電気に付加価値を~ブロックチェーンとエネルギープラットフォーム 東京大学 田中謙司准教授に聞く(1) | EnergyShift

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電気に付加価値を~ブロックチェーンとエネルギープラットフォーム 東京大学 田中謙司准教授に聞く(1)

電気に付加価値を~ブロックチェーンとエネルギープラットフォーム 東京大学 田中謙司准教授に聞く(1)

2019年10月29日

東京大学 田中謙司准教授に聞く(1) 後編はこちら

分散型の再生可能エネルギーの普及拡大にともなって、送配電網の増強が必要になる、そう考える人は多いだろう。しかし、エネルギーの需要と供給をバランス良く効率化させ、蓄電池を上手に使うことができれば、送配電網の負担は小さくなる。ブロックチェーンを使い、P2Pで電力を融通しあうことで、分散するエネルギー資源をシェアできる。そういった将来像を描いているのが、東京大学大学院工学系研究科の田中謙司准教授だ。電力システムの現在の課題と将来像について、2回に分けてお伝えする。

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蓄電池を電気の“戦略的倉庫”として

――田中先生は、エネルギー以外の業界から現在の研究分野に入りました。最初に、その背景をお聞かせください。

田中謙司氏:大学院では、物流の研究をしていました。一般的に商品の需要は変動します。しかし、生産工場はなるべく安定して稼働させたいし、かといって在庫は持ちたくない。そこで、需要予測をする一方で、需要の変動を倉庫で吸収することになります。戦略的に倉庫を持つことで、物流を最適化できます。

その後、8年間ほど民間企業に在籍し、再び大学に戻ってきたときに、電力が同じロジックで扱えるということから、この分野の研究に着手しました。電気もデマンドが変動しますし、太陽光発電など変動する再生可能エネルギーも増加しています。これまでは、揚水式水力発電所がその役割を担っていましたが、ダムは環境破壊につながります。そこで、蓄電池が電気の倉庫として変動を吸収するということです。これからは、再エネを大量導入し、電気のいろいろなサービスにつなげていくのがテーマとなってきます。

――蓄電池にとりくむきっかけは?

田中氏:未公開株ファンド会社に在籍して大企業グループから魅力ある事業をカーブアウトさせる投資を行っていたときから、蓄電池をはじめとするエネルギー分野をフォローしてきました。

その後、大学に戻った当初は、アメリカズカップというヨットレースに日本から参戦されたこともある宮田秀明教授の下で物流の研究をしていました。東日本大震災の前後の時期で、宮田先生は、再エネへのシフトの必要性とそれを実現する蓄電池の重要性を痛感し、二次電池社会システム研究会を組織して、電気を蓄えることで再エネ主体の社会へのパラダイムシフトを目指して活動していました。つまり、再エネとその変動を吸収する蓄電池や電気自動車が社会導入されることで電気の地産地消が進展できるというものです。

その研究会には、当時J-POWERから出向で東京大学へ来られていた阿部力也先生も参加され講演していました。蓄電池や電気自動車の組合せ、デジタル制御のインバータを介して電力を自由に融通できる電力ネットワークの未来像を示しておられました。そこである種意気投合して、阿部先生と一緒に再エネ主体の社会システムの実現を目指した寄付講座と、その後の社会連携講座で一緒に研究することになりました。

もっとも、阿部先生と私は、基本的に蓄電池に関する考えは賛否で分かれていてその意味では二人でバランスをとっています。阿部先生はデジタルインバータ主体の電力ネットワークを構成して、蓄電池はできれば少ない方がいいというお考えです。一方、蓄電池は安くなるので、今の生活を変えないで再エネを利用していくには、蓄電池を積極的に活用した方がよいというのが私の立場です。

物流でたとえると、クリスマスセールで年間販売量のほぼ半分を売り上げる商品に対し、需要に対応して生産していたら6倍の工場が必要になります。しかし夏くらいから生産を開始して倉庫に入れておけば、少ない生産設備で対応できます。蓄電池はない方がいいが、あると便利というものです。

蓄電池リソースの組み合せや、マネタイズの仕組みも

――再エネの変動を吸収する方法は、蓄電池以外にもあるのでしょうか?

田中氏:変動する再エネを安価に使うためには、どのように出力の変動を吸収するかが課題となります。そのためには、蓄エネでも空調でもいいのです。発電にあわせて出力可変する空調なども再エネ活用にいいと思いますが、今の生活家電を変えないという前提であれば、蓄電池が便利です。

英国のUCL(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)のレポートによれば、再エネで系統の柔軟性を確保しながら電気のコストを下げていくことが今後重要で、特にユーザー側の蓄電池や設備をいかに安く需給調整として活用するかが課題だということです。世界中が、安い蓄電池によって安い電気が使えることを望んでいます。

――しかし、蓄電池が安くなるのはまだ先かもしれません。

田中氏:蓄電池そのものが十分安ければ、電力会社例えば旧一般電気事業者が、専用目的で設置を進めていけばいいと思います。しかし、そこまで安くなくても、別の目的で導入された蓄電池をシェアリング的に使うことで安価に活用することができます。例えば、電気自動車(EV)の蓄電池や、災害対策で導入されている蓄電池の空いている時間帯に使わせてもらうことが考えられます。こうした蓄電池リソースを組合せることで、送配電の需給調整の調整力を安価に利用することができます。その結果、再エネの導入量を拡大できればいいと思います。

もちろん、これらは個人の持ち物なので、指令が出たからといっていつでも供出してもらうだけでは問題があります。例えば、Peer to Peer(P2P)取引等の形で、経済的インセンティブのあるメカニズムとともに、EVなどの資産を持っている方が都度、意思決定をすればいいと考えています。最低限必要な調整力は、系統側へ提供するとして、将来的には系統以外のプレイヤー、例えば再エネ発電事業者へも提供するようになると思います。

――蓄電池の価格が下がることは必要ですが、同時にマネタイズする仕組みも求められています。

田中氏:このまま、再エネの導入が増加していくと、日中の余剰電力が増えて電力価格が再エネの限界コストであるゼロに近づきます。一方で、余剰電力がなく需要が多い時間帯は電力価格が高くなります。このように時間帯に応じて価格差が発生し始めると、蓄電池に貯める経済的メリットが出てきますので、マネタイズの幅も広がります。

例えば、海外では、PPAなどの需要家と電源との長期契約によっても再エネ導入が進んでいますが、それ以外の、国の補助金を活用した再エネ電源開発は、FIT制度の終了とともに電力市場で販売するという収益モデルへ移行しつつあります。市場で電力を販売するには、発電量をあらかじめ確定させることが必要となります。それは再エネ事業者にとって困難であり、発電事業者が蓄電池を利用して発電量を制御することで収益を安定させるニーズが発生します。このように電力会社以外にも蓄電の調整力を利用したいプレイヤーが増えることでマネタイズの仕組みができてくることを期待しています。

実際にドイツでは、太陽光発電は市場での販売がメインストリームです。FITのように、プロジェクト全体のリスクを政府がとるという時代は終わりました。ブルームバーグでも、FITメインが補助金メインになっていくとしています。

“おしゃれな”電力会社と、分散型エネルギー

――将来の電気事業はどのようになっていくのでしょうか。

田中氏:再エネをはじめとして電力が安くなると、他分野の業界横断的なサービスが発生し、広がっていくと思います。電気ではなくライフスタイルを販売するサービスとなると、いろいろな想定ができます。例えば、エアコンを買ったら2年分の電気をサービスとか、ハウスメーカーが5年分の電気付きで住宅やEVを販売するとか。または、ふるさと納税のように決まった地方の電気を買う、といったこともあるでしょう。電気を別の商品に組み込むことで、単価のつけ方が変わってきます。エネルギーに付加価値をつけて電気料金以外の形で販売するということです。理想は乾電池。kWh単価はとても高いものとなっています。

また、企業も環境対応でRE100といった再エネ比率をあげる方針が主体になっていっていますし、将来的には単純に再エネを調達するというのではなく、企業活動を行っている地域や、顧客が分布している地域に合わせた地元調達比率を高めていくと予想しています。

イオンは地方にショッピングモールを出店する際に、3~4割は地元のお店を入れているそうです。そうすることで、地域住民に地元の会社だと思ってもらおうということです。同じことが、電気でも言えると思います。

RE100に加盟しているグローバル企業でも、地球環境への貢献アピールの次は地域コミュニティへの貢献軸に向かっています。地域のサステナビリティにも関係してくるからです。これらは、ブロックチェーン等の新しい技術を使って証明するということもでてきています。

電力市場そのものは、縮小していくものだと思っています。そうした中で、ストーリーや世界観を提供し、形を変えて電気を供給していくことが重要になっていくでしょう。

今後、電力会社は2つに分かれていくのではないか。期待を込めて、そう思っています。1つはベーシックな電気を供給する会社で、ここでは安定して電気を提供していくことが重視されます。もう1つは“おしゃれな”電力サービス会社です。ライフスタイルの提案のような形で業界横断型サービスを提供し、その中に電力機能が入っているという形です。例えば、テスラのような世界観の電気自動車を購入したら、再生可能エネルギーによる充電サービスも入っていたというようなものです。

その点で、高度なサービス提供への調整も期待しています。テスラのEVは、走行時にコントロールパネルのシステムが落ちることがあるといいます。すぐに再起動するそうですが走行には問題がありません。安全性にかかわらない部分では、より高度で先進的なサービスを提供しようとするため、不具合が生じることがあることの現れともみえます。

日本では、新しいサービスを導入する場合でも、「確実なものにしてから」という意識があります。しかし、それを待っていたら、特にIT系のサービスなどは遅れてしまいます。安全に関わる基本的なサービスはきっちりとやった上で、新しいサービスをどんどん追加していきたい。基本機能と高機能に分けて開発していくことが必要だと思います。そして、顧客に、使ってみたいと思わせる新しい機能を積極的に提供していくのが、“おしゃれな”電力会社ということです。

これまでの電気事業は、「電源」、「ネットワーク」、「小売り」という組み合わせで、このうち電源が保守本流でした。しかし、これからは小売りとネットワークの時代になるのではないでしょうか。再エネが使いやすいネットワークにつながり、これを享受できる小売りサービスがある、こうした姿に変わってもらいたいと思います。

――しかし、まだ再エネが使いやすいとはいえません。

田中氏:価格の面では、まず既存の小売電気事業者には料金を考えていただきたい。料金は、世の中との対話です。昼間に安くする料金メニューを、まずは九州電力などから出して欲しいと思います。これにより、価格の安い時間帯はEVに充電する、エコキュートが湯沸かしを行うなどの家電や需要側の工夫が生まれ、限界コストゼロの再エネ利用が進むのではないでしょうか。

また、系統ネットワークでは、回転機による発電設備が主体です。この状態で太陽光発電が大量に導入されると、周波数の制御が極めて困難になっていきます。そのため、数十年先を見据えれば、太陽光発電をはじめとする変動する再エネを主体とした送配電設備を考えないといけない。太陽光発電を前提としたネットワークでは、現状の基本設計とは大きく異なった技術へ変わるでしょう。

――しかし、日本はなかなかそこまで進みそうにありません。

田中氏:今のままでは、日本は海外に電気代で負けてしまうと思います。将来の電源は再エネ主体となります。おそらく2030年までは今の姿かもしれませんが、どこかの時点でハードランディングし、2050年くらいまでに非連続に変化していくでしょう。

再エネの電気は近接する地域で消費されることになりますから、これまでのような大規模な送配電網が必要となるのか、考える必要があります。地域のエネルギーは6割が自給自足で、4割で外部とつながるというところでしょうか。北本連系線のような投資も当面の増強は必要かもしれませんが、長期的にはどうでしょうか。電話の場合も、有線から無線へ基本ネットワークはデジタル化とともに変わってきました。同じようなことが電気でも起こると思います。

――送電網がマイクログリッド化していくと、離島や過疎地のメリットも大きいと思います。

田中氏:国や電力会社の検討もそうなっています。発電所からはなれた地域にこれまでのようなコストをかけて送電網やそのメンテナンスレベルを維持し続けるのか。基本的に自立できれば、台風などの災害の際に、配電網の復旧に時間がかかっても生活を維持できます。
それらを実現する技術は出そろっています。すでに存在する送配電網を使いつつ、分散化に対応していけばいいのです。

(取材・執筆:本橋恵一 撮影:Energy Shift編集部)

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田中謙司
田中謙司

東京大学大学院工学系研究科准教授 博士(工学)1998年東京大学工学部船舶海洋工学科卒業。2000年東京大学大学院工学系研究科情報工学専攻修士課程修了。マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク、日本産業パートナーズを経て、2007年東京大学大学院工学系研究科助教、12年特任准教授、19年准教授。国土交通省政策参与、資源エネルギー庁電力のデジタル化委員、経済産業省物流のデジタル化委員などを歴任。『電力流通とP2P・ブロックチェーン ポストFIT時代の電力ビジネス』(監修・オーム社刊)。

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