実装しようとしても、そのやり方がまだわからない、難しいというのが多くの日本企業の現状だと思います。こうした状況の中、SDGsを攻めに使うとは何なのか。一言でいうとIR、PR、HRです。
IRでは資本コストを下げる効果があります。例えば金融機関から資金調達をする際、環境配慮型の利子補給を受けられる。あるいは環境基準を満たしていなければ、そもそもお金が借りられないという時代に、2020年度から日本も段階的になっていくでしょう。つまり、IRに成功すれば、株式市場や金融機関から資金調達がしやすくなるというわけです。
PRは消費者にアピールをしてロイヤリティを高めていくことです。またHRには、共感採用という言葉があります。昭和時代の日本は経済条件で仕事を選んでいた。その次には「自分が輝ける職場で働こう」という考えがありました。その次に来る潮流が、自分が世界の主役になれるところで働きたい。つまり、社会や環境を救えるような企業で働こうという考えです。会社の価値観(この場合、環境を救うという価値観)に共感できるような採用が共感採用です。人材採用にとっても、SDGsを攻めに使うことが非常に重要になります。
SDGsに取り組まなければ、2020年以降、資金調達が難しくなる
EnergyShift:2020年度以降、環境基準を満たさなければ、金融機関や株式市場からの資金調達が難しくなるという指摘もありました。
平瀬氏:一言でいうと、SDGsをやっていなければ資金調達が難しくなるということです。ではなぜ、難しくなるのか。2008年にリーマン・ショックが起きた。その原因を突き詰めると、ショートターミズム(短期志向)があります。例えば株に投資をする場合、中長期にわたる企業価値を分析せず、3ヶ月後あるいは6ヶ月後に必ず儲けるために、短期で売買を繰り返す。このショートターミズムに陥り、マネーゲームをした結果、リーマン・ショックが起こったわけです。
リーマン・ショック後、中長期的にリスク分析・評価しようという流れが世界的な潮流になりました。さらに金融安定理事会(Financial Stability Board:FSB)が、地球の平均気温が3℃上昇すると、想定不能なさまざまなリスクが起こる。気候変動は金融リスクだとはっきりと明示したわけです。
こうした世界的な潮流の中で、日本でも内閣府と金融庁、環境省の3省庁が旗振り役となり、サステナブルファイナンス、環境金融政策を進めています。要は儲かっていたら融資をする、投資をするという姿勢を是正しようという取り組みです。真っ先に取り組んだのが環境省です。2018年度から「環境配慮型融資促進利子補給事業」を始めました。これは環境貢献した企業が銀行からお金を借りる際、その利息を環境省が代わりに肩代わりしますよ、という事業です。
江田健二氏:座礁資産(環境変化による価値が毀損される資産)という金融リスクが顕在化した結果、石炭火力発電に対して企業年金ファンドなど海外の機関投資家たちが、ダイベストメント*1を進めています。また、これまでの中央集権型発電所から再エネにシフトし、分散発電にすることで、レジリエンス(復原力)に強い国や地域を作っていく時代になるのだと思っています。
今、世界中で200近くのブロックチェーンに関する実証事業が行われており、日本国内でも20近く行われています。その実証の中でもっとも注目されているのが、これまで一方向だった電気を双方向でやり取りしようとする場合、取引データの管理にブロックチェーンを活用するものが一つ。もう一つが、再エネ由来の環境価値をブロックチェーンで管理するというものです。
ブロックチェーンと非常に親和性が高いものとは、これまで計測しにくかったものや管理しづらかったものを計測・管理することです。誰かが管理しますといっても、「お前のことは信用できない」と言われてしまう。信頼性を担保するためにブロックチェーンは有効なんです。
計測しにくいものの一つにCO2の削減があります。CO2をどれだけ削減したのか、正確に計測・管理するサービスも出てくるはずです。
- *1 ダイベストメント:倫理的・道徳的にリスクのある株や債権などを手放すこと。インベストメント(投資)の反対
ブロックチェーンだからできること
平瀬氏:ブロックチェーンの本質とは、トレーサビリティだと思っています。電力であれば環境価値、私の領域でいうとSDGs貢献価値です。例えばある人が地域にどれだけいいインパクトを与えたのか。50与えたのか、100与えたのか、スコア化した時に、そこに嘘があるとすべてが崩れてしまいます。嘘を介在させないためには、トレーサビリティが必要であり、これこそブロックチェーンと相性がいいわけです。
環境価値も同じです。本当にそれが再エネ由来なのか。どこの太陽光パネルが創り出したものなのか。今はアナログで認証していますが、テクニカルに認証するというのが、ブロックチェーンの輝く場所だと思います。
江田氏:ブロックチェーン技術は初期段階のため賛否両論ありますが、5年、10年、20年経てば、インターネットのように当たり前のように誰もが使う。そういうテクノロジーだと思います。特にエネルギー業界での活用は加速するでしょう。
2019年からシステム会社のTIS社と北海道のINDETAIL社が事務局となり、北海道檜山郡厚沢部町で「ISOU PROJECT(イソウ・プロジェクト)」という実証実験をスタートさせました。この実証は、住民の移送サービスに使う電気自動車(EV)、現地に設置する地域通貨発券端末や乗車時に必要なスマートフォン向けアプリ、ICカードなどを無償で貸し出すとともに、厚沢部町の既存施設であるEV充電スタンドや太陽光パネルなどを活用して再生可能エネルギーを中心としたエネルギーの地産地消実現に向けた検証・検討を行うというものです。
エネルギー単体でのブロックチェーン実証が多い中、ブロックチェーン技術を使って、モビリティや地域通貨、そしてエネルギーの地産地消まで、いわば社会全体を統合して、人口減少などの社会問題を解決するような実証試験です。こうした事例が今後、増えていくことを期待しています。
EnergyShift:エネルギー業界は大きな転換期を迎えています。2030年代をどうイメージされていますか。
江田氏:太陽光パネルの価格低減が進む一方、フレキシブル太陽電池の技術開発の進捗によって、建物の窓などに貼って発電するなど、分散型電源の普及が加速すると思っています。さらに無線給電や蓄電池の技術やコスト低減も進み、さまざまな場所でより自由に電気を使える時代がくるでしょう。
例えば、2020年度から総務省が世界に先駆けて、空間伝送型ワイヤレス電力伝送の実証実験を始めます。空間型ワイヤレス給電の技術が確立されれば、屋内にある機器から電気を飛ばすことで、スマートフォンはもちろん、家庭内フルワイヤレスの充電ができます。同時にその人がどれだけ電気を使用したのかの把握も容易になり、ブロックチェーンで管理をして決済するという世界がきます。
非連続的な技術革新によって、今までにないハードウェアやウェアラブルデバイスが生まれてきます。みなさまと一緒になって分散電源を増やし、新たなビジネスモデルを作り、エネルギー業界を発展させたいと考えています。
(執筆:EnergyShift編集部 藤村朋弘)