化石燃料に代わるクリーンな燃料として期待されているのが水素(H2)だ。しかし、再生可能エネルギーの電力による電気分解で製造していくと、大幅な低コスト化は難しいという指摘もある。イスラエルのベンチャー企業H2Proは、高効率低コストの水素製造技術の開発を進めている。どのような技術なのか、YSエネルギー・リサーチ代表である山藤泰氏が解説する。
連載:世界の再エネ事情
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昨年(2020)10月、菅総理は所信表明の中で、日本は2050年迄に温室効果ガスの排出を全体として実質ゼロにする、すなわち、脱炭素社会の実現を目指すと表明した。
その後、この政策目標実現に向けた具体的な施策が経済産業省から示されたが、その内容を見ると、脱炭素社会の実現には大きな壁があると思わせる数字が幾つも出ている。
水素の低コスト化がまず必要で、それには、供給側で安価な製造をし、大量に製造・輸送するためのサプライチェーンを構築し、消費側では燃料電池自動車に留まらず、産業規模の大規模な発電をすることが条件として示されている。
具体的な数字も示されていて、水素の製造量は、2017年時点で0.02万トン、2020年段階で0.4万トンであるものを、2030年頃には30万トン、その後には1,000万トン+αと急上昇し、コストは、現状の100円/Nm3(注入ステーション価格)を、2030年にはその3分の1以下の30円に、将来的には5分の一以下の20円にするとしている。
30万トンは発電容量で100万kWほどに相当し、発電単価は17円/kWhになる。これが1,000万トンになると発電規模30GW、発電単価は12円/kWhが示されている。
水素の製造としてもっとも好ましいのは、再生可能エネルギーで発電した直流電力で水を電気分解する方式だろうが、水の電気分解で上に示されたほどのコストダウンは無理ではないかと思っていた。
だが、それに対応することのできる水の電気分解技術がイスラエルで開発され、まだ研究室レベルの設備規模ではあるが、電解コストを大きく引き下げることができる、という情報が入ってきた。
それによると、これまでになかった水の電気分解方式であり、必要な電力消費量を大幅に削減でき、分解コストを下げることができるということだ。
この新技術を開発したのはイスラエルのベンチャー、H2Pro。ビル・ゲイツ財団のスタートアップ支援を受け、住友商事も参画している。
同社は自社の水電解方式をE-TAC方式と称しているが、この方式が水の電解効率を上げることができる中核部分は、電気分解で水素ガスと酸素ガスが同時に作られるこれまでの方式とは異なり、まず水素を作り、その後加熱するプロセスで酸素を発生させるという二段階方式になっているというものだ。
下図で示されているように、直流電圧がかかっているCathode(陰極)から水素が発生するのはこれまでと同じだが、Anode(陽極)に酸素ガスは発生せず、Anodeの素材であるNi(OH)2がNiOOHに変わる反応が起こる。
この変化が終わった段階で直流の供給は停止され、続いて、電解液を95℃にして注入すると、前の工程でNiOOHになった陽極素材が元のNi(OH)2に戻り、その時に発生する余剰酸素がガス体となって放出される。この時に電気を供給する必要はなく、熱だけで酸素ガスが発生する。
H2Proの説明によると、これまでの水電解方式のエネルギー効率が70%であるのに対し、新方式の効率は95%になるということだ。
このE-TAC方式は、低廉で安全、容量の拡張が容易で、高圧で作動するとし、2023年頃には、水素1キログラムあたり2USドル以下で供給でき、再生可能エネルギーからの電力コストの低下も勘案すると、今世紀末までには1ドル以下という、世界でも最低のコストでグリーン水素を量産できるようになると主張している。
a : これまでの水電解方式:発生する水素と酸素が混合しないようにイオンだけ通過できる電解質膜で分離されている。この電解質膜のコストも高い。
b : H2ProのE-TAC方式:電解質膜の必要がなく、コストを下げる一つの要因。電解液には微量のコバルトが混入され、Step1で酸素の発生を抑制している。水素が発生する段階の電解液の温度は25度。Step2では温度が95度になる。酸素の発生する部分はスポンジ状の水酸化ニッケルで、電気と酸素が通りやすくなっている。
現時点で天然ガスをスチーム・リフォーミング(水蒸気改質)によって水素を作るコストは1~1.8USドル/kg(0.09~0.16USドル/Nm3)だが、その製造過程でCO2が排出されるのを避けられない。
それに対し、H2Proの新方式E-TACは基本的に水の電気分解だから、それに注入される電力がどのような発電方式によるかによって、CO2の排出量が決まることになる。また、投入される電力量が変動しても作動できるため、変動性再エネ電力の利用にも適しているとされる。
現時点でH2Proは2,200万USドルの投資を確保しているが、1日に100gほどの水素を造れる規模の設備があるだけだ。間もなく日産1㎏の設備を作る計画になっているが、この後に続く生産規模拡大の成否が、実際の事業化に入れるかどうかを決めることになる。
先行している競合水素生産事業者を凌駕する実績が出せるかどうかは、もう少し時間を要する課題となる。望むらくは、投資家の期待に応えた実績を早く示せるようになってほしいものだ。
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