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水素社会は本当にくる?脱炭素社会で注目されている理由とは

2021年11月15日

最近は雑誌やテレビなどでも「水素社会」ということばを聞くことが多くなってきました。その名の通り、水素をエネルギーの軸とする構想が世界中で進んでいます。では、水素はなぜそんなにも期待されるエネルギー源となっているのでしょうか。

水素とは

一般に言う水素とは、水素原子がふたつ合わさった水素ガス(水素分子、H2)のことです。水素ガスは世界で一番軽いガスです。

水素原子は最も小さな元素であり、宇宙で最も豊富な元素でもあります。元素としては豊富な水素も、水素ガスとしては、自然界にはほとんど存在していません。水素は、水(H2O)や、メタン(CH4)等の中に化合物として存在しているため、水素ガスとして利用するためには化合物から分離させなくてはなりません。

水素ガスは、体積エネルギー密度は他の燃料に比べてはるかに低くなります。この低い体積エネルギーを他の燃料並に効率的に輸送・貯蔵するため、液体水素や圧縮水素にします。液体にした重量あたりのエネルギー密度はガソリンよりも高くなります。

各種燃料の発熱量比較
*水素を高密度に貯蔵輸送する方法とその展望

水素ガスを次世代のエネルギー源として利用しようという考えは、環境問題意識が高まってきた1970年代ごろからありました。

水素の作り方は大きくふたつ

水素ガスは前述の通り、自然界にはそのままでは存在しません。そのため、自然界の水素化合物から水素だけを取り出す必要があります。この方法には大きく二通りあります。

ひとつは、化石燃料と水(水蒸気)を反応させて、水素だけをとり出す方法。石炭や天然ガスを水蒸気と反応させることで、水素ガスと一酸化炭素をつくり、このうち水素ガスを取り出します。石油や天然ガスの主成分は炭化水素という主に炭素(C)と水素(H)を多く含みます。水(H2O)と反応させることで一酸化炭素(CO)とH2(水素)にわけることができる、と考えるとわかりやすいでしょう。水蒸気改質や部分酸化改質、石炭を蒸し焼きにしたコークスを製鉄の際に燃焼させて発生するコークス炉ガスからも水素を取り出すことができます。

この化石燃料から水素を取り出す方式のメリットは、すでに確立された技術であることも手伝って、短時間に大量に、コストが比較的安くつくれることです。

デメリットは、どの製造過程でも酸化炭素(nCO)が排出されることです。水蒸気改質では温暖化の要因になる二酸化炭素が副産物としてでます。

もう一つのやり方は、水の電気分解です。H2Oである水に電気を通すと、電子の移動が起こり、H+とHO-になります。より正確には、2H2Oが2H2とO2になります。中学理科の復習めいてきました。

この水の電気分解のメリットは、なんといっても二酸化炭素などの温室効果ガスを出さないことです。

デメリットは、当たり前ですが、電気が必要なことです。この電気を、化石燃料由来の電力でまかなうと、せっかく水素製造時にはでない二酸化炭素が、発電時に出てしまう。それでは意味がありません。太陽光発電や風力発電、水力発電などの再生可能エネルギーを使い、水を電気分解することでようやく温室効果ガスをださずに水素をつくることができます。

二酸化炭素などの温室効果ガスを排出しない水素をグリーン水素、二酸化炭素を排出してしまう水素をグレー水素、製造時の二酸化炭素をなんらかの手法で回収した水素をブルー水素と呼びます。

脱炭素社会において、水素が重要といわれる理由

脱炭素社会において、水素の重要性は、利用時に温室効果ガスを排出しないことでしょう。水素が再注目を集めている理由はなんといっても脱炭素文脈です。水素を電気のエネルギー源として使うとき、水の電気分解と逆をおこないます。つまり、水素と酸素を反応させることで電子の移動が起こるので、電気が発生します。反応がおわった水素と酸素は、水になります。グリーン水素を使えば、その製造時から利用時までの間すべてにおいてCO2などの温室効果ガスは発生しないのです。

この、脱炭素要素に加え、ほかのメリットも近年改めて注目されています。

非常時のエネルギー供給にも役立ちます。将来的には災害時の停電など、電力インフラが止まった場合でも、あらかじめ水素を貯蔵しておくことで水素を燃料とした燃料電池などを通してエネルギー供給が可能になるといわれています。

さらに、地方でつくった再エネを利用したグリーン水素を使うなど、エネルギー地産地消にも役立ちます。地方の産業界も参画できます。

燃料電池を通しての熱供給も可能です。燃料電池はおよそ80℃で運転され、そこで得られる熱はそのままであれば捨てられます(廃熱)。この廃熱を利用することで、家庭などの熱供給利用にも役立ちます。

水素はどのように利用されるのか

水素の利用シーンは、今までは限られた分野のみでした。たとえば、ロケット燃焼時の燃料であるとか、液化水素を用いた極低温(−253℃)の研究所などでの利用です。

それが今では、燃料電池や、輸送分野(燃料電池バス、水素燃料電池車(FCV))などにも用途が広がりつつあります。日本では都市部ですでに燃料電池バスが走っており、2021年の東京オリンピックでは選手の移動に燃料電池自動車が利用されました。

実証実験がおこなわれ、今後の利用に期待がかかるのは大きく3つの分野だと経済産業省では分析しています。

ひとつは輸送の大型化です。液化水素はガソリンよりも重量あたりのエネルギーが高く、短距離の移動が主になる乗用車よりも、大型で長距離の輸送に有効と考えられています。大型で長距離の輸送ということで、水素燃料電池トラックは現在開発競争が加速しています。世界市場は2050年に最大1,500万台(約300兆円)と環境省は見込んでいます。トラック以外にも、船舶での動力源や航空機などの利用も開発が行われています。

もうひとつは製鉄の分野です。製鉄時には、鉄に含まれる酸素を除去する還元という過程があります。還元をすることで鉄はより強度が増すのですが、この酸素除去には従来石炭(コークス)ガ使われていました。この還元過程を、水素を使っておこなう、水素還元製鉄が研究されています。製鉄時の温室効果ガス排出は世界の製鉄業界でも大きな課題であり、期待がかかります。

3つ目は発電です。LNG火力発電所では、天然ガスを燃料としてガスタービンを回して発電し、排熱を利用して蒸気タービンを回すことで、発電しています。この燃料を天然ガスから水素にしようというものです。すでに天然ガスの一部に水素を混ぜる水素混焼は実証されており、日本でも実績があります。

再エネで得たグリーン水素をもう一度発電タービンに使うというのは回りくどくみえるかもしれません。しかし、再エネにはどうしても発電が難しいときの調整力が必要です。今の電力の需給調整はバッテリーやLNGなどの火力が担っていますが、それを水素にすることでより環境にやさしい発電インフラができるようになります。

水素を活用している企業の事例

水素社会の構築に、日本企業も動き出しています。

まず、製造の分野では岩谷産業が国内シェアNo.1です。同社では水素販売を1941年にすでに始めており、国内の産業拡大に貢献しています。圧縮水素、液化水素のシェアは国内トップ(約7割・2020年12月岩谷産業調べ)。液化水素は国内唯一のメーカーです。国内には3ヶ所の液化水素製造プラントがあります。

岩谷産業も供給網に力を入れていますが、同様に水素供給に力を入れているのがENEOSです。水素供給の拠点として、ガソリンスタンドと一体になったSS一体型水素ステーション、ENEOS水素だけを販売する単独型水素ステーション、さらにトラックで供給する移動型水素ステーションがあります。

燃料電池車(FCV)はトヨタが先行しています。話題になったMIRAIは2020年に発売。高圧水素タンク(約5kg)を備えていて、航続距離は650kmとEVよりも長距離になっています。2021年にはフルモデルチェンジしました。ホンダも1車種を提供していましたが2021年6月に生産を中止しました。海外ではヒョンデ(ヒュンダイ)も1車種を出しています。

発電用の水素タービンの開発で一歩先んじているのは三菱重工です。水素混焼タービンはすでに成功し、水素だけの燃焼タービンを研究・開発しています。

これからの課題 

これからの課題は、なんといってもグリーン水素の拡大です。水素利用が拡大するといっても、水素製造時にCO2がでるのでは意味がありません。

グリーン水素といっても、再エネの普及にはまだ時間がかかります。また、水素製造に特化した再エネというのは水素変換時のロス、水素利用時の運搬供給などを考えるとかえってコストがかかります。そのため、再エネが社会に行き渡ったあとの余った分、いわゆる余剰電力を使った水の電気分解による水素製造が最も環境負荷が低く、利用効率がよいとされています。

そのためには「余るほどの」国内の再エネが必要ですが、そうなるにはまだ時間がかかります。20年先、30年先という予想もあります。

そこで研究開発されているのが、水素製造時の炭素を回収する技術、CCS(二酸化炭素回収・貯留)、CCUS(二酸化炭素回収・貯留・利用)です。化石燃料から水素を取り出すときに発生する二酸化炭素を回収すればいいのではないか、ということです。

このようにCCS/CCUSを組み合わせた水素はブルー水素と呼ばれますが、この二酸化炭素回収・貯留という技術はまだ世界でも開発の発展途上にあり、いつ商用利用できるのかの目処はまだ立っていません。これは化石燃料の発電施設でも同じことが言えます。

コストも課題です。2020年6月に経済産業省がまとめた資料によれば、水素の現在の供給コストは100円/Nm3*(水素ステーションでの販売価格)。プラント引き渡し時は30円/Nm3になります。

これを、導入量拡大や、技術開発、製品拡大を通じて将来的に供給コストとして2030年には30円/Nm3、2050年には20円/Nm3まで引き下げることを経産省では目指しています。

製造時の課題とともに、運搬、利用の課題もまだあります。

経産省では低コストの水素を輸入して利用することも考えていますが、現状の港湾設備では大量の液化水素に十分対応できていません。利用でも前述の通り、水素還元鉄の要素技術は、需要が先行しておりまだ確立された技術はありません。FCVも燃料電池バス以外は国内、海外ともにまだ様子見の段階です。FCVの本格導入を考えると、供給網もまだ十分とは言えません。

*Nm3はノルマルリューべ。1Nm3は0℃、1気圧で1m3のガス量

水素社会の実現に向けた取り組み

こうした課題に対して、国では水素導入のロードマップを作成・検討しています。水素・燃料電池戦略ロードマップをみると、技術の開発・確立の目標が並び、水素の本格的な社会活用にはまだまだ基盤的な技術開発が多いことがわかります。

そこで政府は要素技術ごとにフェーズを設定し、開発支援をおこなっていくとしています。

たとえば再エネによる水電解は、福島浪江での実証成果を活かしたモデル地域を展開するとしています。福島浪江の実証実験とは、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による「福島水素エネルギー研究フィールド」のことです。この実証実験では、一時間あたり約1,200Nm3のグリーン水素を製造します。これは一般家庭の消費電力でいえば約150世帯/月がまかなえます。

また、ユニークな取り組みとしては、同じくNEDOと産業界が共同で開発している人工光合成の反応の一過程を使った水素製造があります。これは、100m2もの光触媒パネルを使い、光エネルギーをそのまま水の分解に利用するものです。一度電気に変換することなく光触媒パネルに水を流すだけで水素が取り出せるため、話題になりました。光触媒の変換効率がまだ1%未満と低いのですが、将来の開発に期待がかかります。

おわりに

水素社会ということばは、脱炭素の文脈で言うと目的と手段が入り交じった状態にあるといえます。目的、つまり将来像としての水素社会は非常に明るく、脱炭素社会の一翼を確実に担うものになるでしょう。

その一方で、現実の手段、たとえば温暖化ガスを排出しない水素製造の要素技術、再エネの普及状況を見ると、まだまだ時間もかかりそうです。たしかに化石燃料からの水素製造や海外からの輸送で水素導入量を増やすことも可能ですが、それでは脱炭素への貢献は低くなります。

こうした目的と手段が入れ替わらないように、どのようなステップを踏めば脱炭素社会に適した水素利用がおこなえるか、拡大できる化を見極めることが現段階では重要なのではないでしょうか。

EnergyShift編集部
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