これまでテスラの利益をささえてきたのは、電気自動車の販売ではなく排出権の販売だったとされている。しかし今年になって、ステランティスと結んでいた排出権の売買契約が解消された。他の自動車メーカーも電気自動車の生産に向かう中で、テスラをとりまく環境が変わりつつある。
テスラ・ウォッチャーズ・レポート(4)
気候変動問題に特化したニュースサイトBloomberg Greenは2021年5月5日、オランダの自動車製造持株会社ステランティスが、テスラと結んでいた欧州諸国(EU)内における温暖化ガス排出枠(規制クレジット)の売買契約を解消したと報道した。
同社は、1月にFCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)とグループPSA(旧プジョー)が統合して誕生した自動車グループで、マセラティやジープなど大型の高級車からプジョー・オペルなどの小型車まで幅広いブランドを傘下に置く。
これまでテスラは100%BEV(バッテリー電気自動車)を生産・販売している強みから、欧州連合(EU)により設けられた自動車メーカーが連合体を結成してCO2排出削減に取り組む制度「オープンプール」を活用しながら、CO2排出削減に苦慮している自動車メーカーに対し、規制クレジットを販売してきた。
規制クレジットの現金目減りは、同社のビットコイン決済停止にともなう同暗号通貨の暴落と同様、大打撃となるのだろうか。
ここ数週間の報道をみると、BEVの生産・販売台数が堅調に伸びていることから黒字維持派が多いが、赤字転落派も一定数おり、同社の先行きは見通しがつかない状況になっている。
規制クレジットの額が当期純利益を常に上回っている
4月22に発表されたテスラの2021年第1四半期の報告によると、2020年の規制クレジットの販売額は15億8,000万ドル(約1,706億円)だった。
同クレジットは、2021年第1四半期でもすでに前年比46%増の5億1,800万ドル(約559億円)を販売しており、テスラは今後大きな変動がなければ、BEVの生産・販売台数を増やすことで着実に規制クレジットを獲得し、他の自動車メーカーへの影響を今後も進めていくと読み取れる。
ただ、ここで問題となるのは、同社のクレジット売却益が常に米国会計基準(GAAPベース)による当期純利益を上回っている点だ。
これはクレジット売却益がなければその分赤字になることを示唆しており、今後規制クレジットの販売が順調に進まなければ赤字に転落する可能性も否定できず、計画に基づいたバッテリーに使用する資源の調達や新工場への設備投資が一部滞る恐れもある。
ではなぜステランティスは、テスラからクレジットを買う必要がなくなったのか。
テスラ関連のニュースサイトTESLARATIによると、ステランティスは2020年の規制クレジットにおいて既に3億5,000万ドル(約378億円)をテスラに支払っているが、今後は旧グループPSAが所有する電気技術を活用することで温暖化ガス排出量の少ない車を生産し、規制クレジットの購入を行わないで済むような環境を整えたのが大きな要因だという。
いわば規制クレジット購入は旧FCAにより進められていたわけだ。
大型の高級車が主力ブランドの旧FCAは、EUが定めた1kmあたり95g-CO2という排出目標の達成が困難だと見込み、2019年4月にテスラから排出クレジットを購入する契約を結んでいる。
達成できないと総計約25億ユーロ(約3,300億円)の罰金を支払わなければならないため、これを避けた形だ。実際、2018年当時の旧FCAが販売する車両の平均は1kmあたり123g-CO2で、EUの自動車メーカーの平均121g-CO2よりも排出量が多かった。
今後旧FCAにとっては、テスラに排出量クレジットの支払いを行わなくなった分、旧グループPSAが所有する電気技術への支払いが増えていくかもしれない。
一方、米国に目を向けると、EUとは異なる形で進められている規制クレジットの実態が見えてくる。
米国では、1960年代に光化学スモッグの発生で大気汚染が問題となり、そして1970年には、一酸化炭素や炭化水素、特に窒素酸化物の大幅削減を義務付けた「マスキー法」の制定などで排出ガス規制を積極的に進めてきた経緯がある。
現在の基準となっているのは、カリフォルニア州で1990年に採択された「ZEV(Zero Emision Vehicle)」規制だ。これは動力源から排気ガスを出さない車の一定比率以上の販売を義務づける規制で、規制クレジットの超過分は翌年への繰越または他社へ販売できるのが特長だ。全米12州で導入されており、要求クレジットは年々厳しくなっている。
現時点では新車販売台数の9.5%のZEV販売が求められ、2025年には22%に引き上げられる予定だ。そのことから5月18日にはバイデン大統領がミシガン州にあるフォード・モーター視察時に1,740億ドル(約19兆円)をEV向けに投資する計画を訴えている。
このような規制クレジットへの取り組みが進められる中、米国の一部の自動車メーカーの間では、車の使用段階だけでなく、原材料調達から生産、輸送段階全てのプロセスで発生するCO2をカウントする「Well to Wheel」を提唱する動きも出てきている。
この考え方は日本の自動車メーカーマツダも賛同している。具体例として、マツダモーターの社員がガソリン車とBEVの排出量を比較して執筆した論文「Estimation of CO2 Emissions of Internal Combustion Engine Vehicle and Battery Electric Vehicle Using LCA(LCAを用いた内燃機関車及びバッテリー電気自動車のCO2排出量の推定)」で、その詳細が分析されている。
同論文では、車体は同じと仮定した上で、エンジンで駆動するガソリン車とリチウムイオン電池で走るBEVの生産段階での総CO2排出量を比較した場合、ガソリン車は5,493kg-CO2だったのに対し、BEVは1万2,267kg-CO2となり、うち6,373kg-CO2がリチウムイオン電池からの排出だったとしている。
BEVの場合、最初のうちは環境負荷が高いが、走行時はCO2排出量がゼロになるため、徐々に負荷が減っていく。そして11万km走った時点でBEVがガソリン車よりも少なくなるという。
この推定を現実に置き換えると、バッテリーの寿命は16万km、走行20万kmで廃車にすると仮定した場合、11万kmから16万kmの間でしかBEVはガソリン車よりもCO2排出を少なくできない結果となった。
現在の温暖化ガス排出規制においては、車の運転中しかCO2排出量を換算しない「Tank to Wheel」が主流のため、100%BEVのテスラは、他のどの自動車メーカーより規制クレジットの恩恵を受けることができているが、仮に温暖化ガス規制に「Well to Wheel」の考え方が用いられたら、競争力は確実に落ちていくだろう。
しかし、今のところ「Well to Wheel」の考え方を温暖化ガス排出枠規制に採用しようと考えている国は日本しかいない。低炭素社会の実現に向けBEVが優先される社会の潮流は、しばらく変わりそうにないといえそうだ。
縦軸はCO2排出量で横軸は航続距離。緑線のBEVが青色のガソリン車よりもCO2の排出量が少ないのは11万9,104kmからバッテリー交換時期の16万kmの間となる
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