未来志向の軽EV規格をデザインせよ EVサバイバー 第3回 | EnergyShift

脱炭素を面白く

EnergyShift(エナジーシフト)
EnergyShift(エナジーシフト)

未来志向の軽EV規格をデザインせよ EVサバイバー 第3回

未来志向の軽EV規格をデザインせよ EVサバイバー 第3回

2021年07月27日

これまで、アメリカ、欧州、中国と主要な自動車市場がどのようなモチベーションでEV販売を伸ばしてきているのか、キーとなる視点を紹介してきました。今回は私が日本市場でのEV普及の分水嶺となる注目ポイントを述べさせてもらおうと思います。

日本市場の急所

2020年10月26日、アメリカ大統領選の投票が開始される直前に、9月16日に発足した菅内閣による国会での所信表明演説が行なわれました。そこで菅内閣総理大臣は就任記者会見で触れなかった環境に対する方針、いわゆる、「2050カーボンニュートラル宣言」を明言いたしました。

まだトランプ大統領が再選する可能性も残っている段階での宣言に、自動車業界も寝耳に水の話だったようです。12月17日の自動車工業会の豊田章男会長によるオンライン記者会見の場で、国としてカーボンニュートラルに取り組むことは大いに賛成するが各論に至ってはものすごく注意が必要との注文をつけたため、その弁は一般には総論賛成、各論反対と映ってしまいました。

ここから国を二分するEV議論が始まったのです。EV議論の大きな論点は、自動車産業としての競争力と550万人と数えられる雇用の問題です。

コロナで落ち込む以前の2019年の数字で見ると、日本の自動車生産台数は968万台に対して海外への自動車輸出台数は460万台。国内で培った高い生産技術を背景に、日本自動車メーカーが海外で生産販売する台数も合わせると、その販売シェアは世界販売の約1/3を占めます。

まさに日本で生み、世界で稼ぐ、というのが日本の自動車産業の実態なのです。

ところが、内需である国内市場に目を向けると年間販売台数は2019年で522万台。中国、アメリカに次ぐ3位の市場規模を持ちます。ところが、なかなか稼がせてくれない、付加価値が高い車がなかなか売れない市場なのです。

その最大の理由が約4割を占める軽自動車の存在です。軽自働車規格がこの国の自動車市場を支配していると言っても過言ではありません。ゆえに、EV議論の中心に軽自働車を置かねばカーボンオフセットの未来は見えてこないと思うのです。

今回のEVサバイバーでは、軽自動車以外の普通登録車に関しては、多くのメーカー、車種、価格帯、車型が入り乱れていることを鑑みて、かつ嗜好性や補助金の設定など多くのパラメータが存在しますので、あえて触れません。

また現在登録車でのEVの普及スピードが見えている人はおそらくいないと思います。この普通車というジャンルはトヨタの方針のようにお客様がほしいクルマを選択する自由競争エリアと考えれば良いと思います。

2050年を見据えた軽自動車規格とは

日本において”ガラパゴス”という言葉は嫌われる傾向にありますが、日本国内マーケット固有の、最大かつ最強のガラパゴス産業こそが軽自動車と言えます。

軽自動車とは

  • 全長 3,400 mm 以下
  • 全幅 1,480 mm 以下
  • 全高 2,000 mm 以下
  • 排気量 660 cc 以下
  • 定員4名以下
  • 貨物積載量 350 kg 以下

という規格の車のことを指します。


一般社団法人 全国軽自動車協会連合会ホームページより
■軽自動車がどれくらのマーケットかと言うと、2019年の日本の自動車保有台数約8200万台のうち軽自動車は約3100万台で約38%。新車販売台数約522万台のうち軽自動車は約191万台で約37%でした。
近年は高齢運転者による交通死亡事故の抑制を目的とした「安全運転サポート車(サポカー))の普及により自動ブレーキやペダル踏み間違いだけでなく、車線逸脱防止や自動前車追従システムなど、自動運転機能の一部までもが軽自動車に搭載されています。

 

くどいですが、なにしろ完全なガラパゴス規格であり、工場も国内、部品も国内、販売も国内オンリー。世界的に見てもメーカーはスズキ、ホンダ、そして日産と三菱自工、トヨタ子会社のダイハツと販売会社数も少なく量販される車型パターンもそれぞれ2〜3しかありません。価格帯もおよそ100〜200万の間にひしめいています。

小さい車体だけど室内は広い。最新のテクノロジー、そして安価。メーカー各社が奉仕をしてくれているといったら言いすぎでしょうか。

もうひとつ軽自動車を語る上で重要なのは、鉄道や地下鉄が発達した都市部よりも、地方でこそ軽自動車のシェアが高く、文字通り足として使われている事実です。最近ではECの発達により小口配送が拡大し、物流のラストワンマイル車両としての軽自動車も重要度を増しています。日本の社会を支える公共交通システム、国土のインフラを担っているわけです。

軽自動車が脱炭素の起点になる!

以上のように、軽自動車規格は今や日本という国土のインフラともいえる規格なのですから、逆に、軽自動車規格自体の進化によっては、日本の国土そのものを再デザインすることができるという考え方もあるはずです。

どうせガラパゴス規格ならばと、日本が得意な水素によるFCVを軽自動車規格に取り込んでみてはどうかと考えてみましたが、ガソリンスタンドでさえ人口が少ない地域では数が減っていてドライバーが困っているという状況を考えると、設置も運用も高コストな水素ステーションを全国津々浦々に配備してゆくことこそ至難です。カーボンオフセット社会に向けての解は、どう考えてもバッテリーEV(BEV)車両への一択ではないでしょうか。

軽自動車規格は幸いサイズも決まっているため、バッテリーやインバーター、モーターも規格化され、共通化が進むと思われます。もはやパワートレーンは競争領域ではなくなる時代が来るのです。

軽自動車検査協会によると、2020年における軽自動車の平均使用年数は初めて15年を突破して15.2年。2050年から逆算すると2035年には全量が新しい規格に置き換わっているとして少なくとも2025年までには新規格の発表とインフラ計画を示さねばなりません。

軽自動車販売がすべてEVとなる長期ロードマップをできるだけ早く示すことが、地方行政における脱炭素政策の指針となり、地方に暮らす人がライフスタイルを変えてゆく計画のよりどころになるのです。

6月に政府は成長戦略実行計画として充電設備を2030年までに急速充電器を3万基設置すると明記してきましたが、軽自動車規格のEV化を見据えればもっと効果的なインフラ政策があるはずです。急速充電器が必要なのは、継ぎ足し充電をしながらEVの航続距離以上のドライブをしなければならないシチュエーションに限られます。

軽自動車規格を受け止めるインフラを国土に実装させるためには、人口が少ない地域にも浸透できる普通充電器のほうがずっと重要というわけです。

家庭エアコンでも使われている200Vの普通充電設備は急速充電器に比べて極めて安価です。乱暴に言えばコンセントのプラグの形をEV用に変換するだけで設置できてしまいます。

例えば、新築戸建てや新築マンションの駐車場には普通充電器の設置を100%義務化し、コインパーキングや商業施設が持つ駐車場に対しては毎年5%ずつ、10年間で半数の駐車スペースに普通充電器の設置を義務付けるなど、無理のない浸透を促すことで、街が次第に軽EVを許容する姿に変わってゆきます。

新築マンションが100%充電器設置ならば、中古マンションの管理組合も真剣に対応を考えねばなりません。不動産としてのリセールバリューが落ちてしまうからです。結果として軽自動車以外の普通車EVを利用する環境も整うのです。

■2019年の第46回東京モーターショウで出展されたコンセプトカー、日産IMK。リーフを10年間苦しみながら売ってきた日産の解は、北米向けにはサイバーデザインのARIYA、国内向けには軽規格のIMKという結論だった。このタイミングで発売された場合、SDGsに取り組む法人が選ぶEVのファーストチョイスになりそうだ。個人客の選択肢に入るためには、どこでも充電できるという安心感がほしいところ。

軽自動車から始まるデジタルトランスフォーメーション

車両に関して言えば、新しい軽自動車が次世代の社会インフラになるためには、単にEVであるだけでは足りないと思います。共通のIT基盤のうえで動いている必要があります。「サポカー」の延長である自動運転のAIを活用した安全性能やITによるインフォテイメント性能も必須になるでしょう。

共通のIT基盤のうえで、各社が対応する医療などヘルスケアのアプリケーションが重要な機能になるかもしれません。車両を利用したお買い物サポートやカーシェア利用のプラットフォームになるでしょう。V2XやV2Hの規格も組み込むことで地域のエネルギーマネジメントや災害対策の役割も担います。

同一サイズ同一規格、かつコネクテッドされた3,000万台のEV軽自動車端末は、もはや公共交通として機能し、脱炭素社会において現在の大都市よりも利便性が良く質が高い生活をおくることができるインフラに育つ可能性があります。

軽自動車規格という、最強のガラパゴス規格の既成事実を、新しい日本のために活用しない手はありません。

写真提供:日産自動車ニュースルームより

 

「EVサバイバー」のバックナンバーはこちら

三浦和也
三浦和也

⽇本最⼤級のクルマ情報サイト「レスポンス」編集⼈、社⻑室⻑ アスキーにてWEBメディア編集を経て、1999年に⾃動⾞ニュースサイト「オートアスキー」(現レスポンス)を⽴ち上げ。2000年にはiモードでユーザー同⼠の実燃費を計測する「e燃費」を⽴ち上げる。IRIコマースアンドテクノロジー(現イード)に事業移管後は「レスポンス」の編集⻑と兼任でメディア事業本部⻑として、メディアプラットフォームの構築に尽⼒。2媒体から40媒体以上に増やす(現在は68媒体)。2015年にイードマザーズ上場。2017年からはレスポンス編集⼈、社⻑室⻑として次世代モビリティアクセラレーター「iid 5G Mobility」を開始。既存⾃動⾞産業へのコンサルティングと新規モビリティベンチャーへの投資や協業を両⾯で⾏い、CASE/MaaS時代のモビリティを加速させる⽴場。最後のマイカーはプリウスPHV。現在はカーシェアやレンタカーを利⽤するカーライフ。

モビリティの最新記事