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中国脱炭素政策 燃料電池車・水素の将来はどうなる

中国脱炭素政策 燃料電池車・水素の将来はどうなる

2020年11月26日

中国における燃料電池・水素エネルギーの開発動向と将来展望(6)

中国の脱炭素政策の一環である、水素を燃料とする燃料電池、および燃料電池自動車をめぐり、その動向を、1年にわたって、デジタルリサーチの遠藤雅樹氏にご紹介いただいた。最終回となる今回は、あらためて中国の政策の最新動向をお伝えしたい。

中国政府の燃料電池政策、2つのシグナル

この連載でも何度か触れたように、中国の燃料電池開発と商品化は、中央政府の脱石炭、脱輸入石油というエネルギー政策の一環として行われている。

副生水素や再生可能エネルギーによる水素製造・貯蔵・輸送・利用・水素ステーション建設という産業チェーン開発と雁行する形で、燃料電池自動車(商用車、乗用車、物流機器など)の開発と実証走行試験だけでなく、燃料電池スタック部材(MEA=電極接合体、GDL=ガス拡散層、セパレータ、触媒など)、周辺機器(空気圧縮機、水素循環ポンプなど)、高圧水素タンクなど主要部材のサプライチェーン構築を政府主導の産業政策として推進していくというものだ。

中国政府は今年(2020年)になって、2025年に5万台、2030年に100万台という燃料電池自動車の普及目標を掲げ、国内の水素・燃料電池業界に向けたふたつの政策により強いシグナルを送った。

ひとつは、水素をエネルギー源として国家エネルギー法の中心に位置付け、水素の戦略的重要性を提示したこと。「燃料電池自動車実証応用実施に関する通達(关于开展燃料电池汽车示范应用的通知)」(新政策)である。

もうひとつは、燃料電池自動車に対する助成を新エネルギー車に対する補助金の枠組みから切り離し、購入者への補助金支給から一部の都市群での4年間のパイロット実証試験に置き換え、主要コンポーネントの自主開発と実用化に重点を置く政策に転換したこと。「新エネルギー自動車普及応用財政補助政策の整備に関する通達(关于完善新能源汽车推广应用财政补贴政策的通知)」である。

中国政府の燃料電池戦略の転換は、普及台数重視だったものからサプライチェーン全体の発展を重視することへの変化を意味する。2020年以降の燃料電池開発で財政支援が受けられるのは、水素エネルギーの供給能力があり、燃料電池開発を支援する経済的・政策的基盤が十分にあると認められた都市が対象となる。

各都市は、それぞれの地域の状況を認識し、利用可能な資源を最大限に活用していく必要があるが、それぞれの都市には助成額の上限がなく、初期の段階で優れた成果を上げた都市ほど他の都市よりも多くの支援を受けることができるという、各都市間での競争原理が働く制度設計になっている。

燃料電池自動車の実証をあらためて推進

2020年9月に発表された「燃料電池自動車実証応用実施に関する通達」は、燃料電池システムの定格出力向上、燃料電池大型トラック台数の拡大、重要部品・材料の国産化、水素ステーションの効率的運営等に貢献する企業が恩恵を受けられるようになるという内容だ。この新しい政策の概要を簡単に紹介する。

1. 「燃料電池自動車実証応用実施に関する通達」の背景

2009年以来、中央財政は消費者に購入補助金を支給することにより燃料電池自動車の普及を支援してきた。2020年7月までに、累計約7,200台の燃料電池自動車が市場に投入され、約80ヶ所の水素ステーションが建設された。

水素エネルギー・燃料電池産業への投資は増加したものの、依然としてコア技術と重要部品は輸入依存で、水素供給インフラ整備は不十分である。

今後の中国の燃料電池自動車産業の発展のため、政策の変更が必要となり、2020年4月、財政部、工信化部、科技部、発展改革委員会は「新エネルギー自動車普及応用財政補助政策の整備に関する通達」で、これまでの燃料電池自動車に対する補助金を停止し、燃料電池自動車の実証応用に対する支援政策を導入することを公表した。

2. 「燃料電池自動車実証応用」の方針

補助金を支給することで、基礎材料、重要部品、完成車のコア技術の確立を促進する。
実証応用を推進する都市群が4年間の実証期間で、コア技術を確立し燃料電池自動車産業チェーンを構築し、燃料電池自動車を普及させることを支援する。

3. 「燃料電池自動車実証応用」の主な内容

実証応用を推進する都市群は、期間完了時(2024年)に実証目標を達成した場合、補助金を獲得できる。
実証応用を推進する都市群は、燃料電池自動車の実証応用計画を立て、コア技術のイノベーション、産業チェーン構築を支援する政策を導入する。
各都市は行政区域を超えて提携して都市群を組織し、地域の産業チェーンを補完する。実証応用は都市群単位で申請する。
実証を推進する都市群において主導都市を1都市選定し、主導都市は参加都市の分担を決める。第三者機関が各年度の達成状況を審査する。主導都市は、獲得した奨励金の都市間の分配方法を決める。

4. 政策の重点

1. 市群単位での実証応用

  • 都市群は、産業チェーンの優良企業が拠点を置く都市を中心に組織され、都市群単位で実証応用に申請する。
  • 都市群は、地域の垣根を越えて製品、技術を共有し、市場を拡大し、製品コストを低減し、コア技術を確立する。
  • 産業チェーンの優良企業を持つ都市は複数の都市群に参加できる。各都市は実証応用参加にあたり契約を締結するが、契約の前提として地域内での工場建設は強制されず重複投資を避ける。

2. 重要部品技術の産業化

  • 管轄部門は、燃料電池スタック、膜電極、プロトン交換膜、GDL、触媒、セパレータ、水素循環システム、空気圧縮機等の重要部品のコア技術の確立を重点的に支援する。
  • 都市群は、上記の部品・材料、技術を500台以上の燃料電池自動車に搭載し、実車走行距離が2万kmを超える必要がある。上記の部品・材料、技術に対する補助金は、専門家委員会による技術レベルと信頼性の審査後に支給が確定する。

3. 燃料電池商用車の実証応用

  • 管轄部門は、中距離・遠距離輸送車、中型・大型商用車の燃料電池自動車実証応用を重点的に推進することを奨励する。
  • 都市群は、実証応用を申請する際に、車両タイプ、技術レベル、応用シーン、具体的な応用方法に関する計画書を提出する必要がある。

4. ビジネスモデル構築によるコスト低減

  • 都市群は、優良企業を中心に実証応用の規模を拡大し、完成車の価格を低減する。
  • 都市群は、水素エネルギー産業チェーンの企業間の協業を促進させ、安全かつ経済的な水素供給を保証し、水素製造、貯蔵、輸送、供給のコストを低減する。
  • 管轄部門は、都市群により燃料電池自動車の新技術、新しいビジネス体系の応用、持続可能なビジネスモデルの構築を奨励する。

5. 車両の管理と標準体系の構築

  • 都市群は、実証応用期間中に導入した車両の運行データを情報プラットフォームにリアルタイムでアップロードしなければならない。
  • 管轄部門は、燃料電池自動車の実証期間を通じて全チェーンをモニターし、蓄積された車両運行データをもとに技術指標と試験評価基準を整備する。
  • 燃料電池自動車の性能要件については、下の表に示す。

表. 燃料電池自動車(乗用車/商用車)の性能要件

5. 実証都市群の目標は燃料電池自動車普及台数1,000台、水素ステーション15ヶ所

各都市群の実証応用期間完了時の燃料電池自動車の普及台数は数千台規模と推定され、目標である1,000台は大きな台数ではない。実証期間が終了する2024年時点で、全ての実証都市群の燃料電池自動車の合計台数は10万台未満であることから、新政策の期間を経たのち、さらに燃料電池自動車の普及拡大が必要になる。

都市群による実証応用への申請条件

  • 水素エネルギー産業の基盤を備っている。
  • 水素供給が安定している。
  • これまでに100台以上の燃料電池自動車が導入されている。
  • 水素ステーション2ヶ所以上が営業しており、単独のステーションでの1日あたりの水素供給能力が500kg以上である。

都市群が実証期間内に実施すべき目標

  • 燃料電池自動車の重要材料や部品の国産化
  • 水素価格(1kg):35元以下
  • 燃料電池車の普及台数:1,000台以上
  • 燃料電池車の航続距離:300km以上(最大設計総重量31トン以上の大型トラックは200km以上)
  • 燃料電池車の累計航続距離:3万km
  • 水素ステーションの運営数:15ヶ所以上

2021年の展開は?

このように、2020年に2つの政策を新たに導入したことで、中国の燃料電池自動車は、電気自動車とは異なる形で、普及拡大に進むことになった、といえるだろう。2021年はどのような展開になるのだろうか。それはまた、機会があればご報告したい。

遠藤雅樹
遠藤雅樹

(有)デジタルリサーチ代表取締役。(株)矢野経済研究所でガスタービン、燃料電池などの産業分野で市場調査に従事したあと、2001年に燃料電池市場をフィールドにした市場調査会社デジタルリサーチを設立して代表取締役に就任。主な仕事として「燃料電池新聞」(2004~2016年)、「週刊燃料電池 Fuel Cell Weekly」(2009年~)、「中国燃料電池週報」(2019年~)、「燃料電池年鑑(Ⅰ)日本市場編、(Ⅱ)海外市場編」(2014年)、「定置用燃料電池の現状と将来展望(Ⅰ)家庭用燃料電池、(Ⅱ)分散電源・コージェネ、(Ⅲ)Power to Gas」(2016年)、「Transportation燃料電池の現状と将来展望」(2018年)、「中国の燃料電池(Ⅰ)市場編、(Ⅱ)企業編」(2019年)、「世界の燃料電池(Ⅰ)市場編、(Ⅱ)企業編」(2020年近刊)などの調査レポート、有料ニュースレターを発刊している。2019年から中国の水素・燃料電池の現状調査を開始、上海、北京、仏山、如皋などに足を運んでいる。早稲田大学文学部仏文科卒。

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