2021年7月26日、環境省と経済産業省の合同検討会において、「地球温暖化対策計画案」が公表された。今後、審議やパブリックコメントに付された上で、閣議決定される。しかし、その内容は、現在の施策に対する強化が中心で新味に欠ける上、社会システムの転換につながる要素が少ない。また、家庭部門への負担の大きさが懸念されるなど、実効性が危ぶまれるものとなっている。
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「地球温暖化対策計画案」(以下、計画案)が公表されたのは、環境省の中央環境審議会地球環境部会と経済産業省の産業構造審議会地球温暖化対策検討ワーキンググループの第8回合同会合だ。
現行の「地球温暖化対策計画」は2016年に策定されたが、昨年10月の政府による2050年カーボンニュートラル宣言、および今年4月の2030年温室効果ガス削減目標の46%への引き上げの表明を受けて、見直しが必要となっていた。
実際に計画案では、気候変動問題をめぐる状況や、とりわけ平均気温上昇を1.5℃に抑制することが急務であることなどが示されている。その上で、削減目標の部門ごとの目安や、達成するための政策と考え方が示されている。
次の表は、エネルギー起源のCO2の排出量の目安として示されたものだ。
2013年度実績 | 2019年度実績 | 2030年度目安 | 2013年比削減割合 | ||
エネルギー起源CO2 | 1,235 | 1,029 | 約680 | 約45%削減 | |
産業部門 | 463 | 384 | 約290 | 約37%削減 | |
業務その他部門 | 238 | 193 | 約120 | 約50%削減 | |
家庭部門 | 208 | 159 | 約70 | 約66%削減 | |
運輸部門 | 224 | 206 | 約140 | 約38%削減 | |
エネルギー転換部門 | 106 | 89.3 | 約60 | 約43%削減 |
単位:百万t-CO2
この表を見て最初に気づくのは、家庭部門での削減割合の高さだ。多くのメディアは、家庭部門の削減割合が高い一方で、産業部門の削減割合が少ない点を中心に取り上げ、報道していた。しかし、計画案を読んでいくと、数字以上に大きな問題があることがわかってくる。
計画案では、目安となる目標数値を示した上で、各部門における対策・施策がまとめられている。
産業部門は最大のCO2排出量となっている分野だ。2019年度には2013年度比で17.0%の削減となっている。
これは日本経済団体連合会加盟の業種などの自主的取り組みの成果だとする一方で、今後とも取り組みは重要だとしている。しかし、そこで示されている取り組みとは、ESG金融を踏まえた「企業経営等における脱炭素化の促進」を除くと、「省エネルギー性能の高い設備・機器の導入促進」や、工場の未利用熱の他事業所での活用など「業種間連携省エネルギーの取組促進」、「電化・燃料転換」、「徹底的なエネルギー管理の実施」、「工場・事業場でのロールモデルの創出」といった項目が並んでおり、新味に欠ける。
計画案ではTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)提言に賛同する日本企業や、SBT(科学的知見に基づく目標設定)、RE100に取り組む日本企業の数はいずれも世界トップクラスだと自画自賛気味に記述している。
しかし、例えばTCFDにおいて、CO2削減のターゲットとなっているのは、自社の事業所だけではなく、サプライチェーンや製品のライフサイクルなど、いわゆるスコープ3といわれる分野にまで広がってる。産業部門の取り組みとして今後求められていくのは、まさに自社の事業そのものがCO2排出削減にいかに資するものになっていくのか、ということではないだろうか。
また、そのためには、各企業は事業のあり方、製品やサービス、サプライチェーンを見直すことが必要となる。政府の施策として、こうした個々の企業の取り組みをいかにして支援していくのか、その点こそ、新たに盛り込むべきなのではないだろうか。また、そうした取り組みがあってこそ、家庭部門における66%削減が現実のものとなるはずだ。
逆に、現在示されている施策におわるのであれば、日本企業は世界市場においてガラパゴス化しかねない。
業務その他部門の2030年度の目安は約50%と、かなり高いものとなっている。これを実現するために、計画案では2つの取り組みが目立っている。
1つは、「建築物の省エネルギー化」だ。ここでは具体的に、「建築物省エネ法」の改正が示されている。小規模建築物についても2025年までに省エネ基準への適合を義務化するとともに、2030年の新築平均ZEB(ゼロエネルギービル)目標と整合的な基準の引き上げ、省エネ水準の引き上げが示されている。
実は、欧米においても、CO2排出削減で真っ先に取り組まれているのが、建物の省エネ化だ。多くのエネルギーを消費する一方で、窓や壁面などの断熱性能の向上や空調の効率化など、省エネのポテンシャルが高いからだ。この点は日本も同様で、徹底的な取り組みが求められる分野だろう。
もう1つは、「デジタル機器・産業のグリーン化」だ。具体的には、データセンターのCO2排出削減ということになる。データセンターのニーズは急速に拡大しているが、これに対して空調などの省エネやエネルギー消費効率の高い半導体の開発と導入、再エネ利用の拡大など、さまざまな取り組みが可能だ。
家庭部門の2050年度CO2排出削減の目安は66%と野心的なものとなっている。電力のCO2排出係数が下がるという前提でもなお、簡単に達成できる数字ではない。
この分野でも、2つの施策が注目される。
1つは、「住宅の省エネルギー化」だ。業務部門と同様に、これまで省エネ基準適合義務の対象外だった住宅についても、2025年までに義務化するとともに、2030年のZEH(ゼロエネルギー住宅)目標と整合性のある基準の引き上げを実施するとしている。この他、断熱性能の高い窓製品の普及を図るための施策も示されている。
しかし、住宅の省エネルギー化は業務部門以上に困難だ。窓断熱をとっても、各世帯にとって投資回収が難しいからだ。すなわち、断熱性能の低いアルミサッシに対する、断熱性能の高い樹脂製のサッシや二重ガラスなどの価格差は、光熱費の節約以上になることが多い。とりわけ、既設の住宅では窓断熱のリフォームは経済的メリットが少ない。窓際まで冷暖房が行き届く窓断熱は、健康に良いとされているが、それでも実際に導入するのは、所得が高い世帯に限られるだろう。
そうなると、低所得者の住宅の省エネ化が進まないことになる。
EUでは、建物の省エネを進めるにあたって、省エネで得られた利益の40%を低所得者への対応にするとしている。わが国においても、こうした施策がなければ、住宅の省エネ化は進まないだろう。
もう1つは、「脱炭素ライフスタイルへの転換」だ。これについては、別途、節を設けて大きく取り上げている。特に、家庭のエネルギー消費そのものはわが国全体の約2割だが、消費ベースで見ると、約6割になるという報告があることも述べている。
とはいえ、残念なことに、ここで示されている施策は、個人の行動の変容を促すしくみと、環境教育などの推進に限られ、それによる実際の行動変容への取り組みが細かくリストアップされているだけだ。
自転車や公共交通の利用促進やサステナブルファッションへの切り替え、自然とのふれあい、食品ロスの削減など、ひとつひとつは大切ではあるが、脱炭素ライフスタイルに合致した社会の姿が見えてこない。大切なのは、個人のライフスタイルだけではなく、それを支える産業部門、業務部門が行政とともにそれを実現する役割が果たせるように、変化していくことではないだろうか。
計画案ではこの他、エネルギー部門での取り組みや、カーボンプライシング、地域での取り組み、海外でのCO2排出削減の推進などが示されている。
エネルギーについては、現在素案が出た段階の「第6次エネルギー基本計画」と重なる内容だし、カーボンプライシングは議論が進んでいないので具体的なものが示されていない。海外での取り組みにおいては、二国間クレジットのように、海外でCO2排出削減を実施し、一部を日本の排出削減として計上するしくみだが、この点は英国で10月末から開催されるCOP26(気候変動枠組み条約第26回締約国会議)の重要な議題ともなっている。
以上が計画案の主要な論点、問題点だが、全体を通じて指摘できることは、2030年の温室効果ガス46%削減に資する計画としては心もとないことだ。結局のところ、省エネをがんばって再エネを増やすことぐらいしかない、ということだろうか。
とはいえ、脱炭素化はグローバルな課題であり、国際的な市場やファイナンスへ、炭素国境調整措置など、民間においても積極的な取り組みが必要となっている。民間企業においては、あらためて政府の「地球温暖化対策計画」にとらわれない、野心的な取り組みが求められるというのが、現実的ではないだろうか。
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