電力・エネルギービジネスは、大きな転換期にある。その背景には、気候変動問題と再生可能エネルギー、デジタル化などさまざまな要因があり、複雑にからみあっている。こうした中から、どのような将来像が描けるのか。とりわけ、再エネ増に対するフレキシビリティ(柔軟性)をどのように考えればいいのか。大阪大学大学院工学研究科招聘教授の西村陽氏に、電力・エネルギービジネスの今後と直面する課題についてお話しいただいた。
価値源泉は顧客側にシフト
―最初に、2030年に向けた、電力・エネルギービジネスの方向性について、お話し下さい。
西村陽氏:現在、電力・エネルギービジネスは、大きな変化の中にあるといっていいでしょう。では、どういった変化なのか。
これまでの垂直統合から自由化に至る時期は、発電所や送配電線といった資産が価値の源泉でした。しかし、再エネ低炭素化が進み、需要側でも発電や節電などが行われるようになると、価値源泉は顧客側にシフトします。欧州最大のエネルギー企業であるEnel-Endesaですら、こうした問題意識を持っています。
例えば、発電設備はスケールメリットを求めて大型化していきました。しかし、これからは再生可能エネルギーの普及により、小型化・分散化が進みます。送電線も強固なもので信頼性を向上させるだけではなく、需要側で管理し、あるいは地産地消モデルを通じて地域内で電気を上手に使っていくようになります。電力は貯蔵できないと言われてきましたが、蓄電池やデマンドレスポンスで需要側でも制御するようになります。
2010年代に起きた4つの劇的変化
―欧州では再エネ導入が進んでいるといいます。日本に先行して変化が起きているのでしょうか。
西村氏:2010年代に起きた4つの劇的変化が、エネルギービジネスの将来を示唆しています。
ひとつは、英国やドイツなどにおける風力発電の大量導入です。そしてふたつめとして、こうした変動する電源の拡大によって、当日市場の価格の変動が拡大し、ネガプライス(マイナスの価格)がつくようなことも起きています。3つめに、こうした状況に対応して送配電設備の強化が必要になる一方で託送料金の収入の在り方も考えなければいけないし、単に増強すればいいということでもない。そして、こうした課題に対応するために、デジタルベンチャーが登場し、同時にエネルギー大手がこれを活用したり出資したりしています(図2)。
日本での変化はどのように起こるのか
―Shellによるsonnenの買収は、典型的な事例ですね。しかし、日本でもこうした変化が起きてくるのでしょうか。
西村氏:国によって、急速だったりゆっくりだったりはします。日本も変わっていくと思いますが、日本独特の事情もあります。
まず、これは日本に限ったことではないのですが、三相交流による電力ネットワークは非常に優れたシステムです。1893年のシカゴ万博以降、これを超えるシステムはできていません。とはいえ、旧一般電気事業者においては、この強固なネットワークを担ってきた人がおり、その一方で新しい電気事業の姿を考えている人も混在している状況にあります。そのために、変化しにくいのではないかと思います。
また、日本には欧米とは異なり、多くの揚水発電所があり、調整力として大きなΔkWを提供しています。広域での停電に対応するため、ブラックアウトスタートの訓練も年に1回から2回実施しています。
送配電網に対する概念の違いもあります。日本の場合、配電というと、6,600Vですが、海外では13万Vまでが配電になります。日本では、配電は電気を配るだけというイメージがありますが、欧米では配電がユーティリティであり様々な能力が求められます。
欧州ではフレキシビリティが既に事業になっている
―それでも、日本もまた変化が必要ということですね。送配電網のフレキシビリティも求められていると言われています。
西村氏:欧州ではフレキシビリティとはどのようなものだと考えられているのか、確認してみましょう。送配電網に関するフレキシビリティは、ひとつは系統全体の周波数調整の能力、もうひとつは送配電系統の不安定化の防止の能力です。
系統全体の周波数調整能力を見てみましょう。先ほど述べた揚水発電をはじめ、小型の発電設備も含め、ΔkWを調達することで系統全体の需給の調整を行い、周波数調整を行います。さらに、蓄電池による高速ΔkWの供給もここに入ります。これまでのVPPの目的はこちらでした。また、回転機による発電設備には慣性力(イナーシャ)があるため、これも周波数調整に寄与しています。
もうひとつの送配電系統の不安定化防止についてはどうでしょう。風力や太陽光発電の変動そのもので不安定化は起こります。これを、今までであれば変電所の増設で対応するということになるのですが、そうではなくDR(デマンドレスポンス)を含めたDER(Distributed Energy Resources:分散型エネルギー源)で対応することでより経済的な対応ができます。単純なケースとしては、夕方の電力ピークに対応するため、この時間帯はEVを充電しない、ということもフレキシビリティになります。欧州ではすでに送配電系統安定化のフレキシビリティもビジネス化しています(図3)。
スペインでは、エリアごとの送配電系統を安定させると同時に、系統全体の需給を調整するため、風力発電の3割にディスパッチャ(給電指令による出力制御)する一方で、揚水発電が発電し、他方で水をくみ上げることを同時に行う、といったことも行われています。これにより、ΔkWとイナーシャが確保されているということです。
さらに、住宅も含め、すべての建物がフレキシビリティになるという考えもあります。家庭を含む需要家側の蓄電池や給湯器、空調機などをうまく使うことで、全体として発電所増設や配電網の容量強化よりも経済的に需給調整と系統安定化が図れるということです。
日本にはより大きなバランシンググループが求められている
―日本ではなかなかVPPがマネタイズできないと言われています。今後創設される容量市場や需給調整市場への対応だけでは、特に住宅など小規模なDERをアグリゲートしたVPPは採算が合わず、特別高圧の規模の需要家のみが対応可能ということにもなりかねません。
西村氏:日本にはもっと別の課題があると思います。
そもそも、FITなどによってこれまで導入された再エネは、kWhしか提供していません。しかも、小規模の設備が多く、水害のたびに被害を受ける設備もあります。これでは、FIT期間終了後も視野に入れたときに、将来はリファイナンスができない可能性が高い。そこで、これらを統合し、より大きなBG(バランシンググループ)にすることが求められます。そして、BGが同時同量を確保するためにトレーディングも行っていく必要があるでしょう。そうしないと、インバランスによって風力などの再エネがつぶれてしまいます。
実際に欧州の風力の6割を所有する2社、エルステッド(デンマーク)とエネコ(オランダ)はいずれも自社でトレーディングルームをもっています。また、これらの風力はIoTとなっており、ディスパッチャ(指令)ができるようになっています。
日本の課題として、太陽光発電が大量に導入されていく状況においては、いずれ日没時の急激な電圧落下について、何らかの対策が必要になるでしょう。そうしないと、小規模な太陽光発電があるような配電線の末端はひとたまりもありません。夕方はEVの充電をしないというのもその対策のひとつですが、そのような対策を今から準備したらいいのではないかと思います。
これまでの電力ネットワークだけですべてを解決するのではなく、需要側の対応とのハイブリッドになっていくと思いますし、それをテーマとする研究者もいます。いずれにせよ、これまでの基幹送電線を増強するようなことはないでしょう。
―家庭用蓄電池など、小規模なリソースのVPPは難しいのでしょうか。
西村氏:小規模リソースのVPPが、ΔkWだけでマネタイズするのは難しいと思いますが、BCP対策(非常時の事業継続計画)として導入した設備や、EVを使っていくことには合理性があると思います。 英デルタeeのフィリパ・ハーディ博士によると、すべての建物はフレキシビリティ供給者として、プロシューマ化するということです。家庭まで含むユーザーが持つ蓄電池、給湯器、空調機等の動作能力をうまく使った方が全体として経済的だし、温暖化対策としても有効だということです。
デルタee・フィリパ・ハーディ博士(フレキシビリティ・蓄電池)の発言
「再生可能エネルギーが配電系統にたくさん入ってくると、火力発電所や配電線の容量強化でそれに対応するよりも、家庭まで含むユーザーが持つ蓄電池、給湯器、空調機等の動作能力をうまく使った方が全体としてエコノミーになり、温暖化対策上も有効です」
―日本でも、東京大学の荻本和彦教授や岩船由美子教授は、蓄電池の導入よりも既存のエコキュートの蓄熱を日中に利用することが経済的だとしています。
西村氏:ただ、それも課題があります。晴れていればいいのですが、予報が外れて雨になった場合どうすればいいのか、という問題点はあります。もっとも、その場合、どのように対応するのかは、考え方しだいです。