電力ビジネスとは、どんなビジネスなのか。小売電気事業者の目線で戦略を立ててみる:学生・新入社員のための「電力ビジネス入門講座」 第1回 | EnergyShift

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電力ビジネスとは、どんなビジネスなのか。小売電気事業者の目線で戦略を立ててみる:学生・新入社員のための「電力ビジネス入門講座」 第1回

電力ビジネスとは、どんなビジネスなのか。小売電気事業者の目線で戦略を立ててみる:学生・新入社員のための「電力ビジネス入門講座」 第1回

2020年06月17日

2016年4月1日に電力の小売事業が全面自由化されて以来、誰もが電力会社を選ぶことができるようになった。一般消費者から見ると、たくさんの新しい小売電気事業者が登場したことがわかる。しかし電気も他の商品と同様に、「作って」「届ける」しくみが必要だ。電力業界で業務を続ける傍ら、電力系YouTuberとしても活躍する棚瀬啓介氏が、現代の電力ビジネスとはどのようなものか、わかりやすく解説する。

大学生に向けた電力ビジネス講座をはじめたわけ

新型コロナウイルスの影響で、今年(2020年)3月からは、ほとんどの学校が休校となり、大学生も例外ではなく、学業もままならない状況だ。

そんな状況の大学生に電力業界に携わる人間として何かできないかと考えた筆者は、エネルギーテック勉強会の有志(エナーバンク村中健一氏、X-Scientia藤瀬里紗氏、X-Scientia/信州大学の古山通久氏、ALI Energyの渡慶次道隆氏、電力系YouTuber「電気予報士なな子」として活躍中の伊藤菜々氏、学生の宮澤友理香氏、弁護士の加賀山皓氏)の協力を得て「オンラインTANASE大学 「勝手に」電力ビジネス科 電力ビジネス講座」を開催した。

講座は終了したが、受講できなかった学生や新入社員向けに、記録を残し、提供してはどうか、というEnergyShiftからの提案があった。そこで、何回かにわけて、講座の内容を紹介していきたい。

前述の通り、今回の講座のターゲットは大学生を想定した。学生の興味を引きつつ、電力業界に興味を持ってもらうために、「電力ビジネスを事例に、経営戦略やマーケティングの基礎を学べる」ような内容として企画した。また、他業界のオンライン講座と差別化するため、他の講座にはない以下の取り組みも追加した。

  • ①6日間の集中講座(他の講座は単発のものが多い)
  • ②受講生がビジネス分析を発表する参加型講座(他はウェビナー形式の一方的な講義が多い)
  • ③多様なITツールを駆使した柔軟なサポート(Zoomでのウェビナーのみという講座が多い)
    (Zoomチャット/Slack/Googleドライブを利用した資料共有など多層なサポート体制)

電力ビジネス講座の内容等については下記のとおり。短い時間の中でも大学生ができるだけ体系的に電力ビジネス分析ができる形で企画した。

スケジュールと各回テーマ

  • 5月2日(土) オリエンテーション編
  • 5月3日(日) 電力ビジネス入門編
  • 5月4日(月) 経営戦略編(PEST分析/3C分析)
  • 5月5日(火) マーケティング編(STP策定/4P策定)
  • 5月6日(水) プレゼンテーション準備(プレゼンター6名)
  • 5月8日(金) 電力ビジネス分析発表会

特に電力ビジネス分析にあたっては、関心のある電力会社を選択し、その企業の電力サービスのPEST分析/3C分析/STP分析/4P分析し、ビジネス企画を簡単に体験することで、基礎的なビジネス分析力を身に着けると同時に、電力ビジネスそのものに興味を持ってもらえるようにした。

電力ビジネスとはどんなビジネスなのか

まえがきが長くなったが、今回は講座の2回目、「電力ビジネス入門編」をお届けする。入門編なので、一部の人には物足りないかもしれないが、講座のメインは経営戦略やマーケティングにフォーカスしたものなので、電力ビジネスの詳細なしくみには踏み込まないことにした。

電力ビジネスは「発電(作って)」「送配電(運んで)」「小売(売る)」の3つに分けて理解すると分かりやすい。実際、電気事業のライセンスも「発電事業者」「送配電事業者」「小売電気事業者」の3つに分かれている。

とはいえ、一般的なビジネスと大きく異なる点もある。電力ビジネスの最も特徴的なことは「需要と供給をリアルタイムで一致させないと大規模停電リスク」となる点である。この点がさまざまな面で他のビジネスとは異なる側面を見せる。(最終的に送配電事業者がリアルタイムの同時同量の義務を負うが、小売電気事業者にも計画値同時同量(30分単位)のルールがある。)

では、3つのビジネスが具体的にどういうものなのかを、もっとも顧客に近い立場にある「小売電気事業者」の視点から解説していこう。

小売電気事業者目線で理解する「発電」ビジネス

発電ビジネスというのは、言葉の通り、電気をつくる事業者である。作った電気は、相対契約、ないしは卸電力市場を通じて、顧客に届けられる。発電所のほとんどは、関西電力などかつての大手電力会社(旧一般電気事業者とよばれる)が所有している。かつての東京電力と中部電力は、現在、発電事業を別会社(子会社)化している。この他にもJパワー(電源開発)のような大規模な発電会社がある。メガソーラーなど再生可能エネルギーの発電事業者は近年増加している。

小売電気事業者が電源を調達するには、①自社発電、②相対契約による調達、③常時バックアップ、④JEPX調達、⑤インバランス(ペナルティ)という5つの方法がある(インバランスは電源調達として不適切ではあるものの戦略的にインバランスを出している事業者も想定されることから追加した)。

小売電気事業者の目線で見るとき、最も大きなコストは、この「発電(電源調達)コスト」である。

2016年の電力小売全面自由化の影響で多くの小売電気事業者が新規参入してきたが、そのほとんどは発電所を持っていない。そのため、電力卸市場であるJEPX(日本卸電力取引所)から調達することも多くなり、結果としてJEPXの利用率が販売電力量の3割を超える規模にまで拡大した。

入門編として電力ビジネスにおける発電(電源調達)コストを考える上では、JEPX価格をメインで検討するのが分かりやすいので、今回はJEPX価格を中心に説明する。

発電(電源調達)コストは、供給している電力全体のコストの半分程度を占める。そのため、このコスト削減が競争力に大きく影響する。特にJEPXで調達する場合には、スポット市場・時間前市場があるのに加え、24時間、365日、30分単位で価格が設定されるため、「どの時間帯に電源を調達するか」で発電(電源調達)コストが大きく異なる。

一般的に、小売電気事業者は、電気を「売る」ときの1kWhあたりの価格について、何時でも同じとしている。したがって、夕方の市場価格が高い電気を買った場合、利益は少なくなるし、場合によっては赤字となることもある。

(参考)JEPXのスポット価格(JEPXホームページ 2020年5月23日受渡分より抜粋)

JEPX以外の電源調達についても簡単に説明する。

自社発電とは、関西電力など大手電力会社が一般的に行っているものだ。東京電力エナジーパートナーもグループ会社の東京電力フュエル&パワーから供給を受けている。

相対契約というのは、卸電力市場を通さずに電気を調達する方法だ。大きな工場の自家用発電機の余った電気などが、相対契約で取引されている。

常時バックアップは、(自社発電所がある)大手電力会社が、まだ競争力のない(自社発電所を持たない)新規参入の小売電気事業者に対し、公平な競争環境を整備するという視点から、24時間、安定した電気を安く販売するというしくみ(制度)だ。いわば、新規参入にアドバンテージを与えているというものである。

インバランスとは、電気を供給するにあたっての30分単位での需要とのバランスを一致させなかったときのペナルティの料金だ。一般的に卸電力価格より高いものとなるが、卸電力価格が高騰したときなどは、インバランスの料金の方が安くなることがあるため、場合によってはわざとインバランスにするということがある。

小売電気事業者の立場からは、相対契約とJEPX(卸電力市場)のそれぞれを上手に組み合わせて、電気の調達コストをいかに下げるかということが問われる。

発電・調達の次にコストがかかる「送配電」ビジネス

送配電事業とは、発電所で作った電気を需要地まで届けるビジネスだ。送電線や配電線だけではなく、変電所や電力メーターの管理などもこの事業に含まれる。電気事業の3つのライセンスのうち、送配電事業だけが自由化されていない。2020年4月1日以降、発送電分離が行われ、大手電力会社の送配電部門はすべて、別会社(子会社)化している。

小売事業者の目線で「送配電ビジネス」を見ると、発電(電源調達)コストの次に大きなコストとなるのが送配電網の利用料である「託送」コストである。自由化されていないため、10社の送配電会社がほぼ独占している。そのため、送配電会社が原価をもとに料金(託送料金)を決める、いわば規制料金となっている。

託送料金には、年間のピーク電力で決定する「基本料金部分」と、利用した電力量で決定する「電力量(従量)料金部分」がある(実量制の場合)。

電力量(従量)料金部分は、1単価プランと昼と夜で単価が異なる2単価プランがある。需要家ごとにどのプランを選択するかが小売電気事業者としては重要となる。

下記の表には、東京電力グループの送配電会社である東京電力パワーグリッドの料金表を例示した。

(参考)東京電力パワーグリッドの託送料金(東京電力ホームページより)

託送料金は送配電会社ごとに異なっているし、高圧(50kW以上の契約)、特別高圧(2,000kW以上の契約)でも異なっている。特別高圧の託送料金がもっとも低い。

「小売り」ビジネスには「発電・調達コスト」「託送コスト」の組み合わせが重要

これは一般的な小売りビジネスと同じで、小売電気事業は調達した電気をお客様に小売りする、ということだ。

とはいえ、電気の場合は需要と供給をつねに一致させておく必要があるので、需給管理は小売電気事業ならではのものといえる(もっとも、大半の小規模小売電気事業者は需給管理を外注している)。

小売電気事業者にとっては、上記「発電(電源調達)コスト」「託送コスト」がコストの大部分を占めるため、どうやってこのふたつのコストを抑えるかが重要な利益の源泉となってくる。

具体的に発電(電源調達)コストとして、JEPXの価格を見ると、下記のふたつの傾向が重視される。

  • (FIT)太陽光発電の影響により、昼間価格が安い
  • 平日と比較して、休日は需要が小さく、価格が安い

これらはこのまま続くと想定されるので、こうした傾向を踏まえた小売電気事業者目線の戦略策定が必要となる。

例えば調達コストでは、ボラティリティ(価格変動)のリスク回避や、平日夕方の調達コストを抑えるためには、相対取引の割合を増やす、といったことなどだ。

また、託送コストも、基本料金部分がピーク電力によって決定されることから、「ピーク電力を下げる」ソリューション等は小売電気事業者として重要となる。

特に消費者(お客様)目線で考えた場合、「電気料金の単価」が安いことよりも、「光熱費全体が下がる」ことが重要となってくる。ピーク電力を下げることは、(省エネとともに)電気の売り上げ自体を減らすことになるが、それでも前向きな取り組みが、これからの小売電気事業者に求められることだ。

実際の小売電気事業者は、付加価値も重視している

まずは、上記を踏まえて、小売電気事業者の「発電(電源調達)コスト」「託送コスト」についてどんな戦略なのかを分析・検討するとよいだろう。

なお、実際の小売電気事業は、「発電コスト」や「託送コスト」を管理するだけではなく、「ガス」や「通信」とのセット販売、再生可能エネルギーの割合、お客様に合った料金メニューの設定など、さまざまな形で付加価値をつけている。

特に再生可能エネルギーの割合、すなわちCO2排出量の少なさは、環境価値として一部の「グリーンコンシューマー」に選ばれている。

電力ビジネスの概要がイメージできたところで、次回は具体的な電力ビジネス分析をしていく。大手電力会社(旧一般電気事業者の小売部門)、大手都市ガス会社の小売電気事業、大手通信会社の小売電気事業(KDDI)、新規参入の小売電気事業の4社をサンプルに、筆者が独断と偏見で分析していきたい。

(続く)

*最初に紹介した伊藤菜々氏は、YouTubeのコンテンツの制作にあたって、グリーン電力証書というしくみを用いる形で、再エネの電気を使う予定でクラウドファンディングを実施した(6月1日に目標金額達成。7月よりYouTubeのCO2フリー配信予定)。

電力ビジネス講座動画

棚瀬啓介
棚瀬啓介

電力系YouTuber 兼 地域脱炭素YouTuber 2005年東京大学法学部卒業後、NTT西日本に入社し、通信制度関連業務に従事。2014年よりエネットにて低圧関連業務、2017年にNTTスマイルエナジーにてVPP関連業務、2019年には三菱UFJリースにて太陽光発電の第三者保有モデル(ソーラーPPA)関連業務に従事し、現在は通信系列のエネルギー事業会社にて電力関連業務をする傍ら、個人として電力系YouTuberとして情報発信など活動中。41歳。岐阜県出身。

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