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新しいエネルギーの世界には「CDO」が必要だ 鍋島勢理 CDO Club Japan

新しいエネルギーの世界には「CDO」が必要だ CDO Club Japan 鍋島勢理氏に聞く

2019年07月09日

CDO Club Japan 鍋島勢理氏に聞く

CDO(Chief Digital Officer=最高デジタル責任者/ Chief Data Officer=最高データ責任者)と呼ばれる人たちが世界的に注目されている。経営陣の意思決定にデジタルと消費者データ、双方の動向を横断的に取り入れる新しい領域の統括責任者で、日本にはまだ50人ほどしかいないとされる。
CDO Club Japanは、2017年に日本でのCDOの育成と認知度の促進を目的に設立された。理事の一人である鍋島勢理さんは、特に、電力・エネルギー業界におけるCDOの重要性を理解し、同業界にデジタルの新風を吹き込もうと奮闘している。彼女がCDOの育成に力を入れる理由と、CDOによってもたらされる電力業界のデジタル変革について聞いた。

きっかけは3.11 「電力・エネルギーについて話そう」

皆さんは、日常的に電力やエネルギーについて考えたり、誰かと話したりするでしょうか。日本の場合、特に若い人たちの間では、政治や経済に関することを話すのは倦厭されているようですが、私はこの状況を変えたいと、大学に入った頃からずっと思い続けています。

2011年3月の東日本大震災と、それが引き金で起こった一連のエネルギー問題は、当時学生であった私に大きな衝撃を与えました。これまで大きな問題もなく推進されていた原子力発電の是非が問われ、人々の意見は賛成派と反対派に真っ二つに分かれました。人は立場によってこうも考え方が違うのかと大変驚きました。

その後、イギリスに留学し、日本ではどうしても煙たがれてしまうような風潮がある政治やエネルギーに関するテーマについて、学生たちが日常的に話している姿を見て、世界と日本の違いを大きく認識し、エネルギー問題は国の根幹に関わるものですから、本来は誰にとっても“興味がない”と言って済まされることではないと強く感じました。

イギリス留学で感じた 電力業界に迫るデジタル化の波

エネルギー政策について学ぶためのより良い環境を求めて、英国ロンドン大学University College London大学院に進学しました。学んだことは主に二つあります。一つは、国民にCO2の排出削減に取り組んでもらうなど、エネルギー問題に対して行動を起こしてもらうにはどうしたらいいかを行動経済学的な視点から考察すること。もう一つが、現在の仕事につながる、IT(デジタル)が電力業界にもたらす変革についてです。

2016年当時、イギリスでは2020年の全戸設置をめざして、スマートメーターの導入が始まっていました。イギリスでは、電力小売業者に設置を義務付けたことで着々と進んでいました。「電力使用量を容易に把握できる」「人件費を削減できる」など、電力会社にとってのメリットも大きいですが、スマートメーターの導入に併せて、卓上ディスプレイの設置を義務付けたことで、消費者が電力使用量をモニターできるようになりつつありました。この“使った電力の見える化”は、消費者の自発的な省エネ行動につながると期待されています。

導入が進めば、スマートメーター自体やそこから得られるデータを戦略的に活用して、新たなベネフィットを生みだす段階に移っていくことでしょう。こうした電力・エネルギー政策が、電力会社だけでなく政府やアカデミアなどの協力も得ながら、国全体として推進されている点が印象的でした。私は、こうしてイギリスの電力業界に迫ろうとしていたデジタル化の波を感じることができたのです。

帰国後は、大学院で学んだことを活かして、東京電力ホールディングスの国際室で欧州の電力事情の分析調査などを行っていました。しかし自らが中心となって情報を発信する仕事をしたいと東電を辞め、現在はCDO Club Japanで人材育成や情報発信を行っています。

電力・エネルギー業界に新風を吹き込むCDO人材

CDOをデジタル人材だと説明すると、コードが書ける人だと勘違いされることがありますが、そうではありません。プログラマーのようなコードが書ける人も、データを収集・管理・分析する人も重要なデジタル人材ですが、私たちがCDOと呼ぶのは、デジタルやデータから新しいビジネスモデルを導き出し、つくっていく人たちです。

つまり世の中の潮流や社会構造の変化など、入手したデータから課題を見極め、その解決に必要な技術(デジタルを含む)や人を巻き込みながら進むことのできる人です。そのためにも、CDOにはデータサイエンティストであると同時に、人々の納得や理解を得られる“人間力”や“コミュニケーション力”が欠かせません。

活躍の場はあらゆる業界にわたります。AI、IoTはもちろん、小売、エンターテイメント、モバイル、金融、各種プラットフォーム、モビリティ、eコマース、もちろんエネルギー業界も。私たちが開催するイベントにも、さまざまな業界のCDOが集まり、CDOの在り方を議論したり、情報交換をしたりしています。

電力・エネルギー業界は、2016年の電力小売全面自由化や、2020年に迫った送配電部門の分社化、そこにSDGsといった新しい文脈が加って再生可能エネルギーの導入がますます進むなど、特に大きく変わろうとしています。

こうした状況で、エネルギー業界のCDOに求められる役割はより高度に、より重要になっています。実際、海外大手電力会社のCDOは現状に強い危機感を持っており、既存事業の効率化や生産性倍増だけでなく、自分たちで新規事業を立ち上げようと試みています。

このような業界の大きなうねりは、古い体制を崩壊させ、ビジネスチャンスを生み、エネルギーテックなど新たなプレーヤーの参入が生まれます。電力業界は、これから、ダイナミックに変わっていく業界の一つなのです。

自らの目で世界を見て、さらなる情報提供をめざす

5月には、ニューヨークで行われたCDOサミットで、「日本のCDO人口は着実に増えており、デジタルトランスフォーメーション(DX)も急速に成長している」と講演しました。イスラエルのテルアビブでも講演を行いました。テルアビブの反応は、ニューヨークに比べて日本のマーケットに興味を持っているように感じられました。

このように世界のデジタルへの変革の状況を肌で感じていると、逆に日本のことが見えてきます。社会的に成熟していながら、これほど多くの大企業があって、しかもそれらがグローバルに展開している国は日本のほかにありません。これは日本の強みで、スタートアップ企業ばかりのイスラエルのCDOが、日本企業と事業のコラボレーションをしたいと考える動機になっているのでしょう。

電力・エネルギー業界については個人的にも特に興味があるので、引き続き同業界のCDOの取材を続け、その動向を掴みたいと考えています。そして今はCDOのプラットフォームづくりが中心のCDO Club Japanの活動を、業務上のアドバイスを提供するなど付加価値の高いものにしていきたいと考えています。

最後に、もう一度、若い人たちにぜひ電力・エネルギーに興味を持ってほしいと伝えたい。

電力・エネルギーを社会問題と捉えると近寄りがたいですが、状況は変わってきています。

企業にとって今はビジネスチャンスであり、個人にとってはスマートメーターの設置や電力小売全面自由化によって自分事と捉えられるようになっています。海外との関係や関連テクノロジー、国家戦略、消費者のエクスペリエンスといった見方をすれば、エネルギーは旧態依然とした産業では決してなく、むしろより活発な、ダイナミックで面白い面が見えてくると思います。

日本の電力・エネルギー業界だけを見ると、いまだに変化を受け入れにくい体質のままに見えるのも事実です。この膠着状態がいつ何によって破られるのか、そうはならないのか、興味深いところですが、そのキーファクターの一つがデータであり、テックであることは疑う余地がないと思います。

取材・記事執筆:池田亜希子(サイテック ・コミュニケーションズ) 撮影:寺川真嗣
鍋島勢理
鍋島勢理

一般社団法人CDO Club Japan 理事、海外事業ディレクター、広報官 2015年に青山学院大学を卒業。在学中、東日本大震災をきっかけに、電力・エネルギー分野に興味をもつように。英国ロンドン大学University College London大学院にて地政学、エネルギー政策を学ぶ。現在は、CDO Club Japanの理事の一人として、関連イベントの開催や参加、世界のCDOの紹介を通じて、日本におけるCDOの育成や認知度を上げる活動を行っている。

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