電力インフラなどには、危険な場所は少なくない。ダムや鉄塔の検査において、ドローンを使うことは一般的になりつつある。さらに、高圧の電気が流れる場所での作業に対しては、ロボットで代行することも現実的なものとなってきた。日本でも知られているボストン・ダイナミクス社のロボットが、すでに変電所の点検作業に導入されているという。ロボットの技術はどこまで進み、どこまで人にとって代わるのか、日本サスティナブル・エナジー代表取締役の大野嘉久氏が解説する。
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電力会社において、発電設備や送変電設備を最前線で預かる社員は社長よりずっと重要である。これに同意しない社長はほとんどいないだろう。しかし一方、その現地スタッフの職場は社長より大幅に危険な状況にあるのも事実である。
近年ではそうした社員の安全性を飛躍的に高める技術が開発されており、そしてこのたびロボット開発大手の米ボストン・ダイナミクス社が、米IBMと組んで危険な監視作業の負荷を軽減させる技術を開発すると発表した。
既に変電所において実証が始まっているが、深刻な人手不足に直面する日本の電力会社などにとっても大きな助力となる可能性を秘めていると言えよう。
ボストン・ダイナミクス社は1992年に米マサチューセッツ工科大学(MIT)からのスピンオフとして設立された企業であり、当初は先進的かつハイリスク・ハイリターンの軍事技術開発を進める米国防高等研究計画局(DARPA)から財政支援を受けて軍事用ロボットを開発していた。
まず完成したのは長さ3フィート(約91cm)、幅0.5フィート(約15cm)の荷運び用ラバ型ロボット「ビッグ・ドッグ」であり、340ポンド(約154kg)の荷物を抱えて35度の斜面を上がることができた。同社は引き続きDARPAからの支援を受けて軍事用の小さいイヌ型ロボット「リトル・ドッグ」を開発したが、小型化したことによってリチウムイオンで30分間も動くことができるようになった。
2011年には同じくDARPAの拠出を受けて開発した軍事用イヌ型ロボット「アルファドッグ・プロト」を発表したが、これは様々な地形において400ポンド(約181kg)の貨物を20マイル(約32キロメートル)も運ぶことに成功したのみならず、悪路で倒れても自ら起き上がるなど実用性を著しく向上させた。
その後も障害物を避けながら先導する人間についてゆく機能を実現させたり(2012年)、細かい作業をできるアームを追加したり(2013年)と発展を続ける一方、2015年には現在でも主力商品となっている小型の犬型ロボット「スポット」を発表した。翌2016年にはいっそう小型化させた「スポット・ミニ」を発表したが、これは小さいながらも階段や岩山を登ることができるなど機動力が大幅に高められたうえ、1回の充電で90分も稼働できるようになるなど、さらに実用性を高めている。
そして最新版では極めて危険な鉱山の現場において人間の代わりに調査したり、アームを使ってドアを開けたり、食器を割らずに運ぶことができるようになったりして着実に人間へと近づいており、さらに英国の有名なロック・バンド「ザ・ローリング・ストーンズ」のボーカルであるミック・ジャガーが代表曲「スタート・ミー・アップ」を歌いながら踊っている姿をほぼ完全に模した動画まで作成している。
危険な地下鉱山で人間に代わって作業するボストン・ダイナミクスのロボット犬「スポット」
ローリング・ストーンズの代表曲「スタート・ミー・アップ」を歌うミック・ジャガーを模するボストン・ダイナミクスのロボット犬「スポット」
また同社はイヌ型のみならずヒト型ロボットの開発においても高い技術を構築しており、複数で走ったり跳んだりする驚異的な運動性能を確立した。
2機が同時にバック宙するボストン・ダイナミクスの人型ロボットAtlas
このボストン・ダイナミクス社は2021年10月26日、米IBMと協業し、IBMが有するクラウドおよびAI(人工知能)そしてIoT(モノのインターネット)の技術をボストン・ダイナミクスのロボットと融合させることで様々な産業に応用させることを発表した。その先駆けとして両社は半年ほど前から米東部の電力会社ナショナル・グリッドの高圧変電所で点検の自動化についての実証試験を初めているが、それまで人間が感電のリスクを抱えながらメンテナンス班やオペレーション班が行っていた目視による点検や調査をロボット犬「スポット」が実施し、大きな実績を上げている。
例えばスポットは電圧が高すぎて人間が近寄れない場所まで歩いてゆき、搭載している高性能カメラを遠方からスタッフが操作しながら上下左右に振ったり拡大できたりするため、目視による点検作業は以前と比べて安全性を大幅に上げると同時に、取得できる情報の質も向上している。
このほか赤外線サーマルカメラによってホットスポットを短時間で発見するなど、これまで常に社員が大きなリスクを背負っていた様々な作業を大幅に軽減させることに成功した。もちろん現時点では全ての作業を代われるわけではないが、電力会社などが行っている危険な作業をかなり減らせるだけでも大変有難い技術であることは間違いない。
米ナショナル・グリッドの変電所で実施されているロボット犬による点検作業
さらにボストン・ダイナミクス社は2021年5月、イスラエルの自動運転ドローン会社「Percepto」との協業を発表した。その骨子はPerceptoが開発した次世代の屋外設備保守用メンテナンス・プラットフォーム「Autonomous Inspection and Monitoring (AIM)」にボストン・ダイナミクスのロボット犬「スポット」を組み合わせることで変電所の目視点検やデータ取得をほぼ無人化できる技術だが、地上(ロボット犬)と上空(ドローン)という二つの方向から様々なモニタリングを可能にすることで、それまで人間が行っていた点検のほとんどを大幅に早く完了させられる。
このプラットフォームの中核となるのが全天候に対応する頑丈な自動開閉格納庫であり、従来のようにスタッフが奥地の変電所まで出向かなくても遠隔操作によってドローンとロボット犬の出動や格納ができるうえ、機器の盗難防止にも役立つという。
Percepto設備メンテナンス用ドローン 自動開閉格納庫
ロボット犬用 自動開閉格納庫
イスラエルのドローン企業Perceptoが開発した設備保守データ取得ドローン(米FP&L社が変電所や送電設備のメンテナンスに利用)
このAIMは既に米大手電力会社フロリダ・パワー&ライト(FPL)が導入しており、ハリケーン被害からの早期復旧において大きな威力を発揮しているというから、暴風雨などによる被害が甚大となっている日本でも参考にできる点が多く、そして仮に導入した場合には遠隔地における変電所の維持・管理にまつわるスタッフの安全性も向上できるのではないか。
21世紀の初頭である現在は道路上で人が運転する石油燃料車とAIが運転するEVが混在する時期に突入したが、それと同時に変電所や発電所など様々な職場においてヒトとロボットが共存しつつ、作業の主体がロボットへと移りゆく時期でもある。そして大型発電所から高電圧で消費地へ送電する今の電力系統の構造は今後も長いあいだ続くと思われるため、ボストン・ダイナミクスとIBMそしてPerceptoには変電所自動化の更なる技術の開発が期待されよう。
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