シリーズ 容量市場を考える
日本の容量市場において、約定された電源は、火力発電所などの安定電源だけではない。需給がひっ迫した時に対応する、DR(デマンドレスポンス)を含む、発動指令電源もまた、応札し、約定している。DR事業を日本で展開している、エナジープールジャパン代表取締役兼CEOの市村健氏が、独自の視点から、容量市場の問題と可能性について指摘する。
いうまでもなく、容量市場は需給調整市場と並んで電力システム改革の目玉だ。電源の固定費を回収し得る市場として、つまりはミッシングマネー問題を解決し得る市場として、鳴り物入りで「デビュー」した。が、9月14日に電力広域的運営推進機関から公表された結果は、ある種の驚きを以て迎えられた。ここでは、三つのポイントで当該結果を検証したい。海外市場との比較、国内の他の制度設計への影響、DR事業へのインパクトの三点である。
今回の結果は、約定量が1億6,769万kWの、単価は1kW当たり14,137円。市場と名の付くものは一般論として、需要と供給の見合いで価格が決まる。世界的に見て、容量市場の評価が未だに定まらないのは、需要を人為的に決めるからだ。今回の需要曲線決定の背景には2018年9月の北海道胆振東部地震に端を発した北海道ブラックアウトがある。N-7事象を想定したセイフティーネットは非現実的であり、従ってその分、稀頻度リスクを上乗せした規制当局の判断に瑕疵はない。
しかし、日本に先んじて容量市場を導入した欧州制度を俯瞰すると、日本版のそれと大きく異なる点がある。それは、「kW価値」と言う固定費を担保するメカニズムが複数存在することだ。例えば英国。容量市場の成否の目安になるNet-CONE(Net Cost of New Entryの略で、新規電源建設の総コストから容量市場以外の収益を差し引いたもの)には、程遠い約定価格で推移している。一方で、100MW以下の小規模電源(embedded generation)に対する政府の助成措置は手厚く、これらの電源は容量市場に参画することが許容されている。つまり小規模電源の場合は、複数手段でkW価値を賄うことが可能になる。
フランスの場合は、稀頻度リスク対応を容量市場とは別のスキームで担保している(図参照)。Interruptibility mechanismと言い、系統運用上、非常に厳しい事態が突発的に発生した場合、TSO(フランスはRTE)が電力の使用を5秒から30秒以内に強制遮断するメカニズムだ。電力市場構造法に基づき2012年に導入された制度で、RTEが任意の大口需要家から公募で調達し、毎年約200万kWの量を確保している。有事の際に、系統崩壊を防ぐ術として需要サイドが供給サイドよりも有効なのは、2011年東日本大震災に端を発した首都圏計画停電の事例からも明らかだ。「アデカシーを犠牲にしてセキュリティを守る」発想である。
図:フランスにあり、日本にない容量メカニズム
「Interruptibility mechanisms(瞬時遮断制度)」
Lot 1 | Lot 2 | |
最低遮断電力 | 40MW以上 | 25MW以上 |
応動時間 | 5秒 | 30秒 |
発動可能性時間(年間) | 7,500時間 | 4,500時間 |
EnergyPool資料より
日本の場合はどうか。世界と比較して根本的に異なるのが、①50Hz/60Hzと世界でも稀な一国二周波数であること、②国際連系線が存在しないこと、③本州と北海道、四国、九州を繋ぐ連系線に量的制約があること、④地震や台風等の自然災害が頻発且つ激甚化していること。これらの背景を鑑みると、固定費を回収するスキームが一つで良いのか、という議論は大いに行うべきと考える。
二つ目のポイント「他制度設計との影響」については、2019年師走に開催された経産省審議会「持続可能な電力システム構築小委員会 中間取りまとめ(案)」にヒントがある。そこでは、電源全体の投資安定性を確保するために、長期的予見性を与える制度措置の必要性に言及している。要は、容量市場とは別に「長期電源市場(仮称)」のようなスキームを検討すべき、という示唆なのだ。容量市場は、制度発足の経緯から単年度・単一価格を前提に制度設計がなされた。が、例えば原子力のような超巨額な設備投資を超長期で回収する事業モデルの場合、単年度スキームでは脆弱性は否めない。今年約定出来ても来年が読めない電源に投資する人がどれだけいるのか、ということになる。長期的な契約に基づき、電力取引を可能とする長期電源市場のような制度は、新規電源投資のリスクプレミアムを抑えることができ、単年度の契約を毎年更新する容量市場と共存しうる。
三つ目のポイント、DR事業へのインパクトについては、2つの課題を提起したい。
第一にDRとは、そもそも限界費用が実質ゼロの「電源wise」であることだ。それが14,137円となると、電源イチダッシュの平均単価と比較しても3倍近い値段であり、次回オークションの揺り戻しの可能性も含めてボラティリティリスクを実感する。現行の容量市場は、原子力も火力も太陽光もDRも同一価格で収めるスキームだ。ベース、ミドル、ピークと用途は異なるにせよ値段は同じ。電気事業者の矜持として、「DR栄えて電源滅ぶ」だけは避けたいと願う。何故ならば、DRとはネガワット。ポジ(電源)あってのネガなのだ。
第二はDRが参加する発動指令電源の規模感について。上限約定量(473万kW)に対し、88%(415万kW)の応札があった。ところで、2024年に向けて2022年に実効性テストがある。この時までに需要家を確定し、3時間前通知により3時間継続してネガワットを創出する準備が欠かせない。故に需要家への説明責任が必須だが、論理的な説明を省き、高い報酬を梃に勧誘する事業者が散見されるのは、アグリゲーターが電気事業法で規定された事実と照らし合わせると懸念が残る。
2024年は確定した、との誤解を招いているが、実際は2022年の実効性テストが重要であり、失敗すればペナルティが待っていることも、意外と知られていない。電源イチダッシュのDR容量は128.9万kWに過ぎない。2022年迄に3倍強に増やすというのはチャレンジングではあるが、DRの成長性を示唆している。電力システム改革が生み出した新たなビジネスの意義を絶やさないためにも、私たち事業者の誠実な奮励努力が望まれる。
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