2020年7月、政府は非効率な石炭火力発電をフェードアウトさせていく方針を示した。しかし、一方で石炭火力発電の新設工事は行われており、その実効性に疑問が持たれている。こうした状態で、2050年カーボンニュートラルの実現が可能なのか。気候ネットワーク理事長の浅岡美恵氏は、むしろ石炭火力温存ではないか、と指摘する。
2021年3月26日の総合資源エネルギー調査会の「電力・ガス事業分科会 電力・ガス基本政策小委員会(第32回)」、容量市場をめぐっての審議でのこと。それは、見慣れない光景だった。
2020年7月に梶山経産大臣の非効率石炭火力のフェードアウト方針が出され、基本政策小委員会の下にある石炭火力検討ワーキンググループ(WG)では検討が進められていた。2020年7月2日の読売新聞で、既存の約150基、5,000万kWの石炭火力のうち、古い非効率発電所約100基程度(約2,400万kW)をフェードアウト(フェーズアウトではない)と、大々的に報じられた一件である。
といっても、審議会は行政の隠れ蓑。委員構成から結論は見えていた。
実際、経済産業省資源エネルギー庁(エネ庁)の事務局からは、早々に石炭火力単独の発電効率規制を追加し、容量市場で稼働率低減を促し、事業者に休廃止計画の提出を要請という方向性が提示されて、幹の構造は決まり、枝葉の「検討」が粛々と続いた。
パリ協定のもとでの国別削減目標(NDC)の引き上げと第6次エネルギー基本計画に向けた見直しも別途始まることから、ようやく石炭火力にCO2排出規制が追加されるのでは、との期待をもっていた一部の委員には、落胆の数ヶ月だった。
そしてこの日、3月26日、関連する容量市場の検討会議等からの報告とともに、それらの親会議である電力・ガス基本政策小委員会に報告された。高効率石炭火力は維持・拡大する方針は変わらないままである。
総合資源エネルギー調査会資料から
非効率石炭火力のフェードアウトは第5次エネルギー基本計画(2018年)でも「今後、高効率化・次世代化を推進するとともに、よりクリーンなガス利用と非効率石炭のフェードアウトに取り組む」とされていた。
その前の2015年の長期エネルギー需給見通しで電力供給に占める石炭火力の割合を26%とされた際に、環境省との間でそのCO2排出量は2億2,000万トンと計算されていたと、環境省の文書にある。しかし、その後も新増設が止まらず、このままでは2030年に7,000万トンもオーバーすると指摘されてきた。
他方で国の削減目標引き上げが要請されているなか、現状のエネルギーミックスとの整合性を見せていくことは不可避となっていた中、エネ庁の狙いは2030年の石炭火力目標を固定させることにあったといえよう。
石炭火力検討WGでは、結局、当初の予定どおりに進められ、
① 事業者単位での石炭火力だけの発電効率(43%)を新設するも、バイオマスやアンモニア・水素混焼や稼働率低下による発電効率悪化への配慮措置を盛り込んだ「規制的措置」
② 容量市場で非効率石炭の休廃止を誘導
③ 事業者毎に毎年、フェードアウト計画を提出させることで実効性を担保する
という三段構造である。しかし、そもそも発電効率基準はCO2排出量と結び付かず、削減を保証するものではない。
稼働率を下げる必要があるが、その誘導策という容量市場はまさに石炭火力への補助金である。加えて、発電効率の計算にいくつもの配慮事項にかかる指標がからんでおり、その抜け穴狙いが横行するだろう。
フェードアウト計画の自主的提出は大手電力や大手並み以上の事業者のみが対象で、省エネ法の定期報告の補足資料というあいまいな位置づけである。
しかも、その具体的な内容は「競争上の重要情報」、「地元との調整に影響を及ぼす」との理由で公開されない。
今回の中間取りまとめにある2019年と2030年の図からは、実際、どの発電所がいつ休廃止されるのか、どこが休止でどこが廃止なのかわかならい。
2019年度末での石炭火発は149基とあるが、2020年4月以降に6基(255万kW)が新設・稼働し、さらに現在、横須賀や神戸など11基(666.8万kW)が建設中である。結局、廃止される非効率石炭火力は20基ほどということになる。設備容量はむしろ微増し、これらの非効率及び高効率石炭火力も、容量市場で支えられ続けることになる。
総合資源エネルギー調査会資料から
3月26日の基本政策小委員会では、これらの疑問に触れられないまま、エネ庁事務局から淡々と説明がなされた。その後に「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース」事務局の内閣府山田参事官が登場し、タスクフォースの意見を紹介するとして、エネ庁の方針に真っ向から異議を述べたのだった。
これは、2020年11月に規制改革担当河野太郎特命大臣によって内閣府に設置されたもので、高橋洋氏ら4人の専門的委員で構成され、既に多くの提言をまとめている。名称にやたらと「等」が多いが、再エネの立地・系統制約だけでなく、「市場制約にかかる見直し」として「容量市場」が検討すべきテーマに明記されている。
容量市場、発電側課金等が再エネ制約、新電力潰しの隠れた主役と見てのことであり、そこに今年(2021年)1月、スポット市場の価格高騰問題が出現した。鋭角的な切り込みとスピードは、河野氏が外務大臣であった2018年の「気候変動に関する有識者会合」を思い起こさせる。
さて、山田氏は、「経産省だけで勝手にやって"こうです"というのではなく、環境省とも整合的に、規制改革を担当する内閣府とも十分な調整を行うように」との河野大臣の発言を紹介した上で、「しかし、内閣府とは十分な調整が図られないまま、卸電力市場の混乱を横に、経産省の審議会ではえっさかほっさか容量市場等の議論を進めてきた。現行制度の見直しと称して、投資回収に長期間を要する電源を長期固定化し、正直言って、ますます複雑で競争阻害化するもの。新電力に経済的負担を求めるにもかかわらず、法律改正なしに導入。非効率石炭の延命、償却済み電源への補助として機能し、競争環境を歪める」と述べ、容量市場の必要性自体から慎重に再検討すべきと語気を強めた。
大きな政策転換の場面では、省庁間、さらにはその内部でも、日常的にこうした激しい応酬がなされているのであろう。また、そうあってほしいが、日本では、めったに外部に見えることはない。今回の内閣府の奮闘に希望を見たい。
参事官からはさらに、大手電力会社の発電・小売りの利益率のセグメント開示を求め、「非効率石炭の撤退防止、廃止防止を意図しているなら、菅首相のカーボンニュートラルと矛盾する。経産省の審議会にはいろいろなお座敷があり、部分最適ではあっても、全体最適ではない」と、世間の常識に添う発言が続いた。
だが、エネ庁側委員会の委員はほぼ無視の状態で、何事もなかったように、2021年4月9日の石炭火力検討WGでそのまま「中間とりまとめ」が了承された。
エネ庁事務局は、この措置で2030年のエネルギーミックス(石炭の電源比率26%)は達成できる見込みではあると述べつつも、他の電源の事情(原子力の稼働状況など)によって増加する可能性にも、その場で言及している。これは、今回の措置がその場しのぎのタラレバ話に過ぎないことを認めたに等しい。
2050年カーボンニュートラルに向けて、2030年目標引き上げの議論が焦点となっている。非効率石炭火力フェードアウトは高効率石炭の存続、延命を前提にしたもので、近時の「2050年火力の脱炭素化」シナリオの下敷きとなるものである。
菅首相は4月22日、2030年削減目標を2013年比46%に引き上げ、さらに50%の高みに向けて挑戦を続けると述べた。2050年カーボンニュートラルの実現に向け、2030年までに半減させることが科学の要請である。他方で旧来の仕組みの温存策が、山のような「お座敷」で、粛々と既成事実化されている。これでは2050年脱炭素時代の日本の経済にも暗雲が立ち続けるだろう。
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