京都大学 安田陽特任教授に聞く(2) 前編はこちら
前回の蓄電池に続いて、京都大学大学院経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座の安田 陽 特任教授に、「FIT」、「系統制約」、「ノンファーム」などをキーワードに、日本の再生可能エネルギーの推進と電力市場が抱える問題について聞いた。
再生可能エネルギー(再エネ)普及のために、「太陽光」「風力」「水力」「地熱」「バイオマス」のいずれかで発電した全電力量を、一般送配電事業者が一定価格で一定期間買い取る「FIT(固定価格買取制度)」という制度があります。この制度によって、再エネに参入してから10〜20年間は安泰のように思われます。そのため、再エネの発電事業者は優遇されていると考える人もいることでしょう。もちろん、再エネ電源への補助は、現在「市場の失敗」の状態にあり市場が歪んでいるエネルギー産業を改善するため必要なものです。しかし私は、この制度は、再エネ発電事業者にとっても決して甘いものではなく、「冷たい水に飛び込んでください!」といっているような厳しいものだと思っています。
電力はすべて買い取ってもらえるといっても、初期投資に補助金がポンと支払われるケースと違い、発電して電力を売り続けなければ、発電設備建設にかかったコストを回収することも、さらに事業として利益を上げることもできないからです。そこに至るまでには5年~10年はかかります。発電を開始してから発電所の撤去までの最後の最後までに、一度でも事故などで発電設備に大きな損害が出れば、収益に甚大な影響を来たします。つまり発電継続に失敗したら、そこから先の買取価格は支払われない。これは「いまから冷たい水に飛び込んでください。無事向こう岸まで渡ったらいいことがありますが、途中で沈んでも知りません」と言われているのと同じことなのです。メディアや一般国民も、そして一部の事業者もこの点を大きく勘違いしています。
冷たい制度ではありますが、一方でよくできたシステムだとも思っています。再エネに参入するには、関連する法令・制度に従いながら、定期的にメンテナンスをして設備を維持し、発電を続ける "覚悟" が必要で、発電所を閉鎖するまで気の抜けない商売だということを暗に示しているからです。
発電事業者は、儲けていいのです。その代わり、発電事業を継続し事故や周辺住民とのトラブルもなく優良な事業者であることが条件です。
FITが始まってすでに7年ですが、こうした実情が理解されていないのは、これまで日本語で良い理論書がなかったからだと言えるでしょう。そこで、遅ればせながら2009年に出版された英語の本を翻訳して、この11月に京都大学学術出版会から出版する予定です(『再生可能エネルギーと固定価格買取制度(FIT)』)。
今年(2019年)5月に、東京電力パワーグリッド(PG)が、「千葉方面における再生可能エネルギーの効率的な導入拡大に向けた『試行的な取り組み』について」というプレスリリースを出しました*。千葉方面の電力系統は、基幹系統の制約から「空容量ゼロ」と公表され、今後、再エネの効率的な導入の拡大は困難な状況でした。その打開策として「試行的な取り組み」が行われました。
端的にいうと送電線の詳細シミュレーションを行い、その結果として、まだ十分「空容量」があると判断したのです。注目すべき点は、「持続曲線(デュレーションカーブ)」と呼ばれるグラフがこの説明の際に用いられたことです。
横軸の8,760時間とは、1日24時間を365日間積み上げた1年間の時間です。実際の1年間の送電線の潮流の波形を表示すると図1のようになりますが、この波形の各点(8,760個)を降順にソーティングして高い値から低い値に並べると図2のグラフのようになります。このようなグラフが提示されるということは、送電線の1年間の利用状況を詳細にシミュレーションした、つまり「動的解析(ダイナミックシミュレーション)」をやったことになります。
逆に、もし持続曲線が提示されず、「最過酷断面」という言葉が使われたら要注意です。最過酷断面とは、電力系統が最も過酷な状態になる時間断面を基に「静的に」計算するときに出てくる言葉ですが、これは端的に言うと、コンピュータが非力で詳細な動的解析ができなかった昭和時代の考え方に過ぎません。これまでは、このような簡易計算によって過剰な余裕度を含めて「空容量」が決めてられていました。東京電力PGの「試行的取り組み」は、従来の方法で「空容量ゼロ」と一反判断された送電線を、改めてコンピュータで24時間365日の詳細計算(動的解析)をすると、実は空容量が確保できることがわかったわけです。空容量の算定にこのような詳細計算が行われたことが、今回の「試行的取り組み」が画期的な点と言えます。
しかし、欧米では10〜20年も前からこうしたことが行われています。特にアメリカでは、1996年に出された「オーダー888」という規制文書に、電力の動的解析の重要性が記載されているほどです。
去年(2018年)10月には九州電力が、はじめて再エネの出力抑制を行いました。出力抑制自体は悪いことではないですが、いくつか気になったことがありました。
まず、電力市場価格がマイナスとはいわないまでも、現在のシステム上の最低価格である0.1円/kWhまで下がらなかった時間帯があったことです。出力抑制を行ったということは、そのエリアで電力余りが発生しているのです。この場合、本来適切に設計された電力市場では、市場価格はマイナス(ネガティブプライス)になります。しかし、そうはならなかった。電力市場が健全に機能していない証拠ともいえます。
また、もうひとつの問題点は、出力抑制をするかどうかを2日前に判断していることです。これは、傘を持っていくかどうかを2日前の天気予報で決めているようなものです。ドイツなどは、実供給の5分前でも日中市場への入札(出力変更)が可能なのに、です。IT立国ジャパンを標榜するのであれば、本来、そのような情報技術を活かす市場設計の力を発揮すべきところではないでしょうか。
この2点については、電力・ガス取引監視等委員会も指摘していますので、早晩改善されると思いますが、現状では大きな問題です。
日本でこのような系統連系の問題が次々に起こるのは、電力市場が成熟していないからです。さらに問題なのは、市場プレーヤー、特に新規参入者の方々で適切な市場設計とはどうあるべきかに関心を持つ人がまだまだ少ないからだと思っています。再エネ導入率が全体の総発電電力量の20%に満たない現段階では、系統連系問題は技術的問題ではなく、制度設計や運用レベルで十分解決できることが多いからです。
では、健全な運用を促す「市場」とはどうあるべきでしょうか。いちばん重要なのは、透明性と非差別性です。それが守られていない例を一つ上げましょう。日本では「ノンファーム」という用語がにわかに脚光を浴びており、「日本版コネクト&マネージ」の一つの手法として「良い意味」で捉えている人も多いと思いますが、その反意語であるFirm(ファーム)という言葉をご存知でしょうか。「確定型」という意味の英語で、アメリカの電力取引市場では系統利用者が「ファーム」を選択すれば、必ず送電してもらえるものの、送電混雑が発生した場合は混雑費用を負担しなければならないという契約形態のことを指します。
一方、「ノンファーム」は「非確定型」を意味し、送電混雑が発生した場合は送電してもらえませんが、混雑費用を負担しなくてもよい契約形態です。発電事業者は、自分の発電施設の立地や規模などに合わせてどちらかを選んでもよいですし、いつでも変更可能です。
日本でも最近日本型コネクト&マネージの一つの手法として「ノンファーム」という用語を聞くようになりましたが、オリジナルの発想とだいぶ意味が違います。従来の発電事業者はファーム、新規参入者はノンファームとあらかじめ決められ、市場プレーヤーは自ら選択することができません。また、送電混雑が起こった際に、新規参入者の方から売電が止められる仕組みになっています。これは市場参加の機会均等に反しているばかりか、新規事業者や新規テクノロジーの参入を阻害し、日本の再エネ導入に大きな支障を与えかねません。
このような情報に関して日本語で書かれた資料は非常に少ないのですが、今度出版する本に詳しく書きましたので、よければお読み下さい(安田陽:『世界の再生可能エネルギーと電力システム 〜系統連系編』 インプレスR&D, 2019年11月発売予定)。上記の東京電力PGの「試行的な取り組み」は従来の古い考え方に比較すれば素晴らしい効果をあげると期待されますが、それでもまだ、市場の非差別性という観点からは完成形ではなく、その先の議論があるということを多くの市場プレーヤーが認識することが重要です。
現状、日本の電力市場は未成熟で完全ではありません。特に細かい表層的なルールばかりが議論され、透明性や非差別性という重要な概念が後回しになっているような気がします。日本の事情をよく知っている海外の専門家は「日本に依然として、系統連系の問題があるということわかります。同じことはヨーロッパでもありました」と言うでしょう。ただし、「10年以上も前の話ですが」と。 再エネという新規テクロノジーを導入するには市場の透明性や非差別性が重要であり、その観点からの日本の電力市場の整備が急務なのです。
*千葉方面における再生可能エネルギーの効率的な導入拡大に向けた「試行的な取り組み」について(取材:藤本健 執筆:池田亜希子 撮影:寺川真嗣)
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