アフガニスタンにおいて、駐留していた米軍が撤退する一方で、タリバンが首都カブールを制圧、国内を掌握した。20年におよぶ戦争は、何も状況を変えることはなく、イスラム主義組織が復権したことになる。気になるのは、アフガニスタンを支えるインフラの支援を通じて、どの大国が関与を深めていくのか、ということだ。日本サスティナブル・エナジー代表取締役の大野嘉久氏は、今後は中国の存在感が増してくるという。
アフガニスタン北西部の「サルマ・ダム」は「アフガニスタン=インド友好ダム」とも呼ばれており、1976年から40年もかけて建設したのち2016年に運開したばかりであった。総出力は42MWと大きくないものの、人里離れた峻険な渓谷における建設は困難を極め、当初に契約したアフガニスタンの建設会社の手に負えなくなってインド水資源省が所有する水電力コンサルタンシー・サービス社(WAPCOS、Water and Power Consultancy Services)が引き継ぐかたちとなった。そののち1979年にはかつてのソビエト連邦(ソ連)のアフガニスタン侵攻が始まって建設が中止することとなったが、1988年にゴルバチョフ政権が駐留していたソ連軍の撤退を決定してサルマ・ダムの建設工事も再開した。
しかしソ連が撤退したあともアフガニスタンでは内戦が続いたため財政難となり、サルマ・ダムの建設費用をまかなうことが困難となった。そこで2006年にはインド政府が以後に必要となる建設費用2億7,500万米ドル(現在のレートで約330億円)の負担を申し出て、工事そのものもインド国営の重電機メーカー「バーラト重電公社(Bharat Heavy Electricals Ltd.、BHEL)」が10年かけて2016年に完成させた。運開の式典ではアフガニスタンのガニ大統領(2021年8月15日に多額の現金を持って国外退避したと言われている前大統領)およびインドのモディ首相が出席し、電力の供給に加えて水不足に苦しむアフガニスタンの農業を同ダムが大きく改善することを祝したが、アフガニスタン国民の間ではこのダムがインド政府の支援で完成したことは広く知られている。
しかし、その新しいダムはすぐに旧支配勢力タリバンの破壊工作の対象となり、何度も攻撃を受けたため厳しい警備体制が敷かれるようになった。そして運転開始の翌年である2017年には、発電設備への被害はなかったものの10人の警備隊と4人の軍人が殺害されたほか4人の負傷者が出る凄惨なテロ事件が起きてしまった。この攻撃はガニ大統領がタリバンに和平交渉の再開を呼びかけることの多いイード・アル・フィトル(イスラム教徒の断食明け)の挨拶を控えたタイミングであったことから、すなわち「アフガニスタン政府がタリバンとこれ以上の歩み寄りを望むなら、インドに建ててもらった新しいダムを破壊する」という意思表示だと読み取ることができる。
2021年に入るとタリバンが国内の政府施設やインフラ設備の破壊工作を繰り返すようになったが、7月4日にはサルマ・ダムも再び攻撃の対象となり、16人の警備員が殺害されてしまった。さらに7月16日には10発以上の迫撃砲が撃ち込まれたが、そのうち2発が主要設備に命中した模様である(ただし、この日の攻撃についてタリバンは関与を否定している)。そして8月3日にもタリバンは同ダムへの攻撃を仕掛けたが、この際にはアフガニスタン治安部隊(ANDSF:Afghan National Defense and Security Forces)が応戦し、大きな被害を受けたタリバンが撤退することとなった。とはいえ8月12日にはタリバンがヘラートの全体を制圧したと発表しており、政府軍と政府職員は同市郊外の兵舎に退避したため、サルマ・ダムも完全にタリバンの支配下に入ってしまったと考えてよいだろう。
ではアフガニスタン国内を掌握したタリバンは米軍の撤退後、改めてサルマ・ダムを全面的に破壊するだろうか? ここ最近だけで3回も攻撃しておきながら主要設備の多くを残しておいたことを考えると、おそらくタリバンはアフガニスタン国民を支配するツールとしてサルマ・ダムの水や電力の供給を使うつもりなのであろう(世界銀行の推計によると、アフガニスタンでは都市部以外に住む住民の約70%が農業で生計を立てている)。ではダムの復旧を建設したインドのBHELに発注するだろうか? そしてBHELは、インド国民の税金を使ってアフガニスタンに建設したダムを、破壊した張本人のタリバンが「修理してくれ」と言ってきたら快く応じてくれるだろうか?
米軍が撤退したあとのアフガニスタンにおけるインフラ設備の復興は中国が担うものと考えられる。というのも2021年7月28日にはタリバンの設立者の一人であるムッラー・アブドゥル・ガニー・バラーダル(Mullah Abdul Ghani Baradar)副指導者(政務・渉外担当)が王毅外相と会談し、米軍撤退後のアフガニスタンにおいて中国の影響が強まることが決定的となったからである。
したがってサルマ・ダムを含めた電力インフラの復興は中国の企業がほぼすべて受注し、タリバンの実効支配により深刻な売上減に苦しむアフガニスタンの唯一の電力会社である国営企業のDa Afghanistan Breshna Sherkat (DABS)も、他国における事例から鑑みて、少しずつ中国の融資や出資を続けることで最終的には支配下に置かれてしまうだろう。
よって古くにはアジアの強国としてイギリスをも負かしたアフガニスタンは、この40年だけでソ連、米国そして中国に支配されることになる。そして、かつてソ連軍に抵抗するゲリラ組織からタリバンが生まれたように、次なる支配国のもとでも強力な抵抗組織が生まれるのだろうか。
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