前編では、カーボンニュートラルをいかにして産業政策にしていくのか、という点を中心に、経済産業省の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会の委員で一橋大学名誉教授、運輸総合研究所所長でもある山内弘隆氏に語っていただいた。後編では、どのような重点政策が望まれるのか、そうした点を中心に、電気自動車など運輸部門での対策も含め、幅広く語っていただく。
― エネルギー基本計画で重点化すべき政策についてお伺いします。
山内氏:カーボンニュートラルとは、産業構造の転換によってエネルギー構造を変革するものですから、そのための施策を早急に打ち出す必要があります。例えば、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が実施しているような技術支援は非常に重要だと思います。
一方、産業界側もこの流れに積極的に乗っていく必要があります。例えば、私が今所属している運輸の研究所では、サステナブル・アビエーション・フューエル(SAF)という脱炭素化された航空燃料を混ぜて航行する試みを行っています。「飛び恥」が叫ばれる今、航空業界も脱炭素を進めていかなければなりません。そうしたことから、世界中でSAFの開発競争が起こるなど、マーケットが広がりを見せています。
しかし、技術的な開発競争と経済性は異なる問題です。SAFはまだまだ価格が高く、需要喚起には至っていません。この状況を打破し、一歩踏み出せるような仕掛けや仕組みが必要とされています。
SAFを一例に挙げましたが、アンモニアや水素にも当てはまる話だと思います。産業構造・エネルギー構造の転換を目指すうえで、どのようにブレイクスルーを作り出していくかが政府に求められています。
そのための重要なポイントのひとつが、政策リスクをつくらないということです。脱炭素一辺倒になりすぎると、方向転換が起こったときに対応が難しくなります。そういった方向転換が起きないという前提にならないと、技術開発や新たな産業を生み出すパワーが注ぎにくくなります。
同時に、政権側も政策リスクを軽減する代わりに明確な方向性を打ち出すことが重要です。2050年カーボンニュートラルは政治的な問題であるからこそ、政策リスクに対するケアはきちんと行ってほしいと思います。
総合資源エネルギー調査会基本政策分科会 山内弘隆委員
― 運輸セクターに関して、EV(電気自動車)への構造転換が世界で進んでいます。
山内氏:ガソリン車からEVへの構造転換は、多くの方が心配しているように、失敗すると非常に大きな経済的損失につながります。いずれはEV化が進むかもしれませんが、少なくとも明日からということはありません。その中でいろいろな政策を打ち出していくことが重要です。
自動車には移動手段のほかにも多くの価値があります。例えば、街づくりであれば国土交通省も関与する問題です。また、これまでは自家用車と公共交通は対立関係にありましたが、公共交通を街の一部にすると異なる視点が生まれます。このような新しい機軸の政策のつくり方が求められてくると思います。
部品点数が少なく技術蓄積もそれほどいらないEVにおいては、中国などの諸外国のEV生産に日本が後塵を拝するという事態になりかねません。そうならないためには、しっかりとした政策を練る必要があります。
例えば、逆潮流可能なEV充電器を活用して街全体をスマート化するなどの政策を積極的に進めるのがよいでしょう。EV普及のためのインフラ整備や、経済的に採算のとれる設定にするなどの施策も求められると思います。
EVを受け入れる都市デザインを、経産省だけでなく他の省庁と協力して進めることが重要です。
― 再エネ政策について、2022年度からFIP制度が導入されます。この制度によって再エネが普及するのかどうか、気になるところです。
山内氏:FIT制度のように、国が介入して再エネを伸ばすやり方からは脱却の時にきています。電力システム改革において、マーケットに任せるFIP制度にかわってきていますが、今後は市場をうまく使って再エネ導入を伸ばす政策が求められます。
すでに、RE100やESG投資が浸透し、世界的にもマーケットを活用する仕組みが主流になってきています。政府が支援しなくても、マーケットにおいて投資家が自然にその流れを作り出しているのです。政府は、このマーケットがうまく回るような基礎的な条件を整えるべきだと思います。
― 最後に、あらためておうかがいします。2050年に向けて、日本はどのようなことを考えていけばいいのでしょうか。
山内氏:カーボンニュートラルは経済政策でもあると言いましたが、日本の経済を変えるという意識を持っていただきたいと思います。
小学生の頃に、電源構成は水主火従から火主水従へと変化してきたと教えられました。そこからさらに先に進んでいくということです。そうした中で、かつての電力会社は地域独占でしたが、これからは多種多様な主体が参加し、産業構造が大きく変化します。プレーヤーも変わります。
とはいえ、日本はイギリスやドイツのようにドラスティックに変化することは難しいでしょう。個人的な考えですが、マーケットが絶対ではないとも思います。2021年1月まで続いた冬の電力需給ひっ迫も、旧一般電気事業者がいることでどうにか供給できたと思いますし、マーケットだけでうまく調整できたとは思いません。確かに、今回のひっ迫で損害を出した事業者もいました。それでも、2050年にはプレーヤーが変化しているでしょう。そうした意識を持っていただきたいということです。
(Interview:本橋恵一、Text:山下幸恵、Photo:関野竜吉)
*第6次エネルギー基本計画についての委員、国会議員へのインタビューシリーズ「シリーズ:エネルギー基本計画を考える」はこちら
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