モータージャーナリスト、大田中秀一が、トヨタ・MIRAIにややロングに乗ってみた。 | EnergyShift

脱炭素を面白く

EnergyShift(エナジーシフト)
EnergyShift(エナジーシフト)

モータージャーナリスト、大田中秀一が、トヨタ・MIRAIにややロングに乗ってみた。

モータージャーナリスト、大田中秀一が、トヨタ・MIRAIにややロングに乗ってみた。

2021年10月17日

前回まではEV(電気自動車)を試乗してきたが、今回は、トヨタのFCV(燃料電池自動車)、MIRAIである。EVと比較すると販売台数も少なく、将来性も疑問視すらされているものだ。とはいえ、自動車としてはどうなのか? モータージャーナリストである大田中秀一氏が、あくまで自動車としてのEV(FCV)にこだわってみた試乗レポートである。FCVは本当にだめなのだろうか。

シリーズ:EVにややロングに乗ってみた

MIRAIはトヨタの未来につながるか

クルマ好きの私、不肖オオタナカが予備知識を持たずにEVに乗ったら、クルマとしてどんな印象を持つのか?EVに興味がない身として何を感じたのか?

こんなスタンスでEVに乗ってみた印象を感じたままに綴るシリーズを何台かお届けいたします。

あくまでも“旧来のクルマ好き”という観点を土台にしていることを予めお断りいたします。

5台目はトヨタ・MIRAIです。正確に言うと、EVではなくFCVですが、モーターで走るという点では同じです。価格は後述します。ディーラーの試乗車を借り出しました。

走行ルートは、街中→都市高速→高速道路→都市高速→街中。小一時間の試乗でした。

やはり第一印象は良くない

“エクステリアにもインテリアにも運転しても未来感が全くなく、ただ無駄にデカいけど室内がやたら狭いセダン”というのが初代MIRAIに試乗したときの印象でした。コポコポという感じのスタックが動いているような音が聞こえてきたところがちょっとそれっぽかったですが3分で飽きてしまい早く営業所に戻りたいと思った記憶があります。初代プリウスがデビューしたときに衝撃を受けた未来感には遠く及びませんでした。

今回試乗した二代目もまた、エクステリアとインテリアに同じ印象を抱いたのが正直な第一印象。現行プリウスの前期型にも相当離されてもいるので、名前負けも甚だしいと思いました。ボディデザインはアンバランスだし、理想のデザインに無理に寄せようとして失敗した感じ。ズドンと長いフロントと短いオーバーハングと丸めのリアもアンバランス。もちろん、燃料電池ユニット、モーター、駆動用リチウムバッテリー、高圧水素タンクの形やレイアウトの制約ゆえに仕方がなかったのかもしれません。

しかし、それならいっそマツダ・ロードスターのような手法を採れば良かったと思います。現行ND型のボディデザインはシャシーの上からふわりと布を落とした形だそうです。さすればもしかしたらとても未来的、あるいは水素自動車の機能美が表われた形になっていたかもしれません。

細かく気になる部分もあります。リアビューミラーはルームが鏡面とデジタルのハイブリッド(グレードにより標準装備)なのにサイドが鏡面なのも、未来感という点ではどうかと思います。特に夜間に3つの発光体が目の端に入るのが気になるし、疲れること。サイドの場合はモニターの位置や角度と写るものの違和感などの理由でデジタルミラーが嫌いなのでむしろ歓迎なのですが、未来感という点ではマイナス。

ルームミラーと同じ機構にすれば、違和感がないどころか“目障りな発光体”という特性を逆手にとって安全運転に大いに役立つミラーができたと思います。コストを気にしたのかもしれませんが、どうせ補助金がなければ普通に買えない価格なのだから、そのくらいの上乗せコストはどうということはないと思うのですが。

もう一つは、ナビを表示中に常時表示されているエアコンの操作画面。12.3インチ高精細TFTワイドタッチセンサーディスプレイの左右どちらか3分の1を占めるこれが、目障りだし無駄なのがとても気になります。その場所にその表示は必要ないので消せるようにして、もっと必要な情報を表示してもらいたいと思います。

運転したら・・・

さてそんな第一印象のMIRAIですが、運転してみてどうだったのか? クルマ好き、運転好きの自分としてはそちらが重要です。

果たしてこれが実に気持ち良く楽しい。運動性能を上げ、それ以前のトヨタ車とは違い、運転して気持ち良くするために開発したTNGAプラットフォームの効果なのか、ステアリングを回した瞬間からの挙動がとても気持ちいい。滑らかで自然、そしてパワフルな加速感と相まっていつまでも走っていたい気分になりました。どっしりとした乗り味もいい。

何より、モーターによるパワフルでリニアで滑らかな加速感が抜群にいい。これは近年のダウンサイジング4気筒エンジンやハイブリッドでは絶対に味わえない感覚です。

マルチシリンダーエンジン(6気筒以上のエンジンの通称)、特に直6、V6、V12といういわゆる完全バランス系エンジン好きの私にはたまらず、中でもV12エンジンの回転フィールに最も近かったのが、すごく気に入ってしまった理由です。

名古屋市内の街中から名古屋高速を少々と小一時間乗っただけなのですが、「慣れない道なので間違えました」と、白々しくそのまま中央高速を恵那峡くらいまでは走りに行ってしまおうかと思ったくらいです。

MIRAIにも先行車に追従走行するレーダークルーズコントロールや車線逸脱防止のレーントレーシングアシストも装備されていますが、自分で運転するのが楽しかったため試すのを忘れてしまいました。テスラ・モデル3との違いを確かめたかったのですが。

ボンネット下にFCスタックがあり、モーターで後輪を駆動するいわばFR(フロントエンジン・リアドライブ)セダンという構造も効いていると思います。やはり運転好きには後輪駆動は欠かせません。

余談ですが、前方の色に見やすさが変わりはしますが、Zグレード系に標準装備のヘッドアップディスプレイはありがたい装備です。方向音痴の私は、ナビが付いていても「300メートル先を右方向です」という案内のその300メートルを読み間違えて早めに曲がってしまったり曲がりそこなったりするので、ナビに表示される拡大図や交差点名をチラチラ確認するのですが、必要な情報が少ない視線移動で確認できるのはとてもありがたい。MIRAI以外にも付いているクルマはありますがなぜか気になったので紹介しました。

高いか安いか

MIRAIの価格は“G”グレードの710万円から“Zエグゼクティブパッケージ”の805万円まで。見積書をもらった“Z”に適当にオプションをつけた支払総額は814万円でした。

エコカー減税[100%] + 環境性能割[3%] + グリーン化特例[概ね75%] + CEV補助金(クリーンエネルギー自動車導入事業費補助金)=合計約141万5,300円が得られるので、実質支払い額は672万4,700円になります。登録する県や個人か法人かによって異なりますが地方の補助金が得られる場合もあるのでこれよりさらに低くなる場合もあるでしょう。

ふと思いました。補助金がなくてもこれは安いなと。ただそれはあくまでもマルチシリンダーのフィーリングが好きな私が、今それを求めた場合に支払わなければならない金額との差という観点での話ですが。

国産車はハイブリッド化が進んだこと、輸入車はダウンサイジングターボ化が進んだことから6気筒エンジン車が高値の華の領域に行ってしまっています。

トヨタ車から選ぼうとするとレクサスGSが生産終了してしまった今はIS350しかありません。価格も650万円もします。厳密にはクラウンに3.5L V6エンジンモデルがありますが、ハイブリッドだから除外。滑らか感やねっとり感で最も近いV12エンジン車は、センチュリーがV8ハイブリッドになってしまったのでもはや存在しません。

輸入車では、BMWならM340i xDriveの987万円、メルセデス・ベンツならAMG C 43 4MATICの995万円を支払わなければ6気筒エンジンは手に入りません。ボディサイズがMIRAIと近い5シリーズやEクラスから選ぶと、1,000万円をゆうに超えてしまいます。

そういう状況なのでMIRAIは、「現時点で新車で手に入る、マルチシリンダーエンジンのような回転フィーリングと乗り味を得られるクルマの中で最も(支払総額が)安い」というのが私の結論です。

その点だけに注目すれば買わない理由がありません。

ここでネックになるのは、EV充電スタンドと比べて数が遙かに少ないだけでなく、営業時間も限られている水素充填スタンドです。バッテリーEVより遙かに不便だし、遠出をする場合にルート計画に取られる時間も長いし、走行ルートも制限されます。

試しに、奈良から東京を往復することを考えてどういうルートを走行すれば良いか? を考えてみましたが、まず奈良県には水素充填スタンドがないことが判った瞬間に諦めました。

他にも細かいところでは、車検のサイクルと水素ボンベの点検サイクルが合わないなど不便なことがあるので普及は難しい気がします。

センチュリーこそ水素EVに

先に、V12エンジンに近いと書きましたが、V12エンジン搭載のFRセダンと言えばGZG50型センチュリーです。でも現行モデルGZG60型はV8ハイブリッドになってしまいましたので、新車はもうありません。

しかし高年式で程度のいい中古車は700万円くらいで手に入るので新車のMIRAIに近い。だからというわけではありませんが、私は中古のセンチュリーを2年前に買い、とても気に入って乗っています。センチュリーのV12エンジンを知っていたからMIRAIの別の良さに気づいたとも言えます。

だからピュアEV(やFCV)は地球環境だサスティナブルだなんてことを言わずにこういう点をアピールすべきであり、「何やらいいフィーリングが気に入って買ったら実はEVでした」が理想だと思う次第。何度も同じことを言いますが。

センチュリーと言えば、環境のことを気にするエグゼクティブが多いこともハイブリッド化した理由の一つだったと聞きました。ハイブリッドではないことが理由で、入れ替えタイミングにレクサスLS600hに替えられてしまうことも多かったそうです。首相専用車もそうでしたね。

だとすれば、センチュリーこそハイブリッドではなく水素化すれば良かったと思います。

5年で20万キロ以上走行することもあるためそれだけ価値がありますし、価格表を見て買うか買わないかを決めるという性質のクルマではないし、水素ステーションが比較的近くにある場所が主戦場なのでステーション数の少なさを気にする必要もない、など不便や不都合がないからです。

流行りのESG的観点でも企業や団体のイメージアップにもつながるし、先日話題になった市長や議長の公用車問題でも、「カーボンオフセット時代に適合するし、万が一の災害時には現場に持ち込んで電気を供給できる」と、堂々と言えるので批判を封じ込めることもできました。

全ての点で優れている現行モデルでも、運転しても後席に乗っていてもフィーリングの点だけは先代のV12エンジンに及びません。

そんなことを思うMIRAI試乗でした。

(取材・写真・文:大田中秀一)

大田中秀一
大田中秀一

乗りもの、特にクルマ好きで、見ること、乗ること、買うこと、しゃべることすべてが好き。特に運転が好き。ハンドルを見るととにかく運転したくなる。世界各国のディーラーを中心に試乗台数したクルマはのべ1,000台を超える。5年間のレース参戦経験を活かし、レーシングスクールインストラクター(見習い)も時々務める。大型二種免許も所持していて、運転技術や安全運転に関しての研究も行なう。モビリティに関わることすべてを興味のままに取材、自動車専門誌並びにweb、経済ニュースサイトなどに寄稿している。世界のマイナーモーターショーウォッチャー、アセアン・ジャパニーズ・モータージャーナリスト・アソシエーション会長、インドネシアにも拠点がある無意識アセアンウォッチャー。実は電池の世界もちょっとだけ知っている。

モビリティの最新記事