新型コロナウイルス危機によって引き起こされた大混乱は、現代社会がいかに電力に依存しているのかを、浮き彫りにしました-- 2020年3月25日付で送られたIEAのニュースレター、Energy Mixとそれに関連する解説記事*で、エグゼクティブディレクターのFatih Birol博士は書いている。その中でBirol博士は現代社会のインフラとしての電力の重要性を述べ、政府の再生可能エネルギーへの景気刺激策について述べている。
コロナウイルスに伴う世界的な危機の中、エネルギーの変革はどうあるべきなのか、氏の解説記事を紹介する。
現代社会は電力なしでは成り立たないという「当たり前」が揺らぐ
インフラとしての電力の重要性は言うまでもないだろう。身近なところではテレワーク、家でのネットショッピング、子どもの遠隔教育、しかしそれだけではない。感染症対策で急増する病院での人工呼吸器からG7などの国家間のオンライン会議、金融取引、マーケティングのためのビッグデータまで、電力は現代社会の隅々にまで行きわたってそれを維持している。人の生死を左右するライフラインである。
IEAの2019年11月の「World Energy Outlook 2019」によれば、世界の電力需要は地域によって大きくふたつの傾向がある。先進国では、デジタル化と電化の進展で増える分は、効率化によって相殺されている。一方、発展途上国などは、所得増加、工業製品の拡大、サービス部門の成長によって需要を確実に押し上げている。
Global electricity demand by region in the Stated Policies Scenario, 2000-2040
World Energy Outlook 2019
新型コロナウイルスで世界が混乱を極める中、なぜ今、再生可能エネルギーへの政府の投資がより重要になっているのか。冒頭に記したニュースレターでは大きくふたつの点に触れている。
原油に振り回される世界経済からの脱却
ひとつは、電力と原油との関係性だ。
今回のような世界規模の問題が起こった場合、金融商品は大きく揺れ動き、経済が乱高下する。原油価格ももちろんそうで、今回も激しく変動した。
2020年初頭には1バレル60ドルだった価格が3月に急落、一時は1バレル20ドルを割り込んだ(17年ぶりの安値だ)。中国などでの需要が減少したことに伴い、産出量を調整しなければならなかったのが、うまくまとまらず、産油国同士が主導権を奪うためにさらに増産に転じたのだ。すでに過剰になっていた原油はさらに過剰になっている。原油価格競争となっており、各国の株価はさらに大きく下落した。
Birol博士の解説記事では、もともと、産油国では国家予算の多くを原油に頼っているため、世界的なエネルギー需要・市場の変化はマクロ経済に素早く、大きく影響を与えることを指摘している。ロシアやサウジアラビアなど産油国は国家予算縮小などでこれに対応してきたが、それは産油国経済の鈍化の一因となっていた。
これは産油国の構造的な問題だが、今回の新型コロナウイルスをきっかけとして、大きく露呈した。産油国(供給側)は自国のシェア拡大のため、他の国を追い落とそうとし、増産を行うので価格はさらに下落するという悪循環に陥っている。
一方、需要面でもエネルギーの効率化やEVの普及など、先進国が牽引する形で気候変動に対応しようとしていることから、長期的な原油の需要見通しに疑問が持たれている。すでに中東をはじめとする産油国の2020年の原油収入は昨年を大きく割り込むと予想されている。原油収入に頼った産油国の国家運営と世界経済は、重大な局面を迎えていると言えるだろう。
このような問題は以前から認識されていたが、なかなか産油国経済の転換は行うことは難しかった。なのでいまだに多くの国が原油に頼り、振り回されている。
同時に、今回露呈したようにこの転換を避けることはますます難しくなっている。すでに産油国の経済は(2014年から2015年の原油価格の急落の影響もあり)5年前より後退しており、今回のコロナウイルスのショックを受け止める余裕がなくなってきている、とIEAは分析している。2020年の原油需要の減少、一部の国のさらなる増産、1バレル平均30ドルの年間価格でのIEAの試算によると、2019年比で50%以上の減少になるという。
このように、IEAは産油国にも原油からの脱却を改めて強く警鐘を鳴らしている。前述のように原油依存からの転換は簡単ではないだろうが可能であるとIEAは強調している。
もちろん、原油の輸入国も原油だけに依存しないエネルギーが重要なことは言うまでもない。
日本の原油輸入量は1,453万kl、中東依存度は93.4%と5ヶ月連続で前年を上回っている。(経産省・2020年1月分。2月28日発表)。輸入量自体は減少し続けているものの、輸入依存率はほぼ100%である。
雇用・景気刺激策としてのエネルギーシフト
3月26日、アメリカの失業保険申請者は過去最大の328万件に達した。3月29日、イタリアやスペインは経済活動の停止を発表した。日本も外出の自粛を求められている。世界の観光業や小売業をはじめとした国家規模の経済的ダメージは計り知れない。各国政府は雇用対策を含めた景気刺激策をすでに検討し始めている。
Birol博士は今回の景気刺激策に、再生可能エネルギーこそが有効だと述べている。前項で述べた原油依存の世界経済からの脱却だけではなく、将来にわたって安価で安定的な電源を確保する絶好のチャンスだ。
太陽光発電と風力発電は、すでにコストが低くなっており、技術も発展してきている。一方、水素と二酸化炭素回収技術はスケールアップとコスト低下はこれからで、大規模な投資を必要としている。エネルギー全体で言えば、発電のみならず、バッテリー技術、建築物のエネルギー効率の向上など、投資すべきプロジェクトは数多くある。
原油価格の下落は、より安いエネルギーを求める消費者としての心理からすると、気候変動への対応を遅らせるかもしれない。結局それでは原油依存の世界経済から脱却できず、温室効果ガスの削減も遠のいてしまう。そのため、再生可能エネルギーには下落した原油価格に対抗できるコストメリットが必要で、化石燃料消費に対する国の補助金を削減することも有効だ。
クリーンエネルギー技術の開発、展開を促進するための大規模な投資は、経済の活性化とエネルギーシフトという双子のメリットを生み出すため、国の予算計画の中心を担うべきだというのがBirol博士の主張だ。
一方で、gtm紙によるとチェコ共和国のAndrej Babiš,首相は昨年末に発表されたばかりのEU グリーン・ニューディールを一旦破棄して、各国がコロナウイルス対策に集中すべきだと述べた(3月16日)。同記事でWood Mackenzieのアナリスト、ブライアン・ゲイロード氏は「今回の危機は、(最終的には)グリーン経済への大きな後押しになる可能性があるが、まだそれは気が早い話だ」と述べた。
コンサルタント会社コーンウォール・インサイトのリサーチャーであるダニエル・アッツオーリ氏はプレスステートメントで「残念ながら、再生可能エネルギーの促進は今回のウイルスにより遅れるか、遅れる可能性がある」と述べた。「願わくば、脱炭素は今回の(ウイルスによる)危機の後にやってくるであろう景気刺激策の重要な要素となるでしょう。低金利は、再エネプロジェクトの低コストな資金調達に役立つだろう」と氏は続けた。
現代社会を支える電力だからこそ
厳しい外出禁止令の中でも、公共インフラは国民生活のために維持し続けなければならない。米エジソン電気協会はパンデミックの拡大で最大で40%の公益事業の従業員が休んだり、隔離されたり、家族のケアのために自宅にいなければいけなくなる可能性があると2月に警告した。
サザン・カリフォルニア・エジゾン(SCE)は、13,000人の従業員のうち、約8,000人にテレワークを導入しているが、残りの現場担当には施設を消毒したりソーシャルディスタンスを保つ措置をとっていると、gtm紙は伝えている。
それもこれも、現代社会の維持、ライフラインの維持の重要性を皆が認識しているからだ。今回のような世界的な問題が起きた時、電力のみならず、世界経済の安定のためにも、エネルギーシフトはさらに重要性を増していると言えるだろう。
参照
The coronavirus crisis reminds us that electricity is more indispensable than ever(IEA:2020年3月22日)
Energy market turmoil deepens challenges for many major oil and gas exporters(IEA:2020年3月16日)
Put clean energy at the heart of stimulus plans to counter the coronavirus crisis(IEA:2020年3月14日)
(Text:小森 岳史)