2021年6月11日、テスラが米国で新しい車種「モデルSプラッド」を発表した。驚くべき性能を持つ高級車なのだが、さらに注目すべきは、その性能を実現させる技術もまた、自社開発でなしとげてきたということだ。さまざまな性能を盛り込んだ「プラッド」とは、どのような乗用車なのか、その性能とそのために導入されたテスラの技術について、日本サスティナブル・エナジー代表取締役の大野嘉久氏が解説する。
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電気自動車(EV)大手の米テスラが新たに販売を開始したモデルSプラッドは加速力世界一の市販車(“The quickest production car ever”)と謳われており、わずか2.1秒で停止状態から時速100キロに達してしまう。
また最高速度も時速322kmと、新幹線やいわゆるスーパーカーなみに速く、さらに最大出力も1,020馬力とF1に出るレーシングカーに匹敵する。
しかし本当に驚かされるのは複数の“世界一”や“世界初”をこの「プラッド」一台に盛り込み、且つそれほどの性能の車を13万1,190ドル(約1,438万円)という価格で量産車として売り出すことである。
2021年6月11日に米カリフォルニア州のテスラ・ファーモント工場で開催された「モデルSプラッド」の販売イベントでは、イーロン・マスクCEOが隣接テストコースから「プラッド」でステージへ乗りつけて颯爽と登場した。ただしこの日のイーロン・マスクは明らかに準備不足であり、いつもの自信に満ち溢れたプレゼンテーションではなく場当たり的に語る箇所も少なくなかった。
Model S Plaid Delivery Event
加えてモデルSプラッドに関してはかねてより上位車種として用意されていた「プラッド+」がイベント4日前の6月7日にキャンセルされたり、あるいはイベント前日にプラッドが1万ドルも値上げされるなど何かと波乱の多い車ではあったが(ただし既にオーダーしていた顧客については据え置き)、発表の内容は十分に衝撃的なものであった。
Plaid+ is canceled. No need, as Plaid is just so good.
— Elon Musk (@elonmusk) June 6, 2021
キャンセルされた「プラッド+」は「プラッド」に対して最大出力が80馬力多い1,100馬力、1回充電あたりの走行距離は209km長い837km、そして価格は2万ドル(約226万円)高い15万1,190ドル。
キャンセルされた理由はイベントで“プラッドは十分な性能を持っているのでプラスは不要”と説明されたが、確かにプラッドはわずか15分の充電で187マイル(約301km)の走行が可能になるので、より長い走行距離のために226万円を払いたいと考える顧客は少ないかもしれない。
また、一部の報道では「プラッド+の機能は次期ロードスターに活かされるのではないか」との見解もあり、もっとハイスペックな車種を望む層はもう少し待った方がよいかもしれない。
従来、ここまで性能が高い車種は「ランボルギーニ」「フェラーリ」「ケーニックセグ」「ヘネシー・パフォーマンス」などが販売する、1台あたり数千万円から数億円もする超高級車ばかりであった。
もちろん、そのようないわゆるスーパーカーに対する需要は財産的な価値や税金対策などの面で残り続けるだろうが、しかしテスラは今回のプラッドにおいて加速性能のパラダイム・シフトを起こしてしまったため、今後は超高級車メーカーの立場が微妙になるのではなかろうか。
EVの基幹部品といえば電池やモーターそしてインバーターだが、一般的に大手の自動車メーカーはモーターを内製しない。しかし今回、テスラはプラッド用の最高性能モーターを内製したばかりでなく、ローター(回転子)をつくる機械まで自社で内製してしまった。
というのもローターはあまりに高速度で回転させると遠心力で分解してしまうため、加速するに従って適度なギアチェンジが必要になるが、テスラは世界最高の加速を実現するためにギアチェンジしないまま20,000rpm以上まで回転数を引き上げることを目指した。
そこで、一般的な銅に炭素繊維も加えることでローターの耐性を大幅に引き上げ(“カーボン・スリーブド・ローター”)、最高出力の1,000馬力までギアチェンジせず一気に達することを可能にした。
また、通常は最大出力に達すると出力は下がってしまうが、プラッドの新開発モーターは約時速60マイル(≒時速96.5km)で1,000馬力に達したのち、最高速度の時速200マイル(≒時速322km)までほぼ最大出力を保っており、驚異的な性能と言ってよいだろう。
つまりテスラは大手自動車メーカーとして初めて実用性の高いモーターを内製しただけでなく、最高性能のモーターまで自社で作ったことになる。
テスラ モデルS プラッド エンジン性能曲線
(提供元:Tesla, Inc.)
そして今回のプラッドで開発された技術の中でモーターの次に注目されているのが新開発のヒートポンプであり、従来と比べて性能が30%も向上したうえ、およそ半分のエネルギーで客室内を温めることが可能になったという。
これにより冷却機能が大幅に強化されて走行時の出力を引き上げられたほか、これまでEVの性能を十分に発揮できなかった寒冷地での利用が改善される。
【プラッド主要仕様】
0-60mph(約時速96.5km)加速 | 1.99秒 |
最大出力 | 1,020馬力 |
0-1/4マイル(約400m)加速時間 | 9.23秒 |
1回満充電あたりの走行距離 | 390マイル(約628km) |
15分充電による走行距離 | 187マイル(約301km) |
最高速度 | 200mph(時速約322km) |
テスラ モデルS プラッド ヒートポンプ
(提供元:Tesla, Inc.)
さらにモデルSプラッドは全米高速道路交通安全委員会(NHTSA)の衝突試験において負傷を負う確率が最も低い車種として認定されているため、プラッドは世界で最も速く加速するだけでなく同時に世界で最も安全な車でもある。
ただし、この試験の上位5車種は「モデル3 RWD」「モデル3 AWD」「モデルS RWD」「モデルY AWD」そして「モデルX」とすべてテスラ製の車であり、自動車で最も大事な指標の一つである安全性においてテスラは5車種で世界最高の信頼性を獲得していることになる。
また、特筆すべき機能として挙げられるのはテスラの社内部門「テスラ・オーディオ」が新しく開発した音響システムであり、車内に22個のスピーカー(合計出力920W)から流れる音楽はAIによってリアルタイムで音質などが補正され、“まるで車内でライブ演奏しているような臨場感”とイーロン・マスクが説明している。
これは徹底した内製方針を貫いているテスラだからこそ構築できた技術であり、音楽好きの方はこの音響システムだけを目当てにプラッドを買う価値があるかもしれない。
イーロン・マスクは今回の発表において「全ての入力はエラー(All input is error)」というフレーズを強調しているが、これは「自由にどこでも運転できる」という従来の自動車に対する認識を大きく改めることになるだろう。
というのもテスラが目下、開発を進めている自動運転システム「フル・セルフ・ドライビング(FSD)」を利用することによって「携帯電話を持って近づいただけでドアを開けてくれる」「今日のスケジュールを理解し、次にどこへ行くか車が理解している」「運転者の行動パターンや運転の特性を車が理解している」ようになるという。
残念ながらイベントではプラッドの自動運転機能について多くは語られなかったが、テスラを管理するAIがドライバーの領域をいっそうカバーするようになることは間違いない。そして、このプラッドでついに世界最高性能のローターを自作する機械まで完成させてしまったテスラは、他社との格差が開いてしまったと言えよう。
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