イラクがイランから調達する電力の75%を削減-国内の発電力を急に増強できた理由とは | EnergyShift

脱炭素を面白く

EnergyShift(エナジーシフト)
EnergyShift(エナジーシフト)

イラクがイランから調達する電力の75%を削減-国内の発電力を急に増強できた理由とは

イラクがイランから調達する電力の75%を削減-国内の発電力を急に増強できた理由とは

2020年05月26日

日本は中東地域へのエネルギー資源の依存度は高い一方で、中東情勢についてはあまり知られていない。日々の生活に大きく関わるにもかかわらず、である。イランとイラクの間における、電力の輸出入に大きな変化があったこともまた、あまり知られていない。この中東の地政学上も興味が持たれるトピックについて、日本サスティナブル・エナジー株式会社の大野嘉久氏が解説する。

イラクとイランの深い歴史的関係

イラクとイランのつきあいは長い。現在のイラク人につながるカルデア人がバビロニア南部に部族統一国家を形成したのも、そしてイラン人がカスピ海沿岸でメディアを建国したのも、今からおよそ2,700年前の紀元前8世紀末。そののち、オリエント地域は鉄製の戦車や騎兵隊など先進の軍事力を持ったアッシリアによって支配され、民衆は圧政に苦しんでいた。しかし、イラン人(メディア)とイラク人(新バビロニア)は共闘して紀元前612年にアッシリアを滅ぼすことに成功。だが、そのわずか63年後の紀元前549年、同じイランのアケメネス朝ペルシアによって、新バビロニアが滅ぼされてしまう。

アッシリアの戦いの壁画

21世紀の現在でも両国は隣り合っているが、地図上に引かれた国境は民族あるいは宗教を明確に隔てるものではなく、第一次世界大戦中の1916年にイギリス・ロシア・フランス間で結ばれた秘密協定「サイクス=ピコ協定」においてオスマン帝国領を分割するために決められた線である。
そのため現在におけるイラクの人口比率はシーア派アラブ人が6割、スンニ派アラブ人が2割、そしてクルド人が2割となっており、民族と宗教が混在している。

またサダム・フセイン時代にはスンニ派が独占していた政府要職もイラク戦争後には各勢力に割り当てられており、大統領は共和国移行政府(2005年)以降にはクルド系が、首相は暫定政府(2004年)以降にはシーア派が就く。2006年に設置された国民議会の議長には一時期、第7代大統領のフアード・マアスーム(クルド系)が就任した例外を除き、一貫してスンニ派の就任が慣例となっている。

イラクはイランから多くの電力を輸入

イラクとイランとの深い関係は歴史的なものだけではない。1980年から8年間にわたるイラン・イラク戦争を経た現在でも、大統領がイランに近いシーア派のポストとなっているなど、両国は政治的に密接な関係にある。

イラクは、エネルギー面においてイランに大きく依存してきた。というのも、イラクは世界第5位の原油可採埋蔵量を誇る資源大国ながら、長年つづく戦乱や武装組織イスラム国(IS)による破壊活動のため多くのインフラ設備が破壊され、またメンテナンスも十分にできないため、需要を賄えるほどの電力を供給できない状況にあるからだ。

一方でイランは、アフガニスタンやパキスタンなど周辺諸国に電力を供給する中東のパワーセンターのような存在になっている。イラクに送電する余力も技術も十分に持っているため、イランは送電線経由での1,200MWの電力と3,300MW相当の発電用天然ガスをイラクに送っている。電力不足に苦しむイラクは約4,500MWの電力をイランのおかげで確保しており、本来なら頭が上がらないはずである。

ただし、電力やガスをイランから輸入することは米国によるイランへの経済制裁の対象となっており、本来は禁じられている。そこで米国政府は「イランへの依存度を下げる対策を練るための一時的な特例措置」として45日、または90日あるいは120日など、少しずつ除外を認めてきた。
つまり米国はこれまでイランがイラクに電力・天然ガスを輸出することを実質的に黙認してきたわけである。

とはいえ、イランがイラクに販売する(発電用を含む)天然ガスの価格は国際相場よりも高く設定されているらしく、“シーア派のイラク国民が意図的にイランを儲けさせている”との見方まで浮上しており、イラク政府としては国内における発電力で、全ての需要を賄う体制を早期に完成させたいと願っていたであろう。

そんななか、2020年4月20日付の政府系新聞“Al-Sabah”での発表があった。
「イラク国内の発電設備は(イランからの電力・天然ガス輸入分を除いても)13,400MWにまで増強できた。その結果、イランから調達する電力と天然ガスを75%、削減することができた」。イラクのエネルギー省のこの発表は、関係者を驚かせた。

(筆者注:米エネルギー情報局の統計によるとイラクの国内発電設備容量は2017年時点で32,630MWとされており、今回のイラク政府の発表とは大きく異なっているが、戦時下にある国のデータなので正確さに欠ける点は仕方ないと思われる)。

イラクが急に自前の電力を増やせた理由は?

もともと4,500MW相当あった輸入量を75%減らしたとなると、およそ3,375MWを新規に建設するか、あるいは修復するしかない。ところがイラクは国家収入の95%を石油の輸出によって得ており、さらにイラク戦争で政権転覆された後のイラク政府は、石油輸出収入の全てを米国ニューヨーク連邦準備銀行の口座に預けることが決められていたため、米国に知られずに巨額の投資などできるはずがない。

ここで考えられるのが中国資本である。

というのも、2019年9月20日のイラクのメディア「Kurdistan 24」の報道によると、イラクのアブドルマハディ首相は同年9月19日に55人もの要人を連れて中国を訪問し、習近平国家主席と会談。席上では電力や水などインフラ設備建設の枠組みを構築することで中国輸出信用保険公司とイラク財務省が合意に至った(ただし3,000MW以上もの天然ガス火力発電設備を半年で稼働させるのは困難なので、建設は合意の前から進めていたのではないだろうか)。

イラク・アブドルマハディ首相の中国訪問を報じるKurdistan 24のツイート

中国が進めている現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」の一環として両国は結びつきを深めており、中国がイラクに武器を売る一方、同時にイラクは中国の“シルクロード経済圏構想(一帯一路構想)”へ署名。
2020年1月6日にはイラク政府が中国への石油輸出を従来の3倍に増やすことをアブドルマハディ首相が発表した。

このアブドルマハディ首相はシーア派だが2014年から2016年にはイラク石油相も務めており、彼が中国による発電設備の投資を実現した立役者になった、と考えても良いだろう。したがって中国は今後、確実にイラクを経済的に掌握できることになる。(その後、2019年12月3日に首相を辞任。2020年5月8日にムスタファー・カーズィミー氏が暫定首相となった)。

20世紀には英国が外交力で、そして米国が軍事力でイラクを翻弄してきたが、21世紀には中国が経済力で再びイラクを支配する。ただしイラクは中東の盟主としてイランとの結びつきも同時に深めてゆくことになるので、2,700年も続いているイラクとイランの関係はまだまだ終わりそうにない。

参照

大野嘉久
大野嘉久

経済産業省、NEDO、総合電機メーカー、石油化学品メーカーなどを経て国連・世界銀行のエネルギー組織GVEPの日本代表となったのち、日本サスティナブル・エナジー株式会社 代表取締役、認定NPO法人 ファーストアクセス( http://www.hydro-net.org/ )理事長、一般財団法人 日本エネルギー経済研究所元客員研究員。東大院卒。

エネルギーの最新記事