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昨今、あらゆる分野において持続可能性が重要視されるなか、活用範囲の広いバイオマス素材として注目される「セルロースナノファイバー」をご存知でしょうか?
セルロースナノファイバーはほぼ無尽蔵であると考えられており、素材としての強度・機能にも優れています。あまり馴染みのない印象があるかもしれませんが、すでに身近なところではタイヤや靴底、ボールペンのインクなどへの実用化が進められています。
セルロースナノファイバー(略称:CNF)とは、植物由来の成分であるセルロースを細かくほぐすことで得られるバイオマス素材です。軽量・高強度・高弾性など素材としての使い勝手だけでなく、植物由来の再生可能資源かつ生分解性(微生物により分子レベルに分解される特性)であるといった環境負荷の少なさも評価されています。
セルロースナノファイバーを含むナノセルロースの原料には、以下が使用されています。
原料によりナノセルロースの生成方法は異なり、木材などから得られる植物セルロースを解きほぐす方法と、生物的にセルロースを合成する方法に大別されます。とくに樹木由来のパルプを使用した生成が主となっており、これは平たく解説すると「木材をナノサイズまでほぐした状態」にする手法です。
なお、セルロースナノファイバーは木材組織をミクロフィブリル単位(植物の細胞壁の骨格)までほぐしたものですが、その前段階には木材組織を細胞単位にほぐした「パルプ」があり、パルプはコピー用紙や段ボールなど身近なところで利用されています。
「平成25年度製造基盤技術実態等調査報告書」において、経済産業省はセルロースナノファイバーにおける2030年の目標値を「年間1兆円の市場創造」と掲げました。この目標値からも、政府や企業がセルロースナノファイバーに対して抱く期待度の大きさが読み取れます。
セルロースナノファイバーの活用が期待される分野は多岐にわたりますが、代表的な領域を挙げると以下に大別できます。
たとえば、輸送機器の分野であれば航空機・鉄道の内装材、建築材料の分野であれば遮熱ガラス用フィルムなどへの活用が期待されています。
次章から現在実用化が進んでいる分野と、用途展開が推進されている分野をご紹介します。
環境省が2021年に公開した「脱炭素・循環経済の実現に向けたセルロースナノファイバー利活用ガイドライン」をもとに、セルロースナノファイバーの技術を活用している分野・実用化例をご紹介します。
分野 | 実用化例 |
自動車 | NCV(軽量化自動車)の実証事業 |
ゴム製品 | タイヤ |
住宅・建設 | 漆喰壁材 |
家電 | 掃除機の構造部品 |
容器・包装材 | 飲料向け紙容器 |
嗜好品・スポーツ用品・工芸品 | 靴底、卓球ラケット用素材、スピーカー・ヘッドフォンの振動盤 |
塗料・コーディング剤 | ボールペンのインク、塗料 |
医療・ヘルスケア・美容 | マウスウォッシュ、化粧品 |
電子デバイス・エネルギーデバイス | ソルダーペーストの添加剤(はんだ付け材料) |
食品 | どら焼き、さくらもち |
紙類 | トイレクリーナー |
その他 | 接着剤、京焼、清水焼(陶磁器) |
参考:環境省「脱炭素・循環経済の実現に向けたセルロースナノファイバー利活用ガイドライン」を抜粋・改編
実用化例で扱われている分野の多さからも、セルロースナノファイバーがあらゆる機能を備えた「夢の新素材」であると分かります。また工業品の素材として活躍するのはもちろん、食品に利用すれば食感・保存期間の向上が見られ、化粧品に利用すれば使用感・乳化安定性の改善が見られることも判明しています。
今後の用途展開として、セルロースナノファイバーを高強度材料・高機能材料へ活用することが視野に入れられています。すでに自動車・家電・住宅建材へ幅広く活用できる可能性が期待されており、具体的にはそれぞれ以下のような用途展開が想定されています。
分野 | |
自動車 | ボディ・ドア・サブフレーム・ボンネット・ルーフ・タイヤ・窓ガラス |
家電 | エアコン(室外ファン)・冷蔵庫(筐体)・テレビやPC(ディスプレイ) |
住宅建材 | 窓枠・窓ガラス・断熱材 |
参考:環境省「脱炭素・循環経済の実現に向けたセルロースナノファイバー利活用ガイドライン」を抜粋・改編
いずれも革新的ではありますが、とくに自動車に関しては市場規模が大きいことから注目が集まり、すでに2016~2020年のあいだに「NCVプロジェクト」と呼ばれる導入実証が行われました。同プロジェクトではセルロースナノファイバーを使った自動車の軽量化を実現し、軽量化による二酸化炭素削減効果の評価を実施。NCVプロジェクトにより製作された車両は、同クラスの車両と比較して188kg(通常車両の16%相当)軽くなり、燃費改善効果は試算によると11%改善したようです。年1万km走行を10年間続けた場合、ライフサイクル(原料調達から廃棄まで)全体の二酸化炭素排出量は2トン/台と見込まれています。
これまで、あらゆる分野に活用されてきたプラスチックは利便性に優れる一方、地球温暖化や海洋汚染などの環境問題を招いています。環境負荷の少ない素材への代替が急がれるなか、セルロースナノファイバーの安定普及は重要課題の1つに挙げられるでしょう。
セルロースナノファイバーの安定普及に関連する取り組みとしては、環境省により実施されている「脱炭素社会を支えるプラスチック等資源循環システム構築実証事業」や「グリーンスローモビリティの導入実証・促進事業」があります。それぞれ、どのような取り組みなのか概要をまとめました。
支援事業 | 概要 |
脱炭素社会を支えるプラスチック等資源循環システム構築実証事業 | セルロースナノファイバーを含む、再生可能資源の技術実証に対して、一定割合で費用を補助 |
グリーンスローモビリティの導入実証・促進事業 | セルロースナノファイバーを含む、先進技術を活用したグリーンスローモビリティの実証・導入支援 |
グリーンスローモビリティとは、公道を時速20km未満で走行する4人乗り以上の電動モビリティです。運転が簡易なことに加えて小型かつ軽量であるため、バス・電車などが整備されていない地域で活用されることが期待されています。
セルロースナノファイバーは高強度・高機能であり、ほぼ無尽蔵に採取できる優れた素材ではありますが、現状では価格が高く従来品に代わり普及するまでには時間を要すると考えられます。
そのため、従来品と同等以上の機能性を持つことに加えて、一般消費者が魅力に感じる「セルロースナノファイバー製だからこそ得られる付加価値」の追求が今後の課題です。付加価値が明確になれば、セルロースナノファイバーを利用した製品の消費量が増え、生産量増加にともなうコスト低減が実現するからです。
また、プラスチックや金属など長期的に利用されてきた素材と比較して、セルロースナノファイバーはあらゆる用途・環境下でどのように変化が起こるか完全には理解されていません。そのため、素材としての特性が明らかにされることも安定普及のために不可欠だといえます。
「セルロースナノファイバー」という言葉を耳にしたことはあっても、実際にどのような素材なのか理解している一般消費者は多くありません。また、セルロースナノファイバーの有用性を理解しても、表面的な費用対効果を勘案して従来品を使い続けることは容易に想像できます。
そのような状況下において、生産者側による「消費者が魅力を感じる商品開発」はもちろん重要ですが、セルロースナノファイバーを利用した製品に対する消費者側の「価格以上の付加価値に気付く努力」も欠かせません。環境保全に配慮してガソリン車からエコカーに乗り換えるように、持続可能性を勘案してセルロースナノファイバーを利用した製品を選ぶ意識が、安定普及の実現を早めるカギだと考えられます。
環境負荷を減らすために、セルロースナノファイバーのような再生可能資源の社会実装が求められています。多くの企業がプラスチックストローを廃止し、紙ストローや竹ストローで代替している昨今の状況からも、プラスチックから再生可能資源に移行する潮流を読み取れます。まだ私たちにできることは多くありませんが、今後普及が促進されるセルロースナノファイバーにアンテナを張り、できる範囲で生活に取り入れていく姿勢が環境保全につながるはずです。
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