脱炭素銘柄と一言でいっても、関連する分野は多岐に渡る。今回は脱炭素銘柄の中でも、昨年秋頃から話題となることの多い水素関連銘柄について取り上げた。ただし水素を取り扱う分野は生産から消費まで幅広く、脱炭素銘柄の中でも水素関連銘柄は特に対象事業が広い。また脱炭素ブームではあるが、水素関連銘柄の株価の反応は様々だ。
水素関連銘柄について東証1部平均のPBRや予想PERとの比較に加えて、各銘柄の株価推移の一覧から概観する。水素関連銘柄といわれる銘柄の中でも、脱炭素ブームによる株価上昇の恩恵を受けている銘柄は限られている状態だ。
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2021年1月に米国でバイデン政権が発足した。脱炭素に積極的な民主党のバイデン政権発足の前後から、世界的に脱炭素の動きが加速している。国内でもそれまで太陽光発電などは広がり始めていたが、バイデン政権発足後には様々な分野に影響が生じている。また欧州でもハイブリッド車を含め化石燃料を使用する自動車の将来的な販売禁止が事実上決定されるなど、脱炭素が加速している。
その中で急速に水素に対する注目度が高まった。水素は燃焼しても水になるだけであり、二酸化炭素が発生しない究極の脱炭素燃料だ。様々な分野で大量に消費される化石燃料を水素に置き換えることで、一気に脱炭素化が進む。ただし水素は爆発リスクがあるため、これまでエネルギーとしての可能性はありながら、その活用に企業は及び腰であった。脱炭素の加速が水素活用の背中を押した形である。
水素の本格活用はこれからの状態だが、水素発電から水素自動車まで脱炭素の潮流の中で水素の活用は具体的にイメージしやすいという特徴もある。
脱炭素の加速で注目を集める水素だが、水素関連事業のすそ野は非常に広い。
最初に大量消費に対応するべく水素自体を製造する必要がある。大量の水素製造には化石燃料由来のブルー水素、水の電気分解により生産されるグリーン水素にかかわらず、水素製造プラントが必要だ。また生産された水素を運搬するための船やトラックなどの輸送手段も欠かせない。更に運搬された水素は貯蔵施設などのインフラが必要だ。そして運搬された水素は自動車で活用する場合、水素ステーションが必要不可欠である
また最終段階の水素を使うという観点では、水素自動車や水素発電、水素による製鉄などがある。尚、2020年東京オリンピック・パラリンピックの聖火台の聖火は水素を燃料とした炎だ(水素はENEOSホールディングスが提供)。
今回、国内の水素銘柄として下記8銘柄を取り上げた。
水素製造
水素物流
水素利用
水素製造分野では、国内を代表するプラントメーカーの千代田化工<6366>が三菱商事、三井物産、日本郵船と提携し、同社が開発したSPERA水素®技術を用いてブルネイの水素プラントで生産された水素を国内に輸送し需要家に発電燃料として供給する実証実験に成功している(期間2015~2020年)。また三菱化工機は小型オンサイト型の水素製造装置を手掛けており、水素ステーションなどに提供する。
水素物流分野では、岩谷産業とENEOSホールディングスが水素ステーションの設置に積極的だ。また岩谷産業は水素ステーションのみならず水素運搬や水素貯蔵にも進出している。川崎重工は水素運搬船を独自開発して2021年5月に公開した。同社は水素生産から運搬そして貯蔵施設まで水素に関わる一貫したビジネスの立ち上げに注力しており、今後は水素事業を事業部門の柱の1つとして育成する計画だ。またトーヨーカネツは水素を貯蔵する水素タンクについて、世界最大の水素タンクの開発を行うなどしている。
水素利用分野では、トヨタ自動車がFCVのMIRAIに加え、既存エンジンを水素対応に改良して自動車レースに参加するなど水素の活用に積極的だ。また代理店を通じた電力小売り事業を手掛けるイーレックスは、2022年3月に山梨で初の水素発電所の商業運転を開始すべく準備を進めている。
上記銘柄の予想PERとPBRは下記となる(2021年8月26日時点、以下同様)。
東証1部の全銘柄の平均PBRは1.28倍であり予想PERは15.2倍だ。
PBRの観点では東証1部の平均PBRを上回る水素銘柄は、2019年3月期に▲2,000億円の最終赤字を計上して、三菱商事による増資で子会社化された特殊事情のある千代田化工を除けば、岩谷産業、イーレックスに留まる。また東証1部の平均予想PERを上回る水素銘柄は川崎重工、イーレックスに留まる。
PBR及び予想PERの観点では水素関連銘柄と位置付けられる銘柄でも、通常の状態で東証1部平均を上回る銘柄は岩谷産業、川崎重工、イーレックスのみである。
脱炭素銘柄として数多くの銘柄が取り上げられ、また各企業から脱炭素に絡めたIRが発表されている。しかし、東証1部平均のPBRや予想PERより買われているかどうか、という観点は簡単ながら脱炭素銘柄が人気化しているかを探るひとつの指標となり得る。
岩谷産業の予想PERの推移を見ると、昨年10月までは10倍程度の水準で推移していたが、10月に10倍を明確に超えた後、本年1月には20倍まで上昇した。また4月に予想決算の上方修正がなされて15倍を前後する水準まで下落したが、現在も昨年10月までと比べ高い水準に位置している。
川崎重工は2021年3月期決算が赤字であり、昨年の株価分析に予想PERが利用できない。しかしPBRの推移を見ると2020年は0.5倍を前後していたが、2020年12月から上昇し0.8~1.0倍の間を推移するようになり現在に至った。ただし2020年半ばまでPBRは下落を続けた経緯があるため、現在のPBRは2019年上期と同等の水準を回復したともいえる。
イーレックスは予想PERで見ると、2017年に一時40倍を記録しているが、2018年以降は10~25倍前後の水準で推移している。2020年9~10月は10~13倍程度での推移であったが、11月以降に上昇しており昨年秋以降の上昇が顕著である。また同社の予想PERは本年7月に28倍まで上昇しており、2018年以降の最上値を上回った。
またイーレックスは業績が急拡大している。2019年3月期の売上高658億円、営業利益47億円が2021年3月期には売上高1,418億円、営業利益157億円まで成長した。業績の急拡大を背景に、2019年以降の株価は右肩上がりで上昇中だ。
3銘柄ともに昨年秋以降の株価上昇が顕著であり、その後株価の落ち着きが見られるものの、予想PERやPBRの観点では依然として東証1部平均を上回る状態を維持している。米バイデン大統領の大統領就任前後から開始された脱炭素銘柄上昇の効果は、今も残っていると考えることができる。
下記は昨年10月以降の上記8銘柄の全体的な株価推移である(2020年10月を0%とした2021年8月26日までの変化率)。
※各銘柄のラインの色はチャート内に記載、岩谷産業は青色(チャート画像はTradingView以下同様)
全体的に昨年12月以降の株価上昇が確認できる。ただしその中でトーヨーカネツ<6369:黒>、ENEOSホールディングス<5020:ピンク>の株価は低迷が続いている。
上述のトーヨーカネツとENEOSホールディングスに加え、トヨタ自動車<7203:水色>(水素以外の要因での株価変動が大きいと考えられる)を除いたものが下記である。
残った5銘柄はいずれも昨年10月に比べ現在も株価は高い値位置にある。特に業績が急拡大しているイーレックス<9517:赤>の伸びが突出している。イーレックスを除き、いずれの銘柄も昨年秋から今年春にかけて株価はピークを付けているが、三菱化工機<6331:緑色>の下落幅が大きい。また千代田化工<6366:紫>は他の銘柄に遅れて上昇したが、イーレックスを除けば最も株価が伸びている。その後の株価の下落幅も大きいが、川崎重工<7012:オレンジ>、岩谷産業<8088:青>と同等の上昇幅を今も維持している。
水素関連銘柄はいずれもピークアウトして足元では下落が続いているが、今後再上昇に向けた動きを見せるのか注目される。
脱炭素がブームとなり脱炭素に関連付けたIRも流行している。しかし脱炭素と銘打った事業や発表内容が脱炭素にそれほど関係なく、話題作りに留まるケースも散見される。
脱炭素銘柄も同様で、脱炭素の材料はあるものの事業化前の実証実験の開始など、脱炭素銘柄と位置付けるにはハードルが高い銘柄も少なからず存在する。
今回は水素関連銘柄を取り上げ東証1部平均の予想PERとPBRの比較に加えて、株価推移一覧による比較を行った。両者を行うだけでも脱炭素ブームの中で水素関連銘柄として買われているかどうか、ある程度の把握が可能だ。
水素関連銘柄は昨年秋からの脱炭素ブームによる株価上昇はあったが、2021年春頃までにピークアウトして、現在は徐々に下落している。
ただし本格的に人気化する銘柄は最初の人気化時も株価は上昇するが、一旦ピークアウトして下落した後に、再び本格的な上昇期を迎えN字型で上昇するケースが多い。その観点では水素銘柄が再度注目され、二度目の上昇するタイミングがいつ到来するのか、今後の水素関連銘柄の動向が注目される。
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