東京工業大学の柏木孝夫特命教授は、同大学の先進エネルギー国際研究センターのセンター長として、また、経済産業省総合資源エネルギー調査会基本政策分科会委員など数多くの委員として、10年間にわたり大手エネルギー事業者のイノベーションを推進してきた。次の時代に向けて、官民一体となったエネルギー事業の研究開発はどの方向に向かうのか。IoE(Internet of Energy)はどのように進化していくのか。引き続き、柏木教授に話をおうかがいした。
NTTグループ・エネルギー事業再編のインパクト
―配電事業の免許制の導入に関連して、NTTグループはエネルギー事業の再編を行いました。これに対する評価をお願いします。
柏木孝夫氏:NTTグループはNTTアノードエナジーを設立し、エネルギー事業を再編しました。グループとしてスマートエネルギー事業を取り組んでいくにあたって、それを担う会社ということです。NTTアノードエナジーの社長に就任した井伊基之さんは、NTTホールディングスの副社長で技術戦略担当です。江戸幕府の井伊大老の直系の方だときいています。
NTTアノードエナジーは、新電力のエネットを子会社として取り込みました。同じく子会社となったNTTスマイルエナジー、NTTアーバンソリューションズの子会社となったNTTファシリティーズとともに、NTTのスマートエネルギー事業を担っていくのだと思います。
日本経済新聞はNTTグループが自営線事業に6,000億円投資という記事を掲載しました。この記事の真偽のほどはともかくとして、NTTグループとしては配電事業を視野に入れているといえるでしょう。
NTTグループは電話線を整備するために、マンホールの下の洞道を整備してきました。電話線は今でこそ、光ファイバーになっていますが、かつては金属の通信線でした。こうした経験があるため、地域によっては配電事業に参入しやすい条件を持っています。
同時に、洞道は電話料金を利用して整備してきたものですから、そこを開放していくという意味あいもあるでしょう。地域の配電事業者が洞道を使って配電事業を行う可能性もあります。
そうなると、配電事業を行うにあたって、選択肢が広がります。電力会社の配電線、自営線、NTTの配電線ということです。そこにスマートエネルギー事業が加わることで、真の地産地消を実現するマイクログリッドの配電事業者が登場することになるでしょう。
マイクログリッド化するエネルギー事業
―NTTグループの参入によって、スマートエネルギー事業の競争が進み、様々な成果が期待できるのでしょうか。
柏木氏:NTTグループも公益事業者です。それが配電事業者として参入するインパクトは大きなものがあります。
さまざまな事業者の参入によって、再エネやコージェネレーションが調整電力としても運用されるようになり、蓄電池も面的利用で使われるようになる。2020年にはこうした事業が一斉に花開くと思います。
行政も立法も、第5次エネルギー基本計画にあるように、再エネを主力電源化するためにバックアップするでしょう。
しかし、追い風ばかりではありません。FITの買い取り総額は4兆円といわれていますが、すでにかなり使っています。今後、洋上風力がFITの対象として拡大していきますが、それも入札での対応になるでしょう。
太陽光発電など安価になった再エネはFIPになるでしょう。電気料金に付加された賦課金は目的税に近いものですが、これを抑制する方向に動いています。
こうした再エネにとって逆風もある中で、主力電源化を達成していくことになります。やはり配電などの系統連系を合理的に運用していくことで、少ない国民負担で再エネを拡大させることができます。
配電線の開放については、経済産業省はよく踏み込んだと思います。これに関しては、資源エネルギー庁において、省エネルギー新エネルギー部と電力・ガス事業部が連携して行っており、そうした点でも期待できると思います。まさに、電力システム改革における大技がかけられようとしています。
スマート化・デジタル化・レジリエンスに不可欠なIoE
―スマートエネルギー事業を支える技術として、IoE(Internet of Energy)が注目されています。
柏木氏:IoEについては、政府のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)に基づいて進めています。5年間の実証を通じて社会に実装していくということでは、スピーディさが求められるため、多少きゅうくつさがあり、のびのびとできないという不満はあるのですが。
プログラムには、発光ダイオードからワイヤレス給電などのパワーエレクトロニクスまでさまざまな技術が含まれています。
そうした中にあって、私はSDRとよんでいるものを推進しています。これは、スマート化(Smart)、デジタル化(Digital)、レジリエンス(Resilience・回復力)の3つの頭文字をとったものです。
エネルギーのスマート化にあたっては、例えばDR(Demand Response)もきめ細かな上げ下げが求められます。そのためには、デマンドサイドのデジタル化が不可欠です。
パワエレの技術を導入し、分散型エネルギーを活用していく。その先にマイクログリッド化・オフグリッド化していく。このことがレジリエンスの強化につながる、ということです。
IoEの実証は2年がすぎ、今年(2020年)は3年目になります。ワイヤレスによる走行給電が行われれば蓄電池は小さくて済みますし、そういったさまざまな開発と実証を5年目に向けて進めています。
脱炭素はエネルギーミックスで考える
―さらにその先に、水素エネルギーへの期待もあると思います。
柏木氏:水素は2030年以降、重要性が増すと思います。
エネルギーの貯蔵にあたって、長期的に大容量を貯蔵するしくみは、蓄電池よりも水素での貯蔵に優位性があります。一方、日本には燃料電池の技術もあります。
将来をひとつのエネルギー技術に頼ることはありませんし、エネルギーシステムはむしろ複雑系として動いていくものだと思います。そうした中にあって、地域ごとに地域にマッチしたエネルギーを使っていくことになるでしょう。
―多様な技術が開発される一方で、再エネの限界コストはゼロに近づきます。そうすると再エネへの投資が滞ることが懸念されます。
柏木氏:限界コストゼロに近づいてしまうと、投資案件として魅力的ではなくなります。ですから、逆にどこかで限界コストは下げ止まると思っています。そうしないと、投資効果がありません。
RE100の企業に代表されるような再エネ需要家のニーズを満たすためには、再エネ発電事業者が必要です。自家消費用の太陽光発電への投資ができない工場などもあるでしょう。そうしたときに、太陽光発電の開発が必要となる。そのような需要は常にあるので、下げ止まると考えられます。
一方、太陽光発電には、急な天気の変化などによる、供給途絶リスクがあります。これをカバーするのが、天然ガスコージェネレーションや天然ガス発電所です。もちろん、これらはガス代がかかります。つまり、太陽光発電は調整力が必要な電源であるため、そのコストがかかるということです。
こうした調整力が適切に運用できるようにしなければいけません。その意味では、電力広域的運営推進機関(OCCTO)の役割は、大きくなっていくとも思います。多様な再エネと天然ガス発電などの調整力のある電源、こうした、多様なエネルギーをバランス良く使うことで、エネルギーが安定して供給されるようになります。
エネルギーは二者択一ではなく、最適なエネルギーミックスが必要です。
全世界の発電量をみると、まだ4割が石炭です。2割が天然ガスと水力、残りを原子力と再エネが1割ずつ。まだまだ高炭素社会というのが実情です。
こうしたエネルギーミックスのメリットをうまく取り込みながら、脱炭素化していくというのが、これからのエネルギーシステムの方向です。
―ところで、柏木先生がセンター長をつとめる、先進エネルギー国際研究(AES)センターは、設立後10年が経過しました。さまざまな成果を上げてきたと思います。今後、どのように展開するのでしょうか。
柏木氏:AESセンターは、民間企業6社との共同研究という形で10年間やってきました。主要なエネルギー企業から研究資金の提供を受けて、エネルギーの面的利用や脱炭素化、スマートエネルギーの技術開発や自治体との連携なども行い、成果をあげてきました。
センターの事業は延長が決まっています。名称を先進的エネルギーソリューション研究センターに改称する予定です。研究の出口は、優れたプロジェクトをつくりだすことです。それがエネルギーの地産地消モデルということになります。引き続き、民間企業と連携し、より確かな成果を上げていきたいと思います。
(取材・執筆:EnergyShift編集部 本橋恵一)