脱炭素社会に向け次期エネルギー基本計画と、日本がとるべきエネルギー・気候変動政策は 日本エネルギー経済研究所 理事長 豊田正和氏(前編) | EnergyShift

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脱炭素社会に向け次期エネルギー基本計画と、日本がとるべきエネルギー・気候変動政策は 日本エネルギー経済研究所 理事長 豊田正和氏(前編)

脱炭素社会に向け次期エネルギー基本計画と、日本がとるべきエネルギー・気候変動政策は 日本エネルギー経済研究所 理事長 豊田正和氏(前編)

2021年04月12日

日本のエネルギーと環境に関する総合的シンクタンク・一般財団法人日本エネルギー経済研究所。経済産業省の総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会の委員である理事長の豊田正和氏は、次期エネルギー基本計画をどのように再構築すべきだと考えているのか? 日本がこれから取り組むべきエネルギー政策全般について、幅広く伺った。

(後編は明日4月13日に公開)

グッドタイミングだった菅首相のカーボンニュートラル宣言

―最初の質問ですが、2020年10月の菅首相による「2050年カーボンニュートラル宣言」をどのように受け止められましたか?

豊田正和氏:あのタイミングで総理が2050年カーボンニュートラルを宣言されたことは大変よかったと思います。

実際にEUが東欧の反対を押し切ってゼロカーボン提案をまとめたのは、2019年から2020年にかけてです。その後、中国が国連総会で2060年カーボンニュートラルを宣言したことに加え、気候変動対策に積極的な米国のバイデン新政権の発足が目前となる中、米国に促されることなく自ら宣言したことはグッドタイミングだったと考えます。


2020年10月 菅総理は所信表明演説でカーボンニュートラルを宣言した

一方で、カーボンニュートラルの達成は簡単ではありません。総理の宣言をきっかけに、政府も民間も協力してエネルギーや産業、技術の構造転換をドラスティックに進める必要があります。

この宣言に呼応して、民間企業もいろいろな計画を立てておられます。しかし、決して簡単な目標ではないため、政府は必要な技術開発の支援をするのみならず、新エネルギー導入に向けたサポートや必要に応じた規制も実施すべきです。

まずは目標を明確にし、規制が過度な負担とならないよう徹底的な支援を行うといったバランスを間違えることなくとるべきです。そうすれば、簡単ではないにしろ不可能ではないでしょう。

エネルギーミックスはコストとレジリエンスの両面から検討

―エネルギー基本計画見直しの議論が始まりましたが、次期基本計画で示されるべきエネルギーミックスについていかがお考えでしょうか?

豊田氏:現在検討中のエネルギーミックスに関しては、まず「省エネ・ファースト」を前提とし、省エネをもう一段レベルアップすべきです。エネルギーミックスを考えるのはそれからです。

これまでのエネルギー基本計画では「3E+S(Safety:安全性を大前提とし、自給率(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合(Environment)を同時達成する)」が基本方針でした。3Eのうちの「Environment(環境適合)」は目標に組み込まれましたので、他の2つのE、つまり、コストと安定供給を見据えたエネルギーミックスにすべきです。

「Environment(環境適合)」が達成されればあとはどうでもいいということはありません。「Safety(安全性)」は省エネと同じ大前提で、これらにも目配りをしながらエネルギーミックスを考えていくべきです。

エネルギーミックスの中身については、電源構成においても、一次エネルギー構成においても、バランスが重要だと思います。というのも、再生可能エネルギーも、決してパーフェクトな電源ではありません。これまで懸念されてきた再エネの相対的コスト高は、今もまだ完全には解消されていません。

基本的に安定供給の観点からみても、物理的な供給可能性という観点からみても、厳冬のように特異な気象条件に対しては脆弱性があります。今冬の事象でも示されたように、積雪だけでも太陽光発電は機能しなくなってしまいます。太陽光発電は、必ずしも寒さに強いわけではないのです。

再エネはコスト面だけでなく、レジリエンスの観点でも限界があります。一部では再エネ100%という議論がありますが、あまり賢い選択ではないと考えます。

英国やフランス、米国でも再エネ100%を目標としている国はまずありません。したがって、エネルギーミックスについてはバランスという賢い選択をしてほしいと思います。


一般財団法人日本エネルギー経済研究所 豊田正和理事長

―エネルギーミックスでは原子力や石炭の扱いも注目されています。

豊田氏:注目されるポイントはあと2つあり、ひとつは原子力発電です。これは「セイフティ・ファースト」で安全性を前提にしても、おそらくもっとも安いエネルギーになるでしょう。原子力発電は、今まで石炭火力発電や一般水力とエネルギーコストの最安値を争っていました。石炭火力が難しくなってきており、一般水力は受け入れ地域がなくなった今、原子力発電の低コストの優位性は貴重だと思います。

今回の厳冬でも、原子力発電は比較的寒さに強いことが示されたと思います。日本では稼働中の原発が少ないため話題になりませんでしたが、稼働中の原発は、支障なく運転を続けました。

一方で、テキサスの寒波では再エネの発電が止まり、火力発電用のガス管も凍結し、大きな問題になりました。テキサスに4基ある原発は、一基が点検のために2日ほど停止したのを除けば、全基がフル稼働し、原発がなければテキサスの停電はもっと深刻になっていたでしょう。

これらの事象によって、レジリエンスの重要性はより明確になりました。原発の価値は、コスト面とレジリエンスの両面からしっかりと評価すべきです。

原発の燃料であるウランは3~5年分の発電に使用できる量を保有しています。一方、石油の在庫はせいぜい200日、天然ガスにいたっては2~3週間分しかありません。日本の今冬の電力卸売価格の高騰は、天然ガスの在庫が100日分もあれば回避できたといわれています。しかし、天然ガスの備蓄には莫大なコストがかかり難しい状況です。今冬では、天然ガスの課題も浮き彫りになったといえるでしょう。

―もう1点は石炭の扱いでしょうか。

豊田氏:もう1点は、石炭にはとどまらない、脱炭素化した化石燃料の扱いです。ガスや石油、褐炭などの安価な化石燃料であれば脱炭素化は可能でしょう。化石燃料をアンモニアや水素に変えて使用するということは、再エネ、原子力に続く3つ目の大きな柱として考えるべきです。

原子力が国民からの信頼を回復できれば、エネルギーミックスでは20%を超えてもいいと思います。しかし、現在は信頼性が十分には回復していないため、最低20%とすべきだと考えます。再エネは50%ほどを期待したいと思います。残りは、脱炭素化された化石燃料となります。

エネルギーミックスに関しては、それぞれの電源のバランスをとったポートフォリオ・アプローチをキーワードとすべきです。

原子炉は新技術の研究開発と新増設で

―もう少し、原子力についておうかがいします。安い電源だとして、どのように確保していけばいいのでしょうか。

豊田氏:既設の原発は、現在の基準で安全性を確保された範囲で使用を続けたらいいと思います。40年間はもちろん、米国のように60年を超えて運転することを検討してもいいでしょう。なぜなら、減価償却を終えた安い電源だからです。

新増設を考えると、既存の中では、第三世代と言われるアドバンストなABWR(改良型沸騰水型原子炉)がすでに建設されており、アドバンストなAPWR(改良型加圧水型原子炉)も計画があります。また、小型モジュール炉(SMR)や高温ガス炉などの新技術の研究開発もしっかりと続けていくべきです。これらが原発リプレイスの主流になる可能性は大きいと思います。

いずれにしろ、原発を最大限再稼働したうえで、古い原発を使い続けるよりはリプレイスや新設がよいでしょう。この点も、ぜひ今回の見直しで決断していただきたいと思います。そうしないといい人材も集まりませんし、技術の維持も難しくなるでしょう。

自由主義圏において原子炉をつくる能力がある国は、日本とフランス、アメリカなどの数ヶ国です。これらの国々が協力して技術力を維持し、強化することで、原子力の透明性を確保していく必要があると思います。

これに対し、中国やロシアは社会文化からみると、安全性に対して何がどこまでできているかも不透明感がありますし、これらの国が世界を席巻することのへの懸念は少なくありません。つまり、原子力に関わっていくことには地政学的な価値があるのです。

―とはいえ、日本ではなかなか原子力への信頼が醸成されていません。

豊田氏安全性を確保することは、モラルの問題でもあります。トップ企業はエネルギーを担うという矜持を持って対応していただきたい。そうしたコーポレートカルチャーが求められていると思います。

エネルギー全体のレジリエンスとコストを両立させていくために、原子力は重要なものになっていきますし、そうした責任があると思っています。

(後編は明日4月13日に公開)

(Interview:本橋恵一、Text:山下幸恵、Photo:岩田勇介)

豊田正和
豊田正和

一般財団法人日本エネルギー経済研究所 理事長 1973年東京大学法学部卒業。1979年プリンストン大学ウッドロウ・ウィルソン行政大学院修士課程修了。 1973年通商産業省(現・経済産業省)入省。OECD国際エネルギー機関勤務を含め、貿易・エネルギー・環境などの分野で幅広い経験を積む。通商政策局米州課長、通商機構部長などを歴任した後、2003年商務情報政策局長、2006年通商政策局長、2007年経済産業審議官に就任。通商政策担当者として、APEC創設、日米自動車摩擦の解決、京都議定書合意作り、ドーハ開発ラウンドの開始などに多大な貢献を果たす。2008年内閣官房宇宙開発戦略本部事務局長に就任。内閣官房参与としてアジア経済と地球温暖化も担当。2010年より現職。     経済産業省 資源エネルギー庁の総合資源エネルギー調査会・基本政策分科会において委員を務めており、現在第6次エネルギー基本計画案の取りまとめに尽力している。

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