再生可能エネルギー比率に関する議論を発端に、カーボンニュートラリティー関連技術開発に関する「違和感」をもういちど考えてみよう。
今回も、気候変動枠組条約のスタート以前から、さまざまな立場でこの問題に関わってきた、松尾直樹氏(公益財団法人地球環境戦略研究機関 上席研究員/シニアフェロー)による、気候変動問題の解決に向けた本質的な論考を前後編でお届けする。
気候変動問題を戦略的に考えよう(14ー前編)
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エネルギー関係の最近の施策には、「2050年カーボンニュートラルの実現に向けて・・・」という枕詞がかならずついてまわります。ところが、よく考えてみると、その内容が、本当にカーボンニュートラルに向かうひとつのステップになっているのだろうか? という点で、首をかしげざるをえないものも多いようです。
昨年のエネルギーシステムの議論を踏まえ、この点をもうすこし考えてみましょう。論点をわかりやすくするため、本論考では、いくつかの(挑戦的な)疑問を投げかけてみることにします。ぜひ、これらの疑問に対するご自分のこたえを考えていただければと思います。
なお、このような議論を行うにあたって留意すべき点は、それが
という点を明確にすべきです。よく混同される傾向にありますので。
それでは、はじめてみましょう。
昨年末の経済産業省の総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会資料「2050年カーボンニュートラルの実現に向けた検討」において、「2050年には発電電力量の約5–6割を再エネで賄うことを今後議論を深めて行くにあたっての参考値としてはどうか」という政府案が示されました。
あくまで「参考値」なのですが(数字がデフォルトとして一人歩きすることが懸念されます)、その数字の出所を探ってみると、VRE(変動する再エネ)大量導入時の分析を行った日本エネルギー経済研究所へのヒアリング資料に行き着くようです。そして、その数字の根拠が、「水素火力」をベースにした試算に基づくことが、安田陽氏からも指摘されています。
(実際には、各方面に慮った(バイアスのかかった)数字の感触がまずあって、その数字に整合的な研究をピックアップした、もしくは依頼した…ということもあるでしょうが、ここではあくまで、ロジカルに考えてみましょう)
少々分かりにくいのですが、日本エネルギー経済研究所の分析における計算のロジックは、
ということのようです。
なおここでは、電源別限界費用(相対限界システムLCOE)を、水素火力発電を基準電源として、12円/kWhに固定(設定)しているようです(最適電源構成になった場合にはVREの限界費用と一致するはずです。洋上風力は別のようですが)。
この12円/kWhの数字は,経産省の資料などにおいて、「水素供給コストは2030年に30円/Nm3 (発電コスト17円/kWh)、将来的には20円/Nm3 (発電コスト12円/kWh)程度の実現を目指している」というところとの整合性をとったものと思われます。言い換えると、上記の分析とは「独立に」外から前提としてインプットした数字です。
ここで疑問になるのは、「水素供給は何から?」という点が、考慮されていないという点です。
水素田は地球には存在しませんので、カーボンニュートラルな社会においては、カーボンニュートラルな電力から製造した水素でなければなりません(天然ガス由来ではダメです)。
カーボンニュートラルな電力は、再エネ、原子力、CCS(CO2回収・貯留)付き火力、排出権付き火力などがありえますが、水素製造をする側からみれば、その中でもっとも安価な電力が利用されることとなるのでしょう。そうすると、その電力を使って製造した水素による水素火力発電の発電コストは、当然ながら、電力価格に依存し、更に言えば、電力価格より高くなります。
カーボンニュートラル電力 → 水素 → 水素火力発電による電力
という構図ですので、これは「あたりまえ」ですね。最初からカーボンニュートラルな電力を使えばよいわけで、わざわざ水素に転換して、それをまた発電に使うなど、愚の骨頂と言われかねません(実は、研究のスライドには、水素の製造元は示されていないので、その中の再エネの分を、再エネ比率に加えるべきでしょうが、そうすると上の論理で「何やっているか分からない」ことが明示されてしまいます)。
すなわち、これから得られる結論は、「水素火力発電には意味がない」、ということになりそうです。
ましてや、水素発電を発電システムのベースに据えた結論には、大きな疑問符が付きます。
これは、アンモニア発電に関しても同様です。水素からアンモニアを製造するため、さらに発電コストは高くなります。
言い換えると、まずは、このナイーブなロジックにきちんと反論できなければ、水素発電に巨額の開発費用を税金から充てることは正当化されないはずです。
実際は、これには隠れた「前提」がいくつかあるため、この前提が崩れたケース(や部分)においては、成り立ちません。この議論はあとで行いたいと思います。逆に、この前提条件の内容が日本政府の狙いという気もしますので、きちんとこの点を表に出し、それに焦点を当てた議論をすべきだと思います。
いずれにせよ、水素供給コストと、カーボンニュートラル電力の発電単価は、独立として扱うのではなく、分析の中に一体化させるべきですね。
電力だけでなく、燃料としての水素に関しても、おなじような疑問が生じます。
水素を燃料として使う場合、同様に
カーボンニュートラル電力 → 水素
で製造するなら、同じエネルギー量あたりで評価すると、当然ながら電力の方が安価なわけです。燃料の方がエネルギーあたりの単価が低いという「常識」は、捨てる必要があります。
どうも「競合相手が電力」という視点が、すぽっと抜けているような気がしますね。
通常では、利便性や制御可能性など、使用段階では、ほとんどすべての面で、電力の方が燃料より「上」です。そうするとわざわざ電力ではなく、水素を使うケースは、「通常でない」ケースに相当するわけですが、それが(価格が高いにも拘わらず)優先されるケースとは、どのようなケースであるか? という点が問題になります。
あるいは、この「電力価格<水素価格」が成り立たないケースも考えられます。これはどのようなケースでしょうか?
いずれにせよ、このような 「水素が優先されるために必要な条件」を、明示しなければ、水素社会のイメージはできませんし、そのために多額の税金を投じることが正当化されるとは思えません。
たとえ将来、カーボンニュートラル水素燃料が6円/kWhで供給されても、カーボンニュートラル電力が5円/kWhで利用可能でしたら、水素の需要はかなり限定的でしょう。
カーボンニュートラルな水素をつかって合成した燃料(炭素を含む気体・液体燃料やアンモニア)も同様です(天然ガスから水素を製造してそれをメタネーションしても意味がないですよね)。
CCUやカーボンリサイクルのコンテクストで議論されるものは、プラスチックや建材などを除いたエネルギー利用に関しては、ほとんどがこのカテゴリーになります。
水素燃料だけでも電力と競合して劣勢なのですから、水素からさらに合成した燃料は、(コスト高を陵駕できる)よほどの特長がないかぎり、利用されることはほとんどないと思われます。競合相手は、電力、水素、従来型バイオ燃料、排出権付き化石燃料になるでしょう。
過渡的な状況における利用という可能性はあるとは思いますが、現行でカーボンニュートラル水素自体のコストが高いこと、加えてそれを合成するコストもかなり高いことを考えると、使われる状況や場面が、なかなか想像できません。燃料コストが小さく既存化石燃料利用インフラを更新するコストがもったいないケースや、航空用燃料でしょうか。消費されないケースでは、水素のキャリアもその範疇かもしれません。
いずれにせよ、どのような条件でなら利用されるか? という条件設定は、いまのうちに明示しておくべきだと思います。
コストに関する点を図示すると、以下のようなものとなるでしょう。当然ですが、エネルギー体としての「転換」を行えば行うほど(下に行くほど)、コストが高くなります。
図: 国内におけるカーボンニュートラルエネルギーのフロー
(つづく・後編は3月19日公開です)
後編目次:
4. エネルギーセキュリティーの視点
5. 隠れた各種前提とビジョン
6. 技術開発に伴う副産物
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