カーボン・クレジットは国内外にさまざまなものがあり、乱立気味だともいえる。利用できる国や地域、政府主導か民間主導か、あるいはどのようなGHG削減を対象としているのか、このような違いがあり、価格も異なっている。
それでも、企業にとっては手軽なGHG排出削減手段として広がっており、10年間で発行量、および無効化量(GHG削減として償却した量)はおよそ10倍の規模に拡大している(図3)。
図3:国際的なカーボン・クレジットの発行量・無効化量の推移
出典:経済産業省HPをもとに編集部再編集
とはいえ、今後のカーボン・クレジットの方向性としては、大きく2つの点が指摘される。
レポートでは主なカーボン・クレジット制度を紹介した上で、分類を行なっている。具体的には、森林保全や再エネ、省エネなどによる「排出回避・削減」と、植林や大気中の二酸化炭素直接回収・貯留(DACCS)などの「炭素吸収・炭素除去」に分類した上で、それぞれを自然ベースと技術ベースに分類している。このうち「排出回避・削減」によるクレジット、および植林による「炭素吸収・炭素除去」のクレジットがほとんどを占めている。
しかし近年は、「排出回避・削減」によるクレジットの新規登録を停止する動きがあることや、植林によるクレジットは自然環境保全の観点から別の枠組みにしようという動きがあるという。
省エネのような「排出削減・回避」ではカーボンゼロにはできず、2050年に向けて、「炭素吸収・炭素除去」のような、いわゆるカーボンマイナスの技術が必要ということだ。ただし、植林を除くと、カーボンマイナスによるクレジットはまだ高コストだ。
もう1つの点は、パリ協定への対応だ。
パリ協定の第6条では、市場メカニズムを使ってGHG排出を削減することが規定されている。詳細なしくみは今年エジプトで開催されるCOP27で議論されるが、大枠としては、例えば日本のJCMは2021年以降に発行されたクレジットは、国の削減目標の達成に利用可能ということだ。
一方、国際イニシアチブもさまざまな動きを見せている。例えばSBTi*(Science Based Targetsを促すイニシアチブ)では、ネットゼロでの評価にあたっては、使用するクレジットは炭素吸収・炭素除去によるものに限定し、基準排出年の10%を上限としている。
カーボン・クレジットの市場は米国ではすでに運用されているが、英国なども設立に向けて動いている。また、シンガポールやカナダなどではブロックチェーンを利用したクレジット取引プラットフォームの設立も進められている。
*SBTi:気候変動による世界の平均気温の上昇を1.5度以内に抑えるために、気候科学に基づきGHG排出削減目標(SBT)設定を促進するイニシアチブ。
レポートでは日本のクレジットや活用事例が紹介されている。
J-クレジットは2016年に最初の入札があって以降、クレジット認証量は毎年100万トンから150万トン程度で推移している。改訂された地球温暖化対策計画における目標では、2030年度までに累計1,500万トンまで引き上げるということだ(図4)。
図4:J-クレジット累積認証量の推移(2022年3月10日時点の実績)
出典:経済産業省HPをもとに編集部再編集
また、価格も2022年1月の段階で、省エネ由来では1,574円/トンCO2、再エネ由来は非化石証書のように利用できることから、2,995円/トンCO2と高めになっている。これは約1.38円/kWhに相当し、非化石証書の現在の価格よりは高めとなっている。
また、2022年2月には、航空機の日本発着便についてカーボン・オフセットができるよう、CORSIA(国際民間航空のためのカーボン・オフセットおよび削減スキーム)に申請したという。
なお、価格面からいえば、現在、EU-ETSのクレジットが高騰していることと比較して、かなり割安な印象だ。
J-クレジットは国内のGHG削減を効率的に行うための仕組みであることに対し、JCMは日本の削減目標に利用できるクレジットであることが想定されている。レポートで指摘している課題は次の4点。
日本にとって、2030年の削減目標は簡単なものではなく、クレジットの利用は避けられないだろう。現在、17ヶ国で216件のプロジェクトが進められ、2030年までにはおよそ2,000万トンのGHG削減が見込まれているが、地球温暖化対策計画では1億トンの削減を目標としており、まだまだプロジェクトを開発していくことが必要だ。
活用事例では、LNGなど化石燃料のカーボンニュートラル化のために利用が目立つが、その他にも日本航空や全日本空輸では乗客の自主的なカーボン・オフセットのプログラムを実施している例がある。いずれも、海外のクレジット制度の利用がほとんどだ。
クレジット制度の活用に向けて、レポートでは課題を整理している。需要・供給・流通面での課題もさることながら、活用に向けた課題はより重要だ。
例えば、将来は炭素吸収・炭素除去によるクレジットが中心になっていくことが見込まれているが、これらを認証していく制度はまだ未整備だ。さらに、これらのクレジットは割高なため、支援も必要だろう。
カーボン・クレジットの価格公示によるプライシング機能も明確にしていく仕組みが必要だ。価格が示されることで、事業者にとってGHG削減のための投資計画が立てやすくなる。
国の政策との関連からは、カーボンニュートラルな水素やアンモニアの輸入にあたって、港湾のカーボンニュートラル化(カーボンニュートラルポート)のためのクレジット利用の検討が必要だろう。また、GXリーグにおける、参加企業の自主的なGHG削減にも活用していくような議論が必要ということだ。
クレジットの種類が乱立していることは問題だが、クレジットに関する情報が開示されれば、クレジット間の公平な評価をすることができるだろう(表2)。
表2:カーボン・クレジット活用時の望ましい情報開示項目
出典:経済産業省HPをもとに編集部再編集
米国のようなクレジットの取引市場の創設も重要だ。
さらに、イベントのカーボン・オフセットや、個人におけるカーボン・オフセットが行えるような製品やサービスの開発も検討されるべきだということだ。
レポートは、今後、日本がカーボン・クレジット制度を構築し活用していくためのさまざまな情報がまとめられたものとなっているといえるだろう。とはいえ、カーボンニュートラルに向けた戦略を考える上では、物足りない内容だということも指摘できそうだ。
カーボンゼロは世界的な動きである以上、クレジットをいかに国際的に通用するしくみにしていくのか、といった視点が必要だろう。もっとも、そこに踏み込むためには、日本政府がカーボン・プライシングの制度導入を進める必要がある。現実的な問題として、カーボン・クレジットだけで炭素国境調整を回避できるものではないだろう。
カーボン・クレジットとカーボン・プライシングの制度は、日本の産業の国際競争力を考える上では、これは避けられないテーマだ。
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