株価ストップ高 圧倒的性能のパワー半導体をタムラ製作所ベンチャーが開発 酸化ガリウムが起こす脱炭素革命 | EnergyShift

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株価ストップ高 圧倒的性能のパワー半導体をタムラ製作所ベンチャーが開発 酸化ガリウムが起こす脱炭素革命

株価ストップ高 圧倒的性能のパワー半導体をタムラ製作所ベンチャーが開発 酸化ガリウムが起こす脱炭素革命

2021年06月25日

脱炭素時代のエネルギー効率向上、省エネルギーに大きく寄与するのがパワー半導体だ。このパワー半導体の実用レベルでの新規材料開発が発表された。親会社であるタムラ製作所の株価ストップ高を引き起こしたウエハの正体とは。ゆーだいこと前田雄大が解説する。

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脱炭素時代に重要度を増すパワー半導体

家電、スマホ、はもちろん、自動車から産業用機器まで、世界中のあらゆる電気機器に組み込まれ、電圧や電流の制御をするのが、パワー半導体だ。脱炭素時代には、このパワー半導体の重要性がさらに重みを増してくる。

パワー半導体の何が重要かと言うと、一番はエネルギー効率だ。どういうことかというと、電圧や電流の変換を行うパワー半導体の内部では、半導体によるエネルギーロス(電力損失)がどうしても発生してしまう。このエネルギーロスが小さいほど、電気機器の消費電力は削減されることになる。つまり、エネルギー効率が向上する。

いま主流のシリコン系のパワー半導体は、微細化やウエハの大口径化の問題で、その性能が限界に近づいているとも言われており、次なるブレークスルーが望まれている。

日本では、パワー半導体のブレークスルーがこのところ、立て続けにリリースがされた。材料に酸化ガリウムや窒化ガリウム、そして次世代IGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)だ。

今回は、筆者が最も注目している酸化ガリウムを用いたパワー半導体について解説する。

タムラ製作所のスピンオフベンチャー、ノベルクリスタルテクノロジーの挑戦

今回、酸化ガリウムによるブレークスルーを果たしたのは、ノベルクリスタルテクノロジー社。この会社は、タムラ製作所からスピンオフしたベンチャー企業だ。資本提携もしている。

酸化ガリウムについての研究開発は、タムラ製作所、情報通信研究機構(NICT)、東京農工大学を中心メンバーとするチームがリードしており、その研究成果をノベルクリスタルテクノロジーが手がけている構図だ。

基本的な半導体の作成手法についておさらいしておこう。

半導体はインゴットから切り出されたウエハに回路をエッチングなどの手法で書き込んでいく。つまり、どれだけ緻密にウエハに回路を書き込めるか(加工のしやすさ)、ウエハ自体の電気特性がどれだけあるかが半導体の性能を大きく左右する。

ウエハの素材として現在主流なのが、シリコンだ。今回発表があった酸化ガリウムをウエハにした半導体は、加工のしやすさ、電気(伝導)特性など、シリコンを上回る優れた特性をもっている(後述)。

問題は、酸化ガリウムのウエハの大きさだった。ノベルクリスタルテクノロジー社は、2019 年に高品質な口径2インチ(50.8 mm)の酸化ガリウムエピウエハの開発に成功していた。だが、2インチではデバイスの製造コストが見合わず、量産ラインも存在しない。酸化ガリウムウエハの用途は研究開発に限定されてきた。夢の素材ではあったが、製品としての活用が厳しかったのだ。

その壁が、6月16日の発表でついに破られた。

いままで培ってきた2インチエピウエハ*の高品質化技術を応用した100mmエピ成膜装置を開発。これによって、高品質酸化ガリウム100mmエピウエハの製造・販売が可能になった。

顧客メーカーは100mmウエハに対応した既存設備を持っている。つまり、顧客は新規設備投資をせずとも、量産ラインでの酸化ガリウムパワー半導体の製造が可能となった。


SBD プロセス済み 100 mm 酸化ガリウムエピウエハの外観写真 ノベルクリスタルテクノロジーのリリースより

脱炭素分野はとにかくパワー半導体が非常に重要。そのゲームチェンジャーが日本から出た。しかも、単に「技術がすごい」というだけでなく、量産でき、しかも既存施設を稼働して勝負ができる。これは、脱炭素時代において、すごいカードになる。

ついにここまできたかと、筆者は感動している。

*エピウエハのエピとはエピタキシャル成長の略。基板となる結晶の上に結晶成長を行い、下地の基板結晶面に揃えて配列する成長のこと。

酸化ガリウムの優れた特性とは

今回ノベルクリスタルテクノロジーが開発したのは、厳密にはβ型酸化ガリウム(β-Ga2O3)になる。

前述のように、シリコンはもう性能の向上限界を迎えつつある。次世代のワイドバンドギャップ半導体としては、SiC(シリコンカーバイド)を使用したものや、窒化ガリウムを使用したものが、いま世界中で開発をされている。

しかし、β型酸化ガリウムは、そのSiCや窒化ガリウムと比べても、さらに優れた性能をもっている

半導体ではオン抵抗(入力と出力にほぼ電気が通っている状態の抵抗)と耐圧のふたつが重要となるが、この図はその理論限界を表している。


オン抵抗と耐圧の関係 ノベルクリスタルテクノロジーの動画より

右下にいけばいくほど、省エネルギー性能(低損失)と、高耐圧の性能を備えた「高性能な半導体」が実現可能になる。

次世代素材であるシリコンカーバイドや窒化ガリウムがなぜシリコンより優秀かというと、バンドギャップエネルギー*がシリコンに比べて大きいからだ(バンドギャップエネルギーが大きいと抵抗値が高くなる)。

特にパワー半導体では、スイッチがオンの時の抵抗がゼロ、オフの時の大きな抵抗が理想的な状態だ。

シリコン、シリコンカーバイド、窒化ガリウム、β型酸化ガリウムの理論値を見たのが下の図になる。


オン抵抗と耐圧の関係にシリコン、シリコンカーバイド、窒化ガリウム、β型酸化ガリウムの特性を重ねたところ ノベルクリスタルテクノロジーの動画より

早い話、「めちゃくちゃすごい」。次世代素材の中でも伝導特性が超優秀であり、パワー半導体内部のエネルギー損失が非常に低いということだ。

理論値でいうと、酸化ガリウムのエネルギー損失は、シリコンの3,000分の1、シリコンカーバイドの6分の1、窒化ガリウムの3分の1との研究結果もある。パワー半導体となったときのエネルギー損失は、シリコンに比べて1,000分の1になるとされている。

*固体内電子の、伝導帯の最も低いエネルギーレベルと価電子帯の最も高いエネルギーレベルの間で、電子が存在できないエネルギー状態。金属ではバンドギャップはゼロであり、絶縁体では大きな値となる。半導体はこの中間にあり、バンドギャップの大きさによりその伝導特性が大きく変化する。

コストパフォーマンスに優れている理由

今回の発表のすごいところはこれだけではない。

半導体を作る工程で、インゴットを作るために、バルク単結晶を得る必要がある。わかりやすくいうと、単結晶の塊だ。

この作成方法が素材によって異なっており、シリコンカーバイドや窒化ガリウムは気相法という方法を用いることが多い。だが、気相法では結晶の育成速度が一時間あたり数百マイクロメートルと非常に遅い。また、高品質の結晶を得にくいという課題もある。

これに対して、今回の酸化ガリウムのバルク単結晶は融液法という手法を用いる。これは気相法の約100倍、1時間あたり数十ミリという速度で高品質なバルク単結晶を育成することができる。

速度が違うということはつまり、どういうことか。当たり前だが、結晶育成のコストに大きな違いがでる。これが、次世代半導体との比較で、酸化ガリウムが優位に立っているもう一つの理由だ。


バルク単結晶の成長速度の比較 左が融液法、右が気相法 ノベルクリスタルテクノロジーの動画より

加工のしやすさはシリコンと同程度、つまり既存設備で加工できる

さらに、この酸化ガリウム、加工も容易というプラス要素まである。

実は、シリコンカーバイドや窒化ガリウムは素材自体が堅く、バルク単結晶から基板を取り出し、研磨する加工に時間と手間を要するが、酸化ガリウムは、シリコンと同程度の硬さだ。

つまり、いま主流のシリコン用の設備を用いて容易に加工することができるということだ。

この酸化ガリウムを用いたパワー半導体の特性をまとめると、「超高性能」、「コストが安く」、「加工が容易」。しかも、それを使った半導体が、いますぐ量産が可能。

販売も即日開始。タムラ製作所の株価も上昇

今回の発表はこれで終わりではない。今回のプレスリリースで筆者がさらに感動したのが、次の下りだ。

『本日より、新開発した高品質酸化ガリウム100mmエピウエハの販売を開始いたします。』

発表したその時から高性能ウエハが買える。タムラ製作所の株価はこれを受けてストップ高を連発。一気に株価が上昇した。(おめでとうございます!)

酸化ガリウム性のパワー半導体が社会に実装されるとどうなるのか

前述のように、今回の酸化ガリウムを用いたパワー半導体の内部のエネルギー損失は、シリコンに比べて1,000分の1にすることができるとされている。

何度も繰り返しになるが、これは相当なイノベーションである。

さらにノベルクリスタルテクノロジーによれば、さらなる大口径化も進めている。つまり、将来的にシリコンと同じくらいの値段までコストも下がるとされている。

これが現在のシリコン半導体と同じぐらい、社会に実装されると世の中はどうなるのか。

まず言えることは、EVに実装されると、エネルギー損失が極小さくなるため、航続距離が伸びる

ちなみに、窒化ガリウムを使ったLEDの開発関連でノーベル賞を受賞した天野名古屋大学教授が、窒化ガリウム半導体を使ったEV走行実験を行ったところ、電動装置のエネルギー損失を大幅に抑え、消費電力を約2割削減できたとの報告がある。

今回の酸化ガリウムは、その窒化ガリウムを性能として上回ってくるわけだ。

まだEV走行実験に使える大容量のトランジスタは作れていないものの、もし、それが実現してEVに搭載されれば、窒化ガリウムを上回る省エネ効率を達成できるのではないかとも言われている。

仮にEV全体で30%のレベルで省エネが進むと、EVの航続可能距離は約1.5倍になるのだから、EPA300キロレンジの車が400キロ越えを果たすことになる。これは相当な進化だ。

蓄電池の容量合戦に終止符が打たれるかもしれない。となると、他の性能が重要になり、東芝のSCiB電池にも繋がってくる、というのもありそうだ(東芝の2次電池であるSCiBは超長寿命で、急速充電も6分前後、発火のリスクも極めて低くて、低温性能もよしとされている)。

日本の技術の組みあわせで脱炭素の未来が開けるかもしれない。今回の酸化ガリウムウエハの開発は、何より、質がいいだけでなく、コストも下がるというところ、ここが何より味噌だ。

酸化ガリウム、時代を席巻してもほんとおかしくないんじゃないか、と筆者は思う。今日はこの一言でまとめよう。

『酸化ガリウムが脱炭素時代に革命を起こす』

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前田雄大
前田雄大

YouTubeチャンネルはこちら→ https://www.youtube.com/channel/UCpRy1jSzRpfPuW3-50SxQIg 講演・出演依頼はこちら→ https://energy-shift.com/contact 2007年外務省入省。入省後、開発協力、原子力、官房業務等を経験した後、2017年から2019年までの間に気候変動を担当し、G20大阪サミットにおける気候変動部分の首脳宣言の起草、各国調整を担い、宣言の採択に大きく貢献。また、パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略をはじめとする各種国家戦略の調整も担当。 こうした外交の現場を通じ、国際的な気候変動・エネルギーに関するダイナミズムを実感するとともに、日本がその潮流に置いていかれるのではないかとの危機感から、自らの手で日本のエネルギーシフトを実現すべく、afterFIT社へ入社。また、日本経済研究センターと日本経済新聞社が共同で立ち上げた中堅・若手世代による政策提言機関である富士山会合ヤング・フォーラムのフェローとしても現在活動中。 プライベートでは、アメリカ留学時代にはアメリカを深く知るべく米国50州すべてを踏破する行動派。座右の銘は「おもしろくこともなき世をおもしろく」。週末は群馬県の自宅(ルーフトップはもちろん太陽光)で有機栽培に勤しんでいる自然派でもある。学生時代は東京大学warriorsのディフェンスラインマンとして甲子園ボウル出場を目指して日々邁進。その時は夢叶わずも、いまは、afterFITから日本社会を下支えるべく邁進し、今度こそ渾身のタッチダウンを決めると意気込んでいる。

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