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グラフェンをめぐる次世代バッテリー技術競争

グラフェンをめぐる次世代バッテリー技術競争

2019年11月01日

現在のEV用バッテリーの主力であるリチウムイオンバッテリー。その開発者である吉野彰氏のノーベル化学賞受賞からも分かるように、この技術は世界のモバイル機器、そしてEVの発展に大きく貢献してきた。前回紹介したように、現在リチウムイオンバッテリーを様々な形で改良し、より容量が大きく、充電時間が短く、耐久性のあるものを生み出そうという動きが世界中で見られる。

新素材グラフェンが蓄電池を進化させる

蓄電池関連の技術開発で、最も注目度が高いのがグラフェンを使った技術だ。グラフェンとは1原子の厚みを持つ結合炭素原子のシート状物質で、ハチの巣のような六角形の格子構造を持つ。グラフェンは強度がスチール(鉄鋼)の200倍とも言われ、その強靭さと熱伝導率の高さが注目を集めている。

グラフェンの使途は広く、バッテリーの他、別の素材と組み合わせることで様々な可能性が考えられている。例えばトランジスタ、コンピュータチップ、スーパーキャパシタ、DNAシークエンサー(DNAを順番通りに合成する機器)、ウォーターフィルター、アンテナ、LCD(液晶ディスプレイ)などのタッチスクリーン、ソーラー発電用セルなど。

電池への応用では、現在世界で最も多くの特許を持つのが韓国サムスンだ。グラフェンを用いたバッテリーは軽量、大容量、迅速なチャージ、形状やサイズのフレキシブルさ、長寿命などが可能、と考えられている。

サムスンでは2017年にグラフェンを球状に加工したグラフェンボールという素材を使って、リチウムイオンバッテリーを飛躍的に改良する技術を発表。それによるとバッテリー容量は45%増加、チャージ時間は5分の1に短縮できる、という。

グラフェンボール(サムスンのリリースより *1

サムスンでは2021年に発売するギャラクシー・スマートフォンにこのグラフェンボールを使ったグラフェンバッテリーを搭載する、という噂があり、業界でも注目を集めている。現在はスマホやPC用の小型バッテリーのみだが、この技術を応用すればEV用のグラフェンバッテリーが実現する可能性は高い。

グラフェンは競争が非常に激しい分野で、テスラではすでに2014年の時点で将来のEV用バッテリーにグラフェンの利用を計画していた、と言われる。また中国ファーウェイもサムスンに先駆けて2016年にグラフェンを用いた新しいリチウムイオンバッテリーの開発を発表していた。

グラフェン+メタルエアで高密度・低価格実現か

ユニークなのはインドに本拠地を置くLog 9 マテリアルズ(Log 9 materials)という企業だ。ここではグラフェンをベースとしたメタルエアバッテリーを開発。理論的には「水だけを材料にしてEVを走行させることが可能」だという。メタルエアバッテリーとは金属を陽極、空気(酸素)を陰極に設定し、水を電解質とする技術だ。グラフェンは陰極部分に用いられる。陽極にはさまざまな金属が用いられている。

Log 9 マテリアルズのアクシャイ・シンガル氏によると、メタルエアバッテリーは従来のリチウムイオンバッテリーと比べてコストは3分の1、効率は5倍という優れたものになる、という。しかもこのバッテリーはチャージの必要がない。水だけを燃料として補給すれば、半永久的に電力を生み出し続けることが出来る、という。

Log 9 マテリアルの解説ビデオより*2

メタルエアバッテリーというアイデアそのものは決して新しくなく、これまでにも数々の企業が開発に挑戦してきた。しかしバッテリー内部の腐食という問題があり、実現に至っていない。

Log 9 マテリアルズでは独自技術により腐食やエネルギーロスの問題に対応し、バッテリーのセル当たりの発電量を4〜5倍にすることに成功した、としている。同社では2020年にも商業用バッテリーの市販化を見据えたテストを行う予定だという。

グラフェンを用いたEV用バッテリーを開発する企業は他にもある。スペインのグラフェナノ社(Graphenano nanotechnologies)の子会社、グラバット・グラフェナノ・エナジー社(Grabat Graphenano Energy)が、グラフェンポリマーを陰極とする電池を開発。同社によると1回の充電で500マイル(800キロ)の継続走行が可能なEV用電池を実現した、という。さらに充電にかかる時間は数分で、現在EV用の他、ドローン、家庭用の蓄電池などでも商品ラインナップを揃えている、という。

Grabat Graphenano Energy ウェブサイト*3

グラフェンを使わないメタルエアバッテリーも

ところで、グラフェンを用いないメタルエアバッテリーというものも、実は以前から開発や実験が行われている。

代表的なものがイスラエルに本拠を置くフィナジー社(Phinergy)である。同社が開発したのは、金属部分にアルミニウムを利用した、アルミエアバッテリーである。アルミニウムと酸素を電池の両極に、電解質には水を使用。しかも陰極の酸素は空気中から取り込む方式を採用し、従来のバッテリーよりも軽量化することに成功した。

実は同社のアルミエアバッテリーは2014年の時点でEVの走行実験を行い、1回の充電でおよそ1,000キロという長距離の継続走行に成功している。また1回の充電時間はわずか3分ほどだという。特徴はアルミニウムという比較的安価な金属を原料とすることで、コスト的に安く、環境負荷も小さい技術を実現していること。現在パートナー企業を募集中で、テスラが以前から興味を示している、とも言われている。

メタルエアというのは様々な素材の組み合わせで開発が行われているバッテリーでもある。中でも安定性が高く、発熱しにくいためリチウムイオンよりも優秀、と言われているのが亜鉛を使ったジンクエアバッテリー(zinc–air battery 空気亜鉛電池)だ。ただし製造コストが高いため、普及に至っていない。

土方細秩子
土方細秩子

京都出身、同志社大卒、その後ロータリー奨学生としてボストン大学大学院留学、同大学コミュニケーション学科で修士号取得。パリに3年間居住後ロサンゼルスに本拠地を置き、自動車、IT、政治、社会などについての動向について複数のメディアに寄稿。

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