激動する欧州エネルギー市場・最前線からの報告 第27回
コロナ危機の影響で、ドイツでも電力需要が減少する一方、再生可能エネルギーは順調に発電し、発電量のシェアを拡大している。こうした傾向は、コロナ危機以降続くのだろうか。一方、化石燃料、とりわけ褐炭・石炭発電はどのような道をたどるのか。ドイツ在住のジャーナリスト、熊谷徹氏がレポートする。
FISEと電力業界が発表する「発電比率」の違い
ドイツではエネルギー・ポートフォリオの転換が着々と進んでいる。
フラウンホーファー・太陽エネルギーシステム研究所(FISE)は、2020年7月1日に「2020年上半期には、ドイツの発電比率(メーカーなどの自家発電を除く)に再生可能エネルギーが占める比率が55.8%に達した」と発表した。
FISEによると、今年上半期のドイツでの発電量は243.75TWhだったが、この内55.8%にあたる136.13TWhが自然エネルギーによるものだった。これは2019年上半期の再生可能エネルギーの発電比率(47%)を8.8ポイント上回る。
ちなみにFISEが発表する発電量は、家庭や企業のコンセントから出てくる「純発電量」。つまりドイツ鉄道や製鉄会社、鉱山などが自社の発電所で発電して使っている電力は含まれていない。企業が自分で消費するために発電している電力は、公共の電力系統には送り込まれない。
一方、電力会社のロビー団体であるドイツ連邦エネルギー水道事業連合会(BDEW)やエネルギー収支作業部会(AGEB)が公表する統計には、企業の自家発電の発電量も含まれている。
このため、FISEが発表する再生可能エネルギーの発電比率は、電力業界が発表する再生可能エネルギーの発電比率よりも、常に大幅に高くなる。したがって、ドイツの再生可能エネルギーの発電比率について語るには、FISEだけではなく電力業界の統計も分析することが重要だ(本稿執筆中の2020年7月12日の時点では、BDEWの今年上半期の発電量に関する統計はまだ公表されていない)。
ドイツの再エネの中心は風力発電
FISEの発表によると、発電比率が最も多かったのは風力発電で30.6%。今年前半のドイツでは北部を中心に風が強く吹いたことが、「追い風」となった。風力発電量は去年の上半期に比べて11.7%増えた。この国では冬の終わりから春にかけて、嵐が多発する。このため今年2月には風力発電プロペラが強風によって激しく回転し、風力発電比率が45%、再生可能エネルギーの発電比率が61.8%まで高まった。
風力発電の比率は、原子力発電の2.5倍、褐炭火力発電の2.2倍、石炭火力発電の5.1倍に達している。風力に次いで発電比率が大きい自然エネルギーは太陽光発電で、11.4%に達している。太陽光による発電量は、前年同期に比べて11.2%増えている。
褐炭・石炭火力の発電量が激減
再生可能エネルギーとは対照的に、伝統的なエネルギー源による発電量は、今年、大幅に減った。
たとえば原子力の発電量は、前年同期(34.6TWh)に比べて12.9%減少した。メルケル政権は再来年の12月までに原発を全廃することを決めている。このため原子力の発電比率は今後さらに低下していく。
ドイツ、そして欧州連合(EU)が進めているエネルギー事業の非炭素化の効果もはっきり表れている。
褐炭火力の発電量は、前年同期(52.7TWh)に比べて36.3%も減った。それ以上に下落率が大きいのが、石炭火力発電だ。石炭による発電量は、去年上半期(26.7TWh)に比べて46%も減少した。
褐炭火力と石炭火力の発電量が激減した理由は、いくつかある。一つは二酸化炭素(CO2)排出枠取引市場の今年上半期の平均価格が、1トンあたり21.91ユーロと高い水準にあったため、化石燃料による発電コストが上昇したことだ。欧州諸国でコロナ危機によるロックダウンが行われた3月には一時的にCO2排出枠の価格が23ユーロ前後まで下落したが、7月初めの時点では約25ユーロまで回復している。
FISEは、「もう一つの理由は今年上半期に電力卸売価格が下落したために、褐炭・石炭火力発電所の収益性が悪化したことだ」と指摘する。FISEによると、電力卸売市場での1MWhあたりの価格は、去年上半期には36.83ユーロだったが、今年は平均22.94ユーロに約38%下落した。価格下落により、CO2排出量が多い褐炭・石炭火力発電所から収益を上げることは、発電事業者にとって割が合わなくなってしまったのだ。
これらの数字には、2017年にEUが排出枠取引市場での排出枠の量を減らして、その平均価格を5ユーロ前後から約5倍に引き上げたことが、エネルギー事業の非炭素化という目的のために大きな効果を見せ始めたことを示している。ドイツの気候学者たちがこれまで主張してきたとおり、カーボン・プライシングは市場メカニズムによって発電事業者のポートフォリオの中の褐炭・石炭火力の比率を減らすことにつながるのだ。
発電事業者の間では褐炭・石炭から天然ガスへの乗り換えが進んでいる。FISEによると、天然ガスの発電量は前年同期(24.6TWh)に比べて13.9%増えた。天然ガスのCO2排出量は褐炭・石炭火力に比べると少ないので、発電事業者にとってはCO2排出枠の購入コストが比較的少なくて済むのだ。
コロナ危機によるロックダウンも発電比率に影響
さらにFISEは、「コロナ危機によるドイツの工業生産の減少も、褐炭・石炭火力の発電比率の減少の一因だ」と指摘する。
FISEによると今年上半期の電力消費量は、去年の上半期(245.7TWh)に比べて4.7%減って、234.2TWhとなった。ドイツの今年1月の発電量は47.9TWhだったが、ロックダウンや世界的なコロナ不況の影響で6月には36TWhに減った。24.9%もの減少である。
電力消費量が減った理由は、ドイツでは3月中旬から約6週間にわたって、フォルクスワーゲンやダイムラーなどの自動車メーカーが軒並み生産を中止するなど、経済活動が事実上の休眠状態に陥ったからである。しかし再生可能エネルギーによる電力の大部分は、電力需要とは無関係に送電事業者によって買い取られ、系統に送り込まれる。このため大半の再エネ発電事業者は、ロックダウン期間中にも発電を続けた。これに対し石炭・褐炭火力発電所を運転していた事業者は、コストが割高になったため、発電量を絞ったのである。
ドイツは遅くとも2038年末までに褐炭・石炭火力発電所を全廃する。今年12月には、旧西ドイツのライン川地区で、最初の褐炭火力発電所が廃止される。このため、今後は天然ガスを除く化石燃料を使った火力発電の比率は、年々減っていくはずだ。
ドイツの電力業界は、再生可能エネルギーがメインの時代になっても電力の安定供給を確保するために、南北を結ぶ高圧送電線の建設の遅れなど、自然エネルギー拡大の妨げとなっている要因を減らしていかなければならない。