今回、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が人工光合成による100m2規模でソーラー水素を製造する実証試験に世界で初めて成功した。今回の研究成果がどのように脱炭素社会に貢献するのか、ゆーだいこと前田雄大が解説する。
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カーボンニュートラルとはCO2の排出量と吸収の量が一致し、差し引きゼロで大気中のCO2がこれ以上増えない状態のこと。いまは圧倒的に「排出(出す)」方が多いため、「出さない」に焦点が当たっている。電力でいえばCO2を出す火力を減らし、CO2を出さない再生可能エネルギーに切り替えるというのがその代表的な例だ。
一方で、「出さない」だけでなく、出したものを「吸収(回収)」するという考えもある。ただ、CCS(CO2回収貯留)などにおける、CO2回収技術はまだ開発中であり、商業ベースで利用されているものはない。再エネはコストも安くなっていることもあり「出さない」再エネを増やすことに集中している状況だ。
裏を返せば、コストなどの条件を満たすようになれば、「吸収」サイドも普及する可能性がある。
自然界で主にCO2の「吸収」を行っているのが、植物による光合成のはたらきだ。このしくみを人工的に行う、いわば「人工光合成」の技術が実用化されれば、CO2の吸収は容易になるし、したがって脱炭素視点からの注目が集まっている。
今回、公表されたのはNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が人工光合成による100m2規模でソーラー水素を製造する実証試験に世界で初めて成功したということだ。
人工光合成は研究分野では人類の夢といわれ、長年研究が続けられてきた。最近になって脱炭素の側面から改めて注目が集まっている。
今回のプロジェクトの名称は「二酸化炭素原料化基幹化学品製造プロセス技術開発(人工光合成プロジェクト)」という。太陽光のエネルギーを使い、光合成と同じように有機化合物を合成するプロジェクトとなる。2012年度から2013年度までは経済産業省、2014年度からはNEDOのプロジェクトとして実施している。
現在、考えられている人工光合成の工程は次の3つで構成されている。
オレフィンとは、二重結合を一つ含む炭化水素化合物の総称。C2~C4オルフェンとは、炭素数2から4のもので、C2はエチレン、C3はプロピレン、C4はブチレンと呼ばれている。二重結合を持つ炭化水素どうしは結合しやすく、例えばエチレンがたくさん結合すればポリエチレンとなる。このように、C2~C4オレフィンはプラスチック原料などに用いられる。
各工程にはそれぞれの要素技術の研究開発が求められる。
今回の発表は、主にこの1つ目と2つ目の工程に必要な光触媒の開発に相当することになる。
つまり、水分解反応により生じた水素と酸素の混合気体から高純度のソーラー水素を、大規模に、安全かつ安定的に分離・回収することに成功したのだ*。これは世界初となる。
人工光合成の全体から見ると、そのうちの一工程だが、これだけでも十分脱炭素に非常に有用な開発になるのだ。
脱炭素で世界から注目されるグリーン水素とは、再エネ由来とはいえ電気を使った水の電気分解でえられる水素のことだ。しかし、今回の発表は太陽光のエネルギーから「一度、電気をつくる」工程を踏まず、光触媒によって直接水素を製造するというものだ。もちろんCO2はフリー。
*研究成果は、英国科学誌「Nature」のオンライン速報版に掲載された。
今回の発表に至った技術開発を進めているのは、2012年に設立された人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)という産官学の共同開発体制だ。
参加企業は、三菱ケミカル、富士フイルム、国際石油開発帝石、ファインセラミックスセンター、三井化学、TOTOの5企業、1団体。化学会社だけではなく、触媒などの知見を持つ会社として、富士フイルムが参加していることが注目される。
今回の発表は、NEDOとARPChemの協働プロジェクトの一環となるもので、ソーラー水素をつくるための、ガス分離モジュールを備えた大規模な光触媒パネル反応システムを参加企業と東京大学、信州大学、明治大学がともに開発し、2019年8月より茨城県石岡市の東京大学柿岡教育研究施設内で実証試験を行ってきた成果となる。
開発したシステムは100m2の受光面積を持つように連結された光触媒パネル反応器と分離膜を内蔵したガス分離モジュールで構成されている。このシステムによる成果について、NEDOはニュースリリースでわかりやすく4つにわけて紹介している。
まず、ひとつ目が光触媒パネル反応器の新たな設計と開発だ。ここでのポイントは2つ。ひとつが大量生産可能で相互に連結できること、もうひとつは長期間使用可能という点だ。
実用を考えると設備の規模や耐久性は必要だ。したがって、実用に近づいた開発だったといえる。とはいえ、今回の屋外試験では耐久性はまだ初期活性8割以上が1年以上の維持であり、15年、20年までの耐久性はこれからになる。
構造だが、パネルの上面は透明なガラス製で、中に25cm角のチタン酸ストロンチウム光触媒シートが格納されている。光触媒シートとガラス窓の間には0.1mmのわずかな隙間があり、そこへ水を供給して反応させるようになっている。
使用されたチタン酸ストロンチウム光触媒は、太陽光のうち紫外光しか水分解には利用できないが、量子収率(光子の利用効率)ほぼ100%で水分解ができる*という優れものだ。また、光触媒のシートは、スプレーなどを用いて光触媒を基板上に塗布するだけで生成される。
この光触媒パネル反応器に紫外光を照射すると、生成する水素と酸素の混合気体(気泡)がスムーズに反応器上方に移動し続ける。水供給が続けられるので、光触媒シート表面は反応を続け、高い水分解効率を保つ。気泡が速やかに移動して合一していくために気泡による光散乱の影響もほとんど生じないこともわかった。
光触媒パネル反応器の基本単位(左)と紫外光照射時の水分解反応時の様子(右)
*この技術も世界初として、研究成果は「Nature」のオンライン速報版に掲載された。
2つ目の成果は100m2規模の反応器を実証できたことだ。
このパネルはちょうど太陽光パネルのように、連結が可能になる。その特性を活かし、光触媒パネル反応器を連結して3m2のモジュールを組み立て、さらにそれらをプラスチックチューブで連結することで、世界最大となる100m2規模の光触媒パネル反応器を組み立てている。
また、それぞれのモジュールには自動で水の供給量を制御する機構が組み込まれ、水の供給が行われるしくみとなっている。この規模のシステムであっても、屋外環境・1年程度の耐久性を持つことが今回確認された。
3m2規模の光触媒パネル反応器(左)と100m2規模の光触媒パネル反応器から生成した水素と酸素の混合気体(右)
肝心のエネルギー変換効率はどうか。
夏の日照条件が良好な時期には、最大0.76%の太陽光エネルギー変換効率が確認された。少ないのではないかと筆者も思ったが、NEDOによれば、(前述の通り)今回の光触媒は紫外光のみの吸収であるため、変換効率が1%未満と低い値にとどまってしまうということだ。
この点については、今後数年以内に可視光と紫外光の両方を吸収できる光触媒を開発し、5~10%の達成を目指すという。
こうした開発は、まず「できるかどうか」が重要であり、成功すればその質を上げていくフェーズに移る。0から1のフェーズが今回クリアされ、次は100へのフェーズになる。0→1フェーズで頓挫してしまうものも多く、これをクリアできたことが今回の大きな前進だと筆者は思う。
3つ目の成果はガス分離モジュールによる混合気体からのソーラー水素の分離だ。
今回、光触媒による水分解反応で生成した水素と酸素の混合気体を、パネル反応システムのガス分離モジュールに導入し、水素だけを分離・回収する実証試験を行った。
この混合気体の成分は水素と酸素が2:1だが、1日かけて(午前6時から18時まで)分離すると、水素濃度が平均で約94%の透過ガスと酸素濃度が60%以上の残留ガスに分離されることがわかった。
100m2規模の光触媒パネル反応器に接続されたガス分離モジュールの性能
類似の実験を複数回実施したところ、天候・季節によらず約73%の回収率で水素の分離が確認された。ただし、今回の実証試験では本プロジェクトで開発中の分離膜ではなく、市販のポリイミド中空糸分離膜を用いていたものとなっている。
NEDOとARPChemでは、低コストの水素製造を実現するために、今後さらに水素分離性能の高い膜の開発を行っていく、としており、それが組み合わさったときの効果に期待したい。
4つ目の成果は光触媒パネル反応システムの安全性試験。
水素については可燃性、爆発性があり、安全性も重要なポイントになる。今回のプロセスでも、生成物である水素と酸素の混合気体の安全性が課題とされている。知られている通り、水素は可燃性ガスで、1気圧の混合気体中の水素濃度が4~95%の範囲で着火すると爆発する。
今回の実証では1年以上にわたる屋外試験の間、一度も自然着火・爆発は発生せず、安全性も確認された。
また、混合気体が存在している光触媒パネル反応システムの各構成部に意図的に着火し、どのような影響が生じるかも調査した結果、光触媒パネル反応器、ガス捕集用配管、中空糸分離膜を含むガス分離モジュールのいずれも、破損や性能劣化は確認されない、という好結果が出た。混合気体を貯留するタンクも、タンク内に適切な仕切りを設けることで着火による破壊が起こらなくなることも合わせて確認された。
これらの結果は、爆発性の高い混合気体であっても、適切に設計されたシステムを用いることで安全に取り扱えることを示したものである。安全性が確認されたことも、やはり実用を見据え、プロジェクトの要素がひとつひとつクリアになっていることがわかる。
こうして見ると、0→1フェーズの達成事項としては非常にすぐれたものとなっている。しかし、実用化に向けてはまだ課題がある、というのが筆者の正直な感想だ。
今回の達成結果が脱炭素でどのような意味を持つかを整理してみる。
まず、脱炭素の処方箋は一つだけではない。再エネへの切り替え、EVの浸透、断熱効率の向上による家のエネルギー効率も、同時並行で行っていくことが大事になる。
そうした中、グリーン水素は、再エネが多く生産された後、世の中に浸透していくだろうと筆者は見ている。ただ、水素が様々なシーンで需要が多くなってくると、電力を経由して製造するよりもダイレクトにグリーン水素を製造することが重要になる。それを想定して、開発を進めることが今の段階では重要だと筆者は考える。
今回の実証実験では、ダイレクト水素製造の0→1フェーズは達成できた。100m2の大面積でも太陽光による水分解が可能であり、生成した混合気体から長期間、安全に水素を分離・回収できることが確認された。将来的にはさらに大規模で高効率なソーラー水素を製造する光触媒パネル反応システムの構築が期待される。
では、次は何が重要になるか。NEDOの言葉を借りれば「(光触媒パネル反応器の大面積化の技術開発は)光触媒を用いて、低コストで大量のソーラー水素を製造する人工光合成システムを社会実装するために必須」ということだ。
まさにここが重要になると筆者は思う。低コストであること、そして大量製造が可能になるということ。そしてもちろん、耐久性も含まれる。
たとえば反応する光エネルギーは、今回は紫外光に限られるなどの制約があった。しかし、NEDOでは可視光応答型光触媒による太陽光エネルギー変換効率(5~10%)を持つ高効率な光触媒開発で実用化を目指すという。
実は、ARPChemが立ち上がった際、事業化の目途のひとつとして「2021年度に光触媒のエネルギー変換効率10%を達成」と明記されている。このスケジュールからは遅れているとはいえ、なお世界初の結果をつくったことは素直にすごいと筆者は感じる。
振り返ってみると、太陽光発電システムの開発をリードしたのは、サンシャイン計画を引っ提げて取り組んできた日本だった。
次の時代を創ることをもっと念頭においていたら、再エネが大量かつ低コストで実現できたら、産業革命なみのインパクトがあるという信念を持ちオールジャパンで取り組んでいたら、いまの日本の立ち位置もまた違っただろう。
重要なのは、やはり次の時代を自分たちで作っていくことだと筆者は思う。
NEDOは、光触媒パネルの低コスト化と一層の大規模化、ガス分離プロセスの分離性能とエネルギー効率の向上の技術開発を進めていく、としている。近い将来、水素時代が到来したときに、高い変換効率で水素が製造できる技術が確立されていたら、日本はよりよい立ち位置にいることができるかもしれない。引き続き、こうした進捗に期待したい。
今日はこの一言でまとめよう。
『人工光合成でまた世界初の開発に日本勢が成功』
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