日本政府はこれからの成長戦略として、脱炭素につながるグリーン化(GX:グリーン・トランスフォーメーション)とデジタル化(DX)の2つが柱になるとしている。いずれも日本では遅れている分野だが、なによりグリーン化も、またデジタル化が必要だという。日本再生可能エネルギー総合研究所の北村和也氏の論考をお届する。
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「待ったなしの脱炭素社会」などと銘打った講演やセミナーを行うことが昨年暮れから急激に増えている。例年の倍以上の勢いで、企業内セミナーや一般講演の依頼が舞い込み、驚くばかりである。
2020年10月末の菅首相のカーボンニュートラル宣言は、企業や自治体などに軽いパニックさえ引き起こしている。なんとなく先延ばしにしていれば何とかなるだろうという、日本特有の淡い期待はすっかり払しょくされた。待ったなしが浸透してきた。
そんな中、国立大学関係の講演や講義が立て続けて入った。そこで驚いたことが、今回のテーマにつながっている。
複数の国立大学からの依頼は、「再生可能エネルギーの欧米と日本の現状」、「電力を脱炭素化」といったテーマで、まさに時流に乗ったもので喜んでお受けした。どこでもあるように講師の登録や報酬支払いの手続きが求められたが、それがあまりにアナログで倒れそうになる。エクセルに記入した書類を印刷して印鑑を押し、郵送を求められる。片方は、「本人が手書きで記入するように」となぜか注意書きが付いていた。ダメもとでPDFでもよいかと聞く気にもなれなかった。
講演のテーマに沿って、デジタル化の必要性をお話ししたが、名だたる大学の足元がこれでは心配を通り越して悲しくさえなる。講演の中で主催者に直接このことを指摘すると、「うちの大学はダメですね」と苦笑いで返された。
これは、一部の大学などのことではない、例えば、新型コロナ禍で会社に印鑑を押しに行く話、感染の接触アプリが長期間機能してなかったこと、保健所からの情報伝達のFAX利用など、コロナ関連だけでもきりがない。
目の前に立ちはだかる大きな課題、脱炭素達成にはDX=デジタル化が必須である。
政府の示している2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略では、課題として、「電力ネットワークのデジタル制御など強靱なデジタルインフラが必要」と強調されている。GX=DX、グリーンとデジタルは車の両輪であると。政府もわかってはいるらしい。
気候変動対策推進のための有識者会議のメンバーである東京大学の高村ゆかり教授は、市場の変化に対応した日本の産業・経済の構造の変革、次世代化として、「かつてない規模と速度でのデジタル化」を挙げている。
私が再生エネ関連のビジネスに入り、足繫くドイツに通うようになって10年が経とうとしている。ドイツにしばらく留学していた伝手などを頼って、多くの先進的なベンチャー企業やシンクタンク、大学、都市、シュタットヴェルケなどを訪問する機会を得たことは、今の仕事に大いに役立っている。
原発事故後の日本で再生エネをどうやって拡大させればいいかと手あたり次第に先進企業などのアポ取りもしたが、先々で、判で押したように返ってくる言葉は、デジタル化の必要性であった。
ドイツでは、再生エネの拡大はEnergiewendeと呼ばれる。日本では「エネルギーシフト」と柔らかな調子で訳されるが、Wendeとは革命のことであり、例えば東西ドイツの統一は単純にWendeと呼ばれている。私は今でもエネルギー革命と呼ぶのが実態に近いと思っている。
エネルギーの再生エネ化は、目標としての「脱炭素化=Decarbonization」を基本に、形態として「分散化=Decentralization」であり、その達成方法としての「デジタル化=Digitalization」のいわゆる3Dから成り立っている。これは、世界の共通認識である。
例えば、交通の脱炭素化のカギを握るEV(電気自動車)の拡大は自動車のデジタル化がベースにあり、DXの塊となった車はエネルギーの観点からDR(デマンドレスポンス)やVPP(バーチャルパワープラント:仮想発電所)のツールと考えられている。アップルカーやソニーカーは自動車メーカーへの奇異な新規参入ではなく、両社のDX企業としての当然の帰結である。
2050年へのカーボンニュートラル戦略の柱の一つが『電化』にある。
前述した交通エネルギーのEV化はその一つであり、脱炭素化が比較的困難な熱分野を電化することで目的達成するツールでもある。そのためには、あふれるほどの再生エネ電力を作る必要があり、余剰の電気をいわゆる「セクターカップリング」という方法で、交通や熱セクターに移さなければならない。そこでは、自由で効率的なセクター間のエネルギーの行き来が求められる。解決できる唯一の方法がデジタル化である。
アナログな手作業ではコストが合わないことも、AIなどの手法ではペイする。これまでの重厚長大の発電事業が主流だったエネルギービジネスは、DXによって柔軟性ビジネスに大きく転換してきている。そこでは構想力や企画力、そしてソフト開発力が試される。
次の図は、世界の「デジタルビジネス、スタートアップ企業数」を各国ごとに円で表している。日本のベンチャーは小さな円で示され、ロボット分野でやや目立つに過ぎない。
デジタルビジネス、スタートアップ企業数 出典:BloombergNEF 2021.3.2.
下の図は、ドイツの有名なVPP企業であるネクストクラフトヴェルケのパンフレットから持ってきた、VPPの概念図である。同社では各種の発電施設やEV、蓄電池などを集めてネットワーク管理している。ベンチャーからスタートし、いまや8GWを超える発電施設などをコントロールする欧州最大のVPPの一つである。
私は、およそ2年半前にケルンの本社を訪問し、意見交換などを行った。2009年にケルン技術大学の学生だった現CEOともう一人で起業。彼らは、自らは発電施設を持たず、全体の管理ソフト「NEMOCS」と発電設備に設置するコントロールボックス「NEXTBOX」を生み出し、成長を続けている。NEXTPOOLと呼ばれる管理施設の単位は1万施設で、わずか2秒で全体をコントロールできると豪語していた。
各送配電会社に対するアンシラリーサービスでは、50Hzを一定幅で超えそうになると自動的にオンオフを行なうシステムで、柔軟性はコジェネを使って数秒で対応するという。
電力の卸売市場への対応では、まず数社の発電予測会社との契約でデータを総合し、一定幅の発電予測を行う。自らの天候予測を加味し発電予測の精度をあげている。前日と当日市場の15分の価格(5分前まで入札可能)の差を小さくし、売り買いで少しでも利益を出すと話していた。
これが、DXであり、デジタル化の成果である。
ドイツでは、VPPビジネスは過当競争で、すでに電力の売買管理などの手数料の値下げ合戦になっていた。日本からの訪問者は引きも切らず、ネクストクラフトヴェルケ側も欧州エリア外のビジネス展開を求めているように見えた。
実際に昨年の冬には東芝と資本を出し合った日本版のVPP会社を立ち上げ、日本での事業をスタートさせている。
日本経済の低迷は長引き、期待の綱だった技術力でも多くの先進国の後塵を拝するようになってきた。ことデジタル化に関しては、先を行く韓国や中国に全く歯が立たない。これは、厳然とした事実である。
いつまでも経済大国幻想にとらわれていたらこのまま沈没を続けるだけである。
最近、世界のIT系大企業のトップなどを続々と輩出することで有名なインド工科大学(Indian Institutes of Technology、IIT)でのリクルートの記事を読んだ。解禁日1日で優秀な学生はあっという間にGAFAなどの企業に決まっていくという。たまに日本の企業が競争に参加しても、まず彼らは日本企業(日本国内で超有名でも)の名前を知らず、異常に安い初任給に相手にもしないことが多いという。
私たちは、はっきり負けを認めたうえで、前を向いて進みださなければならない。人と費用の両方のリソースをかけて、すべての非効率なアナログをデジタル化していかなければならない。
「待ったなしの脱炭素社会」との標語は正しいが、その前に「待ったなしのデジタル化社会」に即、対応すべきである。それだけが日本が生き残る道である。
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