デロイトトーマツは新しい気候変動レポートを公開した。それによると、気候変動アクションを積極的におこない、2050年の気温上昇を1.5℃より低く抑え、脱炭素化が進むと日本には388兆円の経済効果が生まれるとしている。反対に失敗すると、95兆円の損失になるとしている。
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デロイトトーマツが今回発行したのは「日本のターニングポイント、気候変動アクションが経済の先行きを左右する」と題したレポート。デロイトのアジアパシフィック、アメリカ、欧州のエコノミストを中心にしたチームがまとめたもの。日本以外にも世界各国の状況についてもそれぞれレポーティングされている。
レポートの目的は気候変動に対する対処がない場合の経済損失、対処した場合の経済成長を数値化・可視化すること。気候変動アクションを一部の業界のものではなく、社会全体に関わるものとしてあらゆる産業での取り組みを可視化させることにある。
レポートはデロイトが開発した「D.CLIMATE」モデルを用いて分析された。そのもとにはIPCCも用いている炭素排出シナリオのひとつ、RCP6.0が用いられている。これは世界の大半が気候変動に対処「できなかった」場合のシナリオで、経済損失を図るのに適当だとしている。
レポートでは2021年から2070年までのロードマップになっている。まず、脱炭素化がうまくいった場合のシナリオをみてみよう。
2021年から2025年は脱炭素社会の構造変化の基礎を固める期間とされている。ここではサプライチェーンの変革や予算、税制、国際協調などの各種政策が力強く後押しすることが求められている。
2025年から2035年は協調的な変化の10年と捉えられ、産業政策やエネルギーシステム、消費者行動などで変革の取り組みが具現化され、成果が少しずつ見えるようになる時期となる。経済効果はプラスに転じはじめる。徐々に脱炭素関連の技術、モノ、サービスの輸出国家としての日本が確立される。
2035年から2045年はこれまでの脱炭素の取り組みが目に見えてあらわれ、産業の脱炭素化がほぼ完了するという。そのための技術コストも下がり、全体としてプラスの経済効果がでる。脱炭素化がうまくいけば、気温上昇の抑制もみられはじめる。日本はグリーン経済を基軸とする新しい構造に変化している。
2045年以降は低炭素排出の将来とされ、経済構造は根本的に変革される。エネルギー、モビリティ、製造だけではなく、食料、土地利用、サービス業にいたるまで低炭素、またはゼロ排出のエネルギーだけでまかなえるようになる。水素はグリーン水素となり、排出量はネガティブに転じる。また、日本がいち早く脱炭素を2020年代におこなったからこそのサービス、ビジネスが日本経済を牽引するという。
2070年までの経済効果は388兆円に及ぶ。
脱炭素が成功した場合、2070年までのタイムラインとセクターごとの経済効果
変革における最大の経済効果 GDP上振れ効果が最も大きい順、金額により順位付け | |
2021ー2025 大胆な気候への取り組み 温暖化 1.5°Cの世界に向けた大胆な気候への取り組みですぐに恩恵を得られるセクターがある | 新エネルギーセクター 建設セクター 官民サービスセクター |
2025-2035 協調した変化 温暖化 1.5°Cの世界に向けた変化のカギとなるこの 10 年で継続的な恩恵を受ける業界がある | 新エネルギーセクター 官民サービスセクター 建設セクター 小売業・観光業 水道とユーティリティ |
2035-2045 ターニングポイント 産業界の大幅な脱炭素化が達成され温暖化 1.5°Cの世界に急速に進む | 新エネルギーセクター 官民サービスセクター 小売業・観光業 建設セクター 水道とユーティリティ |
2045-2070 低炭素排出の将来 新たな経済構造と生産高により温暖化 1.5°Cの世界で日本が作り変えられる | 新エネルギーセクター 官民サービスセクター 小売業・観光業 建設セクター 水道とユーティリティ 農業と林業 |
では、脱炭素がうまくいかなかった場合はどうか。
レポートでは、そもそも、産業革命以降の経済成長は温室効果ガスの排出の増加とともにあったという。化石燃料を燃やし、森林を破壊し、集約的な農業のための土地の転換を通じての「成果」として経済成長があったとする。それが最も顕著なのがアジア太平洋地域である。過去数十年の経済成長により貧困から脱する多くの人と引き換えに、二酸化炭素排出の急増があった。日本ももちろんそうである。
主流派の経済理論や経済モデルは、無制限の炭素排出は経済成長にマイナスではない、という前提に立っていた。しかし現在、科学的なコンセンサスはこの前提に反するものになっており、人々の考えから乖離するようになっている。つまり、世界の気候は、経済成長を支えきれなくなっている。
こうした従来の「炭素排出集約型」経済を続けた場合、従来の炭素気候変動の経済的な影響は、農業の損失はもちろん、各所に出る。観光業の縮小、新しい生産ではなく既存資本の修復に投資されて生産性が低下する、海面上昇による生産可能な土地の減少等があげられている。特に温暖化による死亡率と疾病率の増加による労働人口の減少と、熱ストレスによる労働者への影響により、労働生産性が減少する。
こうしたことから日本の2070年までに見込まれる経済損失は、サービス業−41兆、製造業−17兆円、小売・観光業−15兆円、そのほか−21兆円の、合計−95兆円に上る。また、2050年までには29兆円の損失となる。サービス業、製造業、小売・観光業、建設業、輸送は日本の国内総生産(GDP)の93%を絞めるが、それらすべてが気候変動の最も影響を受けるという。
では、どうすれば最悪のシナリオではなくなるのか
脱炭素が失敗した場合、2070年までに見込まれる経済損失
トータル | −95兆円 |
サービス業 | −41兆円 |
製造業 | −17兆円 |
小売業・観光業 | −15兆円 |
その他 | −21兆円 |
出典:デロイトトーマツ「日本のターニングポイント、気候変動アクションが経済の先行きを左右する」より
レポートでは、最も重要なものは時間であるという。2021年の今から数年間の政策や投資判断によって、今後数十年間の経済の変化が決まる。
また、時間が限られているからこそ、地球温暖化とその経済的な意味を理解し、気候変動に関する市場の欠陥に対処する意思決定に、その理解を取り込むことが重要であるという。
現在、国内発電の7割は「炭素集約型」の化石燃料であり、重工業による化石燃料利用率は先進国中最大になっている。製造業はGDPの6%にもかかわらず、国内の炭素排出に占める工業生産の割合は25%であると警鐘を鳴らす。
レポートには気候変動に対するアクションの経済効果は、今すぐに対処をはじめても2030年以降に見えはじめるという。そして、それまでは世界経済の迅速な脱炭素化が進むとともに、日本には2030年までの短期的には構造変化のコストの影響を受けるという。この10年を、コストを払ってでも脱炭素への構造変化ができるかどうかがまさにターニングポイントだ。
逆にいうと、この5年10年には官民の資金が大量に流れ込む時期になり、確実にマーケットは拡大する。
また、レポートでは脱炭素による経済の影響を受ける産業は全産業に至るという。2025年までは新エネルギー、建設、官民サービスにはじめの経済効果があわられるが、その後、脱炭素が進むにつれ小売業・観光業、水道などのユーティリティ、農業と林業にもその経済効果は波及していく。
脱炭素はエネルギーセクターへの経済効果だけが強調されがちだが、全産業の問題であると改めて指摘している(考えてみれば当たり前の話しだが)。
消費も含めた経済効果が脱炭素を中心に回りはじめるために、今すぐの変化が必要になるということだ。
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